ブログ一覧

凛マガジン(格と洒落紋)

もくじ

●格と、洒落もん

●こんな絵柄が、ありました。

●季節はいつ?

●季節を合わせやすくするには?

=====================

●格と、洒落もん きものには「格」があります。 留袖、色留袖、訪問着は、礼装となる、格の高いきものです。 色無地や小紋は、普段着として着用できますが、紋を入れると格が上がります(準礼装)。 ただし、小紋には「絵柄による格」もあったりして、厳密さを問うと非常にややこしくなります 入れる紋の数(五つ>三つ>一つ)によって、格は変わります。また、紋入れの手法(抜き紋、縫い紋など)でも、格は変わります。 紋の数は、きものの種類とも関連があります。多い方がいい!と、きものの種類を無視して五つ紋にすると、チグハグになるかもしれません。それに、紋を入れるべきではないきものもあります‥‥。 「洒落もん」が許される場なら、ユニークなコーディネートを楽しむことができるでしょう。 きものの絵柄でユニークなものもありますし、紬なら、きものが地味でも、合わせる帯が個性的な絵柄だと、粋な感じがします。 ユニークな柄の中で多いのが、「洋風柄」です。実際に、僕らが見たことのある、変わった絵柄を紹介しましょう。

=======================

●こんな絵柄が、ありました。 以前見たことのある絵柄で、印象に残っているものを書いてみます。バブル期は、消費が多かったことと、変わったものが珍重される傾向があり、ユニークな絵柄が多かったように思います。 ★カーレース:訪問着でした。カーレースのコースの一部とクラシックカーが絵柄になっていました。 ★クリスマスツリー:上前に、クリスマスツリーが半分描かれたもの。 ★風車と田園風景:オランダの田園って感じの柄でした。 ★ギター、楽器類(洋楽器) ‥‥他にも思い出すと、いろいろ出てきます。 クリスマスツリーは季節感が強すぎて、着られる期間がとても短いですね(笑)。たくさんきものをお持ちの方でなければ、なかなか買っていただけないと思いますが‥‥クリスマスの頃、ツリー柄のきものをお召しになっていたら、それは注目を集めることでしょう。 楽器柄のきものでコンサートに出かけると、すごくオシャレな感じがするし、クルマが好きな方と会う時に、クラシックカーのきもので行ったら、きっと喜んでもらえるでしょう! こう考えると、絵柄や合わせ方ひとつで、相手へのおもてなしになることもあるんだと思いますねー。

==============================

●季節はいつ? 伝統柄の中には、ハッキリと季節を示したものがあります。 たとえば、「桜」は春の柄です。では、春とはいつなのか?――「新春」と言われるように、1月はもう春です。1月~4月が、和装の「春」になります。 昔は、枝に咲いた桜と、桜吹雪(花びらが散っている様子)では、季節が異なる(枝の桜 → 桜吹雪の季節が来る)と言われたりしましたが、今はそこまで厳密に言われることはないと思います。 しかし、実際の品物で、季節がズレてるやん、いつ着るん?? と思う品物もありました。 祇園祭や、打ち上げ花火の絵柄が入った、袷のきものを見たことがあります。でも、祇園祭も花火も「夏」の柄なので、袷だと、季節に合わなくなってしまうのです‥‥あの品物は、どうなったのかなー‥‥。

======================

●季節を合わせやすくするには? 絵柄の季節は、実際より「少し早め」ぐらいが適切だと言われます。 季節と絵柄を合わせるのはいいとして、今は何着もきものをお持ちの方は少なくなっています。 少ない手持ちで季節に合わせる、いい方法はないのでしょうか?大丈夫! いくつかやり方があるんですよ 1.季節感のない絵柄を選ぶ幾何学模様など、無機的な絵柄があります。季節を気にせず着るには、季節感のない柄を選ぶとよいでしょう。 2.季節をまたいだ絵柄を選ぶ季節が変わっても着られるデザインがあります。たとえば、一着の中に、春と秋の花がいっしょに描かれているなど。このようなデザインは多く存在しますし、ルール違反でもありません。手持ちが少ない場合は、便利な一着になるでしょう。 きものの合わせ方には多少のルールがありますが、洒落もんの選び方や、小物との合わせ方で、いろんな楽しみ方ができます。

2018年03月01日

凛マガジン(シミ取り・ケア)

●この季節らしく‥

●代表的な汚れ

●溶解と振動

●水は凶器?!

==============================

●この季節らしく‥‥

家電の技術も進歩しています。先日テレビを見ていたら、タンスのような形をしたボックスに衣類を吊るし、振動で花粉を落としたり、スチームが出てシワを伸ばせる、新しいタイプの衣類ケア家電が出たようです。 掃除や汚れ落としで重要なのは

1.汚れの原因や成分を特定すること

2.その成分が、何で溶解するのかを特定することです。 換気扇やレンジ周りの汚れが落ちにくいのは、汚れが付いてから時間が経ったり、ホコリやチリが混ざったり、コンロの熱によって、汚れの成分が変化しているからだと思います。

理論上は、変質した成分を溶解させることができれば、ガンコ汚れでも落ちるはずです。 呉服補正の「シミ抜き」「汚れ落とし」も、理屈は全く同じです。僕らが念入りに検品やテストを行うのは、適切な薬品類や補正方法を決めるためです。 では、代表的な汚れには、どういったものがあるのでしょうか。

==============================

●代表的な汚れ

汚れの特定は、まず大きく2つに分けられます。ひとつは、水溶性・油溶性などの、成分的なもの。もうひとつは、どのような汚れ方をしているか? 

という状況です。 実際には、複合的なものが多いので、単純ではありませんが‥‥ 成分と汚れ方(状況)が正確にわかれば、補正の手段が決まってきます。

【食事の汚れ】新年会・歓迎会の季節に多くなるのが、日本酒やお料理のダシによる汚れです。ダシやスープは、タンパク質や油脂(植物性、動物性)が含まれていて、水も使われています。熱々のスープなら、熱による影響もあるかもしれません。

最近は鍋ブームで、スンドゥブ、トマト、豆乳‥‥とバリエーションが増えていますから、補正をするには、がっつりブームに乗って行かなければなりません(笑)。

【ガム!】ガムが付着した(T_T) という事例もあります。ガムが取れても、粘着成分が残っていることが多いです。取れないガム(もしくは粘着成分)は、揮発溶剤で落としていきます。手で取れそうでも、無理に剥がすのはNGです。

【泥】

泥はねは、見た目が衝撃的なので致命傷に思われがちですが、それほど繊維の中には入っていないことが多いです。

表面にペースト状の泥汚れが付着し、水分は繊維の中まで浸透しています。ただし、泥を落とそうとこすったりすると、二次被害(摩耗、スレ)につながることがあるのでご法度です。

余談ですが‥‥「泥染め」という染色技法がありますね。同じ泥なのに、なぜ落ちにくいのでしょうか。‥‥

それは、泥の粒子が、非常に細かいからです。 多くの泥汚れは粒子が大きいため、ザルでこしたように繊維の表面に留まっています。

泥染めの泥は、粒子も繊維の内部に入るため、落ちにくい=染料として定着しやすい のです。 ただし、超音波洗浄機など、無理に叩き出そうとすれば、多少は落ちてしまうと思います。

==============================

●溶解と振動

さて、汚れを落とす方法ですが‥‥ 水または揮発溶剤などで、汚れを溶かし出す方法の他に、振動を与えて、繊維の内部の不純物を叩き出す というアプローチも有効です。

非常に微細な汚れの粒子や色素は、洗うだけでは完全に落ちませんが、超音波洗浄機を使うことで改善されるようになります。 超音波洗浄機は、単体ではなく、液体と組み合わせて使います。

洗浄したいものを液体に浸して超音波を当てると、液体に微細な振動が伝わって効果を発揮します。 超音波での補正には、注意が必要な点があります。超音波に限らず、呉服の補正にはよくあることですが‥‥

部分的に処理をすると、患部はキレイになるのですが、周囲との差が目立ってしまうことがあります。 よく似た例で説明すると、どんなきものも、日光や照明器具に当たると、焼け(褪色)が起こります。

着用すれば、少なからず紫外線に当たって褪色しますが、わずかな量で、全体に・均一に起こりますので、褪色には気づきません。 ところが、照明器具や展示方法、保管状況などの影響で、一部だけに紫外線が当たってしまうことがあります。すると突如、焼けた部分だけが目立つようになります。

これに似た現象で、部分的な補正では、補正が終わっても、患部と周辺との差が目立つことがあるのです。 難が直っていないのではありません。ただ、全体を見ると、補正した部分が、少し浮いた感じがします。なので、補正部分と周辺との境界がわからないよう、ぼかすなどの処理が必要となります。

==============================

●水は凶器?!

最近は、家庭用の超音波クリーナーも発売されているようです。

「洗濯で落ちないシミ汚れも、スッキリ落ちる!」と、テレビ番組で紹介されているのを見たことがあります。 白いワイシャツに、ケチャップや黒いインクで汚れを付けます。

水や洗剤だけでは落ちないのですが、超音波クリーナーを使うと、みるみる汚れが取れていくのがわかります。(ショッピング番組ということもあり)スタジオのお客さんは、拍手喝采で絶賛していました。

なのですが‥‥僕らが見ると「これ、アカンやん!」と思うポイントがあるのです。

確かに、汚れはキレイに落ちていました。ヤラセやサクラは、なかったと思います。

実は‥‥このケースのように、超音波洗浄機で水を使うと、繊維が「傷になる」のです。ミクロの世界なので、肉眼ではわかりません。

手を洗ったりシャワーを浴びたりして、「水が鋭い!」と感じることはありませんよね。 ですが‥‥ミクロの世界で観察すると、水の分子は揮発溶剤に比べて大きく、モノを傷つけやすい傾向があるのです

もうひとつ、大切なことは‥‥水による摩擦や傷は、繊維が濡れていると目立たない ということです。

白いワイシャツのデモンストレーションは、濡れたままで汚れ落ちを確認していましたが‥‥もしシャツを乾かしていたら、肉眼でも繊維の毛羽立ちが判ったのではないかと思います。

濃い色の品物になると、毛羽立ちや「スレ」は、さらに目立ちやすくなります。超音波クリーナーをお使いの方や、購入を検討されている方は、まず使用前に目立たない部分でテストをして、さらにはテストした部分が完全に乾いた状態で、どのような変化があるか確認されることをおすすめします

2018年04月02日

凛マガジン(卒業シーズン)

●卒業式
●動画を見て
●和装と慣習
●転用可能なポイント
●再々リフォーム?!
==============================

●卒業式
卒業式のシーズンでした。 フォーマルな式典では、若者でも和装を希望する人が多いということは、認識していました。が、これほど多いとは思いませんでした。 女子は、全員が袴。 男子も、半数以上は紋付袴、残りはスーツでした(制服がないため、学生服はゼロ)。 なかなか圧巻で、娘の成長を実感したこともあり、感動しました
==============================

●動画を見て
式の動画は、卒業生の入場から始まります。 ひとりひとり会場に入ってくるシーンは、きものの絵柄も鮮明で、職業病なのか、つい見入ってしまいました ひとつ、職人目線のお話をしますと‥‥ きものを見ると、絵柄の入り方などから、購入品かレンタルか、だいたいわかるのです(笑)。 娘にも聞いてみると、男子の紋付袴は全員がレンタル(まぁそうでしょうね)、女子は半分ぐらいがレンタル、残りの自前チームは、半分が自分の振袖、もう半分はお母さまなどのきもの(振袖や附下)だったそうです
。 ==============================

●和装と慣習
京都(関西)には、「十三詣(じゅうさんまいり)」という風習があります。小学校を卒業し、中学に入る年の春、寺社にお参りするのです。 十三詣は、初めて大人用の正装をする機会になります。
大人用のきものと同じ裁ち方――僕らは本身(ほんみ)と言いますが、本裁ち(ほんだち)も同じ意味です――で、「肩上げ」という調整を行うのが、十三詣で着るきものの特徴です。 肩上げは、もともとは寸法調整のための知恵だったのですが、今は、子どもらしさを出すための演出として行わるようになっています。
娘は、十三詣で振袖を作りました。奮発したのではなく(笑)、たまたまキセちゃんの手元に、娘に着せられそうな品物があったのです。
十三詣の着物は、一般的には子どもらしい、かわいらしい絵柄が多いのですが、この商品は小紋調の柄でした。卒業式で着たのも、この振袖です。
余談ですが‥‥キセちゃんの娘は小学生で一気に成長期が訪れ、小6で160センチ超え!どうなるかと思っていたら、その後は伸びなくなって、高校まで変わりませんでした。 なので、十三詣の肩上げは、本当にカタチだけ――1センチほどつまんだだけでしたし、卒業式で着るときは、肩上げを外したらピッタリ!そのまま着られました。

十三詣以降に身長が伸びると、そのままでは着られません。(実際、十三詣のきものは、十三詣で着て終わり、というケースもよくあります)。そういう意味では、親孝行をしてくれたと思います(笑)。
彼女は、高校2年の頃から、卒業式で振袖が着たいと言っていました。 呉服職人の娘やし、和装は結構やけど‥‥一人しか居てなかったら浮くなぁー‥‥なんて思っていたら、良い意味での取り越し苦労となりました(笑)。

和装が大半の卒業式――校風なのか、地域的なものなのかは、よくわかりませんが‥‥皆さまの地元はいかがでしょうか。

==============================

●転用可能なポイント
私事はこのぐらいにして(^_^;)、一般的な話題に移りましょう。
振袖は、結婚すると着られなくなります。ただし、訪問着に仕立て直せば、結婚しても着用できます。 思い出深い振袖を、訪問着に仕立て直して、長い間着用するのは、和装の利点です。 ただし、仕立て直しで転用を可能にするには、条件があります。
まずは、絵柄の入り方。 訪問着は、振袖よりもずっとお袖が短くなります。 袖の長さは、お好みによってもかなり変わりますが‥‥

現在、一般的に普通のきものは、縫い代を含めて一尺七寸、振袖の場合は三尺五寸ぐらいですから、だいたい倍の生地量になりますね(日本人の平均身長が伸びたことで、規格も変わっていますので、古い品物ほど生地巾が短く、生地量も少なくなります)。
訪問着にした時、お袖の絵柄がチョン切れては不自然ですから、柄行きに注意しなくてはなりません。 他にも、
☆絵柄の大きさ‥‥大きすぎると、訪問着では不自然に映る
☆彩色‥‥鮮やかすぎると、ハデハデな訪問着になってしまう(補正加工により、あとから色調を暗くすることは可能)
☆絵柄のデザイン‥‥近代的なデザインより、古典的な絵柄の方が、 転用しやすいでしょう。 などなど‥‥選び方に注意することで、訪問着にリフォームしても、自然な仕上がりになるでしょう。
いずれにせよ、色柄やデザインは全体のバランスが大切です。将来、振袖を訪問着にしたければ、購入時にお店の方に相談すると良いでしょう。
※ こちらが何も言わなくても、「こちらは、のちのち訪問着にも仕立てられる柄行きで、長く着ていただけますよー!」と、店員さんから勧められることも多いと思いますが(笑)。
==============================

●再々リフォーム?!
もうワンステップ、上級?の転用術があります。 独身時代に着ていた振袖を、結婚してから訪問着として着たい。でも‥‥娘が生まれたら、振袖として譲ってあげたい‥‥!
訪問着に仕立て直すとき、お袖を裁断してしまうと、再び振袖の袖に戻すことはできません。
ですが‥‥振袖→訪問着→もう一度振袖 を可能にする裏ワザがあります。 訪問着にするとき、お袖を裁断せず、中に折り込んで仕立てるのです。 内側に入る生地量がかなりあるので、多少のモコモコ感は否めませんが、外見に違和感が出るほどではありません。少数ではありますが、コンスタントにいただくご依頼です。 思い出深い品物だから袖を切らないで欲しい、バッサリ切ってしまうのは、もったいない! という方の他、ご自身の訪問着として購入された女性が、「今は娘が小さいけれど、将来振袖にしてあげたいから、袖を残しておいて」とおっしゃったケースもありました。
タンスで眠っているきもの、リフォームの可能性はあるのかなぁ?嫁入り時に持ってきた振袖、訪問着にできるかなぁ?‥‥

2018年05月02日

凛マガジン(染の知恵)

●お天気と呉服づくり

●染めと乾燥

●染めの知恵――「枠場」の工夫

●伏せ糊

●悉皆屋さんの苦悩

 

===================================================== ●お天気と呉服づくり

機械が導入されるようになってからはずいぶん変わりましたが、もともと呉服の工程はすべてが手作業。

テレビなどで見かける、友禅を川で洗う作業は雨が降ってはできませんし、洗ったあとの乾燥も天然の風だけです。

作業に適したお天気でないと、仕事ができなくなります。 今は、きもののグレードや価格帯が多様化していて、伝統的な手法から機械での量産まで幅広くなっています。

伝統的な手法は量産品よりも時間がかかるし、お値段も高くなってしまいます。素材や技術に対するコストもありますが、無事完成するまでにかかる手間が膨大だからです。

生産工程が一般の方の目に触れる機会はありませんが、職人さんや悉皆屋(しっかいや)さんは、天候の影響を受けないようにいろいろと工夫しています。 まさか!と思うものもあって面白いので、ご紹介したいと思います。

==============================

●染めと乾燥

呉服にはいろーんな工程がありますが、お天気との関わりで最初に思い浮かぶのは「染め」です。

友禅ものなどの「引き染め」(ピンと張った生地の上に、職人さんが染めていく手法)は、空気の状態が染め上がりに関わってきます。

特に、気温と湿気には注意が必要だと思います。筆やハケを使うので、いかんせん描き始めと終わりでは「時差」が出ます。 仮に、ものすごい高温の部屋で引き染めをしたらどうなるか‥‥?

生地に浸透した染料は、気温が高いとすぐに水分が気化し、乾燥が始まります。しかし、あっちの方では、まだ職人さんが作業中(>_<)染めの途中なのに、一方では乾燥が始まっている――こういう状態では、仕上がりもムラムラになってしまうのです(T_T)

伝統的な染めは、職人さんの自宅兼作業場、日本家屋特有の土間のような場所で行われることが多いです(数は減っていますが、この方法で仕事をされている職人さんは現在もいらっしゃいます)。

昔は、今のように正確な室温管理ができなかったので、職人さんが文字通り「空気を読み」(笑)、地面に水を撒くなどの調整をしていたようです。

==============================

●染めの知恵――「枠場」の工夫

呉服の生産現場で、「枠場(わくば)」という設備を見かけることがあります。昔から使われている「手動機械」なのですが、よく考えられています。

まず、反物の両端をつなぎます。するとキャタピラのように輪っかになりますよね。これを枠場にセットすると、ベルトコンベアのように生地を送りながら作業ができるのです。 いろんな工程で使われていますが、染めの場合、ひとつの区画を染め終わって次に移る時に便利です。

さらに、染め終わった反物の乾燥を早めるため、枠場の近くに乾燥機(電熱器のようなもの)が置かれることがあります。
染め終わってしばらくした頃に、乾燥機の近くに染めた部分が回ってくるよう考えられています。

乾燥時間を短縮しながら、染めムラを防ぐ工夫がされています。 今は生産~流通のスピードが根本的に変わってしまったので、お天気が悪いから納期がズレる」という理由は通りませんが‥‥昔から、生産効率を上げようとする工夫はあったわけですね。

==============================

●伏せ糊

染めの次にお天気の影響を受けやすいかなぁ~と思ったのが、「伏せ」の作業です。

「伏せ」は、繊維に染料が入らないよう、染める前に生地の一部をマスキングしておく作業です。

現在は、ゴムや樹脂などの扱いやすい素材が増えていますが、昔は、伏せと言えばデンプン糊でした。 デンプンは水で落ちますが、ゴムや樹脂は水に溶けません。ゴムや樹脂が呉服の伏せとして広まったのは、揮発剤が登場してからなので(おそらく昭和の初期か、それ以降)きものの長い歴史で見てみると、ごく最近のことになります。

デンプン糊の性質は、ごはんと同じです。 湿気が多いと粘りが増してしっかり吸着しますが、気温が高すぎると伸びが悪く、硬くなって剥がれやすくなります。パリパリになってヒビが入ることもあります(>_<)

「伏せ」にヒビが入ると、致命的なことになります。ヒビの間から、入ってはいけない染料が入ってきますから

==============================

●悉皆屋さんの苦悩

お天気の影響を受ける作業は、実際にはもっといろいろあります。ここで紹介しているのは、ごく一例です。 お天気に神経質になるのは職人さんだけではありません

何度が出てきていますが、生産から商品の完成までを取り仕切る「悉皆屋さん」。

もしかすると、いちばん大変かもしれません。 なぜなら、各職人さんの所に出入りして商品の受け渡しをするのは、悉皆屋さんだからです。

2018年06月07日

凛マガジン(シミについて勘違い)

� シミについて勘違い

●ご相談を受けるとき

●前は、なかった!

●わかるんです!

●上級編


=============================================

●ご相談を受けるとき

凛にやってくる品物は、お付き合いのあるメーカーさん、問屋さん、悉皆屋さんなどからの持ち込み品の他、人づてにやってくる紹介があります。 お知り合いの業者さんに、口頭で品物や症状の特徴を伝え、直るかどうか、訊いてみて! というケースですね。 その際、きものの種類や難のタイプをお尋ねするようにしているのですが‥‥診断結果をご説明すると、先方さまの認識とズレていることがあります。

==============================

●前は、なかった!

検品やテストの結果、ご説明するのに困惑するケースがあります。 以前、ワインのシミができたので落として欲しい、というご要望がありました。品物が届いて検品してみると、確かにありました、赤ワインのシミです。 検品とテストの結果、かなり古いシミだとわかりました。持ち主さまにご連絡して、かなり前についたシミですね?と確認してみると‥‥「いえ、数日前の外食で飛ばしたものです」とおっしゃって、説明を聞いてくださらないのです((+_+)) 無理に説明しても、話が前に進まないと思ったので、(^_^;)「では、先日のお出かけの前には、いつお召しになりましたか?」とお尋ねすると「さぁ‥‥2・3年か、もっと前かな」とのこと。 はい、その時期に付いたのであれば、症状とピッタリ合うんです!しかし、「この間の外出で着るときには、ありませんでした」の一点張りでした。 かなり時間が経っていることは明らかでしたが、目に留まらなかったのか、目立っていなかったのか‥‥。お客さまの認識とは異なっていました。 =

=============================

●わかるんです!

付いてスグのシミか、時間が経っているかは、調べればちゃーんと判ります。 しかし‥‥持ち主さまの立場で考えてみたら、シミが出来た時期なんて関係ないことで、落ちれば良いのです(笑)。 なので、シミの古さについては言及するのを止め、落としてお納めしました。 キレイに落ちたから良かったものの‥‥補正する側にとって、シミの古さは重要です。どんな難も、発症から時間が経つほど、補正が難しくなるからです。 「付いてスグに送ったのに、なんで落ちないの?!」とならなくて、良かったなぁーと思います(笑)。

==============================

●上級編

先の事例は、ご自分で付けてしまったシミで、わかりやすいのですが‥‥さらに難易度の高い、上級編?!の症状にも遭遇したことがあります。 きものの端っこに、ポツポツとカビのような点々が出ている、というご相談でした。長い間タンスに入れっぱなしだったから‥‥とのことで、持ち主さまは保管中にカビが出たと思われたようです。 ところが‥‥調べてみると、コレ、カビではありませんでした! その正体は‥‥驚くなかれ!なんと、製造工程中に、友禅の職人さんが飛ばしてしまった染料のシミだったのです。

==============================

●新品だから

染色で付いたシミは、通常なら生産中に、僕らのような地直し職人のところに持ち込まれ、キレイにしてから工程に戻すのが原則です。 あってはいけないことですが、誰も気づかなかったのか、見逃されたのか‥‥そのまま販売されてしまったようです。 製造工程中の難ですから、消費者さまが直す必要はありません。カビではなかったことと、難の正体についても、お話ししました。が、こちらの持ち主さまも、「買った時には、こんなシミはなかった」とおっしゃるのです。 まぁ、新品のきものにシミがあるとは思いませんよね(^_^;)きものを買う時は、色合いや柄行きは気になっても、難を疑って隅々まで見ることはないでしょう。 しかしこのケースでも、「最初は付いてなかった、私が買ってからできたもので、早くキレイにして欲しいから、直してください」とのことでした。 ご要望が強かったので、販売店やメーカーには差し戻さず、そのまま直してお納めしました。しかし、消費者さまがお金を出して補正された点が気になり、最後まで気の毒だなぁーと思っていました。 付いたばかりだと思っていても、実はもっと前の汚れだった!というケースは、結構多いです。 時間が経ってから目立ってきたり、あと、意外と気づかずに見逃されていることも多いようです。いちばん良いのは、脱いだ直後に細かく見てみることですね‥‥。

2018年07月04日

凛マガジン(シミについて勘違い…こんなはずでは

� シミについて勘違いーこんなはずでは…

●全体に鳥が飛んでいる柄

●全体に柄のある品物

品物による補正の違

●金加工かどうか?

●金じゃなくて、良かった


==============================

●全体に鳥が飛んでいる柄 最初にご紹介する事例は、現物を見る前に、口頭できものについて聞いていました。「全体に鳥が飛んでいる柄のきものに、カビが出たので取って欲しい」というご要望でした。 「全体に鳥が飛んだ柄」というお話から、小紋だと推測していました。が‥‥現物が届いて見てみると‥‥全体に鳥が飛んではいましたが‥‥小紋ではありませんでした。

==============================

●全体に柄のある品物

全体に絵柄のあるきもので、流通数が多く、人気も高いのが小紋です。が、「全体に絵柄を出す」表現手法は、小紋だけではありません。

このご相談の品は、小紋ではなく「絣(かすり)」という品物でした。絣とは、白生地の製造工程で、先染めした糸を織り込んで文様を表現した織物です。

一方で小紋は、織り上がった白生地に、染料で柄を描きます。外見上は似ていますが、構造、手法はまったく違います。同じ難が出ても、対処法や難易度は違ってきます。

カビの事例で、小紋と絣の対応の違いを説明しましょう。

==============================

●品物による補正の違い

まず、カビや汚れ、アクの難は、薬剤で処理するのが一般的です。

難がひどい場合、揮発溶剤の溶解度を上げて対応します。

1.小紋の場合小紋の絵柄(または絵柄の近く)に薬剤を使うと、染料が反応してしまい、色が飛んでしまいます。

汚れ・カビ落としを優先する場合は、絵柄の色飛びを承知の上で薬剤を使い、あとから絵柄の色を再補正します。

2.絣の場合絣は、生地を織るときに先染めの糸を使うことで絵柄を表現した織物です。

厳密には、縦糸は白で、先染め糸が使われるのは横糸だけです。絣の文様部分に強い薬剤を使うと、横糸の色が飛んで、織り文様が消えてしまいます。染料で描柄されているわけではないので、小紋のように補正することはできません。 この鳥柄のきものも、絣でしたから、本来なら補正は無理です。

持ち主さまにご説明したところ、おまかせするので、とにかくやってみて欲しいというご要望がありました。 カビが出ていた場所が、上前の肩に近い部分で目立ちにくかったこともあり、(本来的な手法ではありませんが)染料で補正できるのではないか?と考えました。

結果的には、染料で部分補正したところは近くに寄って見ない限りわからなくなり、ご満足いただけました。ただし、このお客さまが何度もご依頼をいただいているリピーターさんだったこと、おまかせすると言ってくださったからこそできた補正です。

==============================

●金加工かどうか?

似た事例を、もうひとつご紹介します。

こちらは、先ほどよりももっと見極めが難しい案件でした。

「金刺繍が入ったきものにカビが出たけど、キレイになるかな?」というご相談がありました。 金加工は、薬剤で処理すると変色したり、金が落ちたりするので、補正の難易度が上がるのですが‥‥現物を見てみると‥‥金刺繍に見えたのは、「縫い取り」という手法でした。

刺繍と縫い取りを、外見で判断できる人は、とても少ないと思います。お客さまだけでなく、呉服関係者でも見分けられない人はたくさん居ます。 両者は、生産工程から違います。

1.刺繍:白生地に、染色を施した後、金糸で刺繍をする

2.縫い取り:白生地に、染料が浸透しない「防染糸(ぼうせんし)」と呼ばれる糸で刺繍を行い、そのあと染色工程を通る 防染糸には、あらかじめ色が付いています。

染料が入らないので、染色後も糸の色がそのまま出ます。染色工程を通った後の外見は、刺繍のように見えます。

==============================

●金じゃなくて、良かった

結果的にこの案件は、金刺繍ではなく、縫い取りでラッキーでした。

金刺繍の場合、金糸がシミ落としの薬剤に反応してしまうので、補正前に刺繍部分をゴムや樹脂で伏せて、薬剤が刺繍に接触しないようにします。

しかし、縫い取りでは伏せを行う必要がありません。刺繍に比べると難易度は低く、時間やコストも少なく補正することができました。 刺繍で伏せてから補正をする場合、手間のかかる高価な補正になってしまいます。

なぜかと言うと‥‥ 刺繍は、生地の表と裏、両面に出ていますよね。ですので伏せも、表と裏、両方に行う必要があります。これだけで単純に、手間・時間・コストは2倍になってしまいます。

ちなみにですが‥‥このケースでは縫い取りでラッキーでしたが、逆のパターンもあります。 刺繍の商品に難が出た場合、手間はかかりますが、根本的な処置ができます。いったん漂白してカビや変色を取り、色の落ちた部分を再染色することも(大変ですが)可能です。

逆に縫い取りの場合、洗って落ちるレベルならキレイになりますが、刺繍のような「踏み込んだ補正」はできないのです‥‥。

このように、見た目が似ていても、加工の技法や工程が違う品物があります。補正する場合も、手段や技法が異なりますので、正確な見極めが必要です。

*************************************

2018年08月03日

凛マガジン(古着の特徴)

●どうしたらいい?

●古着の特徴

●クセと繊維

●キズと染め方

●引き染めのムラを消す

==============================

●どうしたらいい?

現在出ている難について、このままだと○○年後どうなるの?といった未来予測、着用後のお手入れやリメイクのご相談もいただきます。

どんな加工をするのが良いかは、先方のご希望だけでなく、現物の状態を詳しく知る必要があります。ですが時々、現物ナシで、口頭だけでのご相談(質問)があります。 このような相談が来るのは、もっぱら業界内です。

お付き合いのあった職人さん・悉皆屋さんが廃業されたなどの理由で、相談する相手が居なくなり、わからないから凛に電話‥‥みたいなパターンです 話は親身になって聞きますが、相談だけで依頼にはつながらないので、正直時間は取られます。

==============================

●古着の特徴

古着は消費者さまに大変な人気ですが、最近は業界でも、古い品物のご依頼が増えています。 古着で難しいのは、以前の持ち主さまがどんな着方・どんな保管をされていたか、わからないところです。

難の症状や成分は、検品やテストでわかります。が、口頭で「シミが出てる」と言われても、詳細はわかりませんし、そのきものが薬剤処理に耐えられるかもわかりません。 僕らが、極力低リスクで補正できるのは、検品やテストで繊維の状態を把握しているからです。

古着では、仕立て上がり品のご相談も多いです。こちらも、口頭だけだと不明点が多くなってしまいます。 凛で加工や補正をする場合、まず、仕立てた状態で最初のチェックをします。 全体を細かいところまで見て、難を拾い出します。あと、部分的なスレや繊維の伸びなどから、持ち主さまの動作のクセもチェックします。

==============================

●クセと繊維

この、持ち主さまの動作のクセというのが、実は加工手段に影響することがあります。

今日は、口頭だけでの相談のデメリット、クセを見落としたために「回り道」になってしまった実例をご紹介します。 ある生地屋さんから、電話がありました。無地のきものの染め直しをしたいとのことでした。

「どうしたらエエ?」と訊かれましたが‥‥現物を見ていないので、正直わかりません。 染め直しと言っても、「引き染め」と「焚き染め」があります。

引き染めは、きものの生地を水平にピンと張り、染料を含ませたハケで染めるもの、焚き染めは、染料の入った窯に品物を浸して、染料を浸透させる方法です。 両者は、コストや手間にも違いがありますが、特に古着の場合、染め方が天地を分けてしまうことがあります。 品物の状態によっては、染めで「ボロが出る」ことがあるからです。

==============================

●キズと染め方

引き染めと焚き染め、それぞれのリスクも説明しましたが‥‥結局その生地屋さんは、「引き染め」を選ばれたようです。

一件落着‥‥と思いきや! ‥‥しばらくして、その品物は凛にやってきました(!)「染める前はわからなかったのに、色ムラになってる」とのことです。

品物を見てすぐ、「あーあ、そらそうや」と思いました。着ていた方のクセが、見抜けていなかったのです。 古着の場合ほぼ100%、部分的な繊維の損傷があります。着用や動作によってできるもので、同じ箇所を引っ張る、膝を付くなど、繰り返し負荷がかかった部分が傷んできます。

この品物は、前身頃のヒザの辺りに「スレ」が発生していました。おそらく、正座で負荷がかかったり、ヒザと畳との接触が重なったのだろうと考えられます。 このように、繊維の状態が均一でない状態で引き染めを行うと、スレた部分に染料が溜まりやすくなります。その結果、スレた部分の色が濃くなり、ムラになったというわけです。

凛で染め直しをお受けしたら、引き染めは使いませんでした。 あとで聞いたら、「高級感があるから」と、引き染めにされたそうです。

※昔は、引き染めは焚き染めより高級感があると言われていました。 実際、コストも焚き染めよりずっと高いです。が、現在、引き染めと焚き染めの見た目は近くなってきており、業界でも見分けられる人は少ないです。 奮発した引き染めで、残念なことになってしまいました。

==============================

●引き染めのムラを消す

良かれと思った引き染めで、二度手間になってしまったという、気の毒な実話です。

ムラムラでは商品になりませんから、ここでようやく(笑)、凛に依頼となりました。 このケースでは、まず一度、染めた色を完全に抜きました(抜染)。その後改めて、焚き染めで染色をしました。

色ムラもなくなり、ご満足いただきました このように、古着の加工では、通常の検品以外に「もうひと押し」、先を読んだ見立てが必要です。 細かく検品することで、「この状態で○○を行えばどうなるか?」という推測ができ、リスクの少ない補正ができるのです。

凛に相談して、加工は自分の知っている業者さんでやってもらう‥‥という依頼者さんの気持ちはわかりますが‥‥「それやったら、最初からウチに頼んでくれたら、悪いようにはなりませんよー」という本音もあります

2018年09月04日

凛マガジン(仕立ての腕前)

●仕立ての腕前

●上手な人ほど

●仕立て関連のトラブル事例

==============================

●仕立ての腕前

読者さまの中にも、和裁をされる方、お勉強中の方がいらっしゃるようです。

ご自身で縫われた品物のご相談をいただくこともあります。 経験がある方ならピンと来ると思いますが、熟練者と初心者では、さまざまなポイントで差が出てしまいます。

習い始めは、「運針」という針の動かし方の基礎練習が続きます。どの部分を縫うのかで、縫い目の細かさも変わりますし、縫っているうちに生地がズレてくることもあります。うまくいかず、くじけそうになることも多いそうです。 国内では、和裁の技術を認定する資格として、「和裁技能士」という国家資格のほか、社団法人が定める資格もあります。実技試験があり、実務経験がモノを言う仕事ですね。

憶測ですが‥‥昔の日本では、女性は学生時代に和裁を身に付け、お裁縫ができることが一人前(お嫁入り)の条件になっていました。資格で技術が管理されるようになったのは、むしろ和裁人口が少なくなってきたからではないかという気がします。 現に、熟練の仕立て職人さん(特にご高齢の方)、仕事が早くて腕が良くても、和裁士の資格がない方もいらっしゃいます。

また最近は、海外での仕立ても増えています。 特にベトナムは、国を上げて技術者の養成に力を入れています。僕らもよく現物を見ますが、仕上がりが美しく、高レベルの品物が多いです。 しかも、納期も早かったりするので驚きです。過去最速は(特急扱いで料金は上乗せでしたが)、検品と日本までの輸送期間込みで、5~6日で上がったこともありました。これには驚きました!

==============================

●上手な人ほど

仕立ては、もちろんキレイに仕上げてもらうのが一番です。 ただし、染め替えなど、仕立てをほどく場合、上手な仕立て特有の注意点があります。

腕のいい仕立て屋さんは、縫い目がしっかりしているので、ほどくのも大変なのです。 洋裁でも使う「縫い目ほどき」を使うこともありますが、和裁職人の場合、なんといってもハサミが命でしょう。

刃の先がピーンと尖っているものが使われます。消耗したり、誤って落としたりすると使えなくなるという話も聞きました。

和裁の縫い方では、生地の表面に、縫い目のアタマがわずかに出ている縫い方が美しいとされます。生地を傷つけずに、小さな縫い目をほどくのですから、神経を遣いますね。 生地を傷つけないように、丁寧にほどいていきますが、キッチリした縫い目だと、ごくまれに、縫い糸のクズが残っていることがあります。 ほどいた後、全体をチェックしますが、細い繊維の断片だと、残留に気づかないこともあります。

前回の事例でも紹介しましたが、糸の繊維が残ったまま引き染めをすると、部分的に染料が溜まって色ムラになります。 繊維の残留がないか念入りにチェックすることと、適切な染色方法を選ぶ必要があります。

==============================

●仕立て関連のトラブル事例

最後に、これまで携わった、仕立て関連の品物のお話をします。 いちばん多いのは、仕立て糸が、生地の織目の間ではなく、織り糸を貫通しており、生地が引きつれてくる‥‥
という症状です。

仕立て中の出来事ですから、工程中に気づきそうなものですが、実は違うんです。 仕立てる際、生地はピシッと整った状態ですし、仕立て終わるとアイロンでキレイにプレスされますので、引きつれの原因は目立ちません。 検品中に見つかったり、そのまま納品され、着用しているうちに糸が引っ張れてきた‥‥という品物も、いくつも見てきました。

また、色無地だと、パーツを縫い合わせるとき、一部のパーツがウラオモテ逆になっている、という品物もありました。 一般的に反物は、「丸巻きの内側が、生地のオモテ」という暗黙のルールがあるのですが‥‥裁断して並べたりしているうちに、一部のパーツが裏返ってしまったのでしょうね‥‥。

絵柄がなかったため、裏返りに気づかず縫い合わせてしまったのだと思われます。 このようなレアな間違いは、パッと見てもわからなかったり、「何かヘンだけど、どこがおかしいのかわからない」という場合がほとんどです。

何度か着用したら、生地の糸が引きつれてきた!など、着用後のお困りごとにも対応しております。

2018年10月03日

凛マガジン(豪雨の被害品)

*************************************
**凛通信**
もくじ

●豪雨の被害品

●豪雨災害の被害は?

●意外と大丈夫!

●思い入れのある品物

●水害品の再生手順と価格

==============================

●豪雨の被害品

最近、岡山県の問屋さんを通じて、7月の西日本豪雨で被害に遭った品物をお預かりすることになったのです。

その問屋さんが品物を卸している小売店さんが、水害に遭われたとのこと。被害の大きな地域で、直後は連絡も取れなかったそうです。安否は確認できたものの、お店は跡形もなく流され、品物も全滅

。新たに品物を仕入れて営業を再開する余裕はなく、残念ながら廃業を決意されたそうです。

地域の呉服店だったので、お客さまも近隣の方が多く、きものや帯が流されたり、水没や水濡れなどの被害が出てしまいました。 問屋さんいわく、「お店はなくなってしまうけど、お客さんに売った商品だけでも、助けてもらえませんか」ということでした。

=============================

●豪雨災害の被害は?

正直、電話で依頼の話を聞いたとき、「これは無理や」と思ったんです。

水濡れといっても、豪雨災害の場合は、泥やアクなど、いろんな不純物が混ざっています。砂利やガレキと接触すれば、繊維が損傷している可能性もあります。

「申し訳ないけど、直る可能性は低いと思います」と、お断りする方向で話を進めようとしました。 が、「一度、品物を見るだけでもいいから‥‥」と懇願され、症状の軽そうな品物を、何点か送ってもらうことになりました。

送られてきたのは、振り袖が2点、袋帯が2点、訪問着が2点でした。なんと、タンスごと水没してしまったとのこと!被害の大きさは相当なものです。

しかし、タンスごとだったのはラッキーでもありました。タンスの引き出しに収納されていたため、ガレキに接触することがなく、引き出しのすき間から濁流の水が入り込んだのです。

引き出しのすき間より大きな石やゴミが入ってこなかったのは、不幸中の幸いだったでしょう。 キレイに畳まれたままでの水濡れだったため、目立ったシワや折れキズもありませんでした。

==============================

●意外と大丈夫!

どんな無惨な状況か‥‥とドキドキしながら箱を開けましたが‥‥ 結果から言うと、きものと帯、合わせて6点のうち、訪問着と袋帯は、ほぼ再生できる状態でした! 

これには驚きました。 なぜ大丈夫だったのか? ‥‥決定的な理由があります。訪問着と袋帯には、ガード加工がしてあったのです!! (以前も書きましたが)ガード加工は、水分を完全にシャットアウトするものではありません。

しかし、水濡れを軽症に抑えられることは間違いありません。 持ち主さまは、濡れた品物を乾かすことなく、ビショビショのまま陰干しをされたようです。

細か~いチリのような不純物が、繊維の間に入り込んでいましたが、超音波洗浄をするとキレイに落ちてくれました。

==============================

●思い入れのある品物

一方、ガードをしていなかった振袖は‥‥ 地色が真っ赤な品物でしたが、その赤色が水濡れでにじんだり、色の薄い絵柄の中に地色の赤色が染み込んでいました(泣き込み)。

残念ながら、こうなると再生は無理です(または、非常~に莫大な手間と時間と費用がかかります‥‥)。 思い入れがあって、同じ品物を再生したい、という場合、新しく白生地から、同じものを作り直した方が、キレイでお安く上がるかもしれません。

ですが実際は、手間やお金がかかってもいいから、できるだけ元の状態に近づけて欲しい、というご要望の方が、圧倒的に多いです。

同じものを作り直して欲しい、というご依頼もありましたが、事情が特別でした。人から借りたきものをダメにしてしまい、弁償することになったそうです‥‥。

思い入れのある品物は、「その品物」だから価値があるのですね‥‥。

==============================

●水害品の再生手順と価格

水害の被害品を再生するには、ある程度決まった手順があります。

まず、ほとんどのケースで、仕立てをほどく必要があります。

見た目にはわからなくても、濡れた水にどんな不純物が混ざっているかわかりません。ほどかずに応急処置だけして、数年後に別の症状が出たりすると、せっかくの補正の意味がありません。

なので、よほど状態が良い場合以外、仕立てはほどくご提案、お見積りをご提示しています。

次に、各パーツが再利用できるか・できないかを見極め、使えないパーツは作り直して差し替えます。

パーツが仕上がったら、仕立て直して完了!です。

今回の水害品、僕らとしては利益除外で取り組むつもりで、見積りをお出ししました。 が、お客さまのお返事は「少し考えるので、時間をください」でした。料金が高すぎる、と言われてしまったのです。

なんで? めちゃくちゃ安くしたつもりなのに‥‥と思いましたが、これには、業界の慣例が関係しているのです‥‥。

僕らの仕事には、薬剤や消耗材などの実費があるので、最低価格を割ることはできません。そこをなんとか低価格でガンバっても、お客さまが支払う時は、別の価格が「乗っかって」しまうのです

  間に入った問屋さんが、いくらか「乗せ」ます。また、商品を売った小売店さんにも「取り分」があります。 気の毒な事情があっても、マージンはなくなりません(せめて、安くしてあげればいいのに‥‥)。

ひどいケースでは、何倍にも膨れ上がることがあります。

 

2018年11月30日

凛マガジン(格と洒落紋)

●悉皆(しっかい)という仕事

●悉皆にも分野がある

●作業はしないけど

●手腕の具体例

●助かっています

●久しぶりの再会

==============================

●悉皆(しっかい)という仕事

京都の伝統的な呉服づくりの特徴のひとつに、完全分業制があります。各工程を独立した職人さん(または業者さん)が担っており、分業で進んでいきます(加賀など、分業でない作り方が主流の地域もあります)。

大勢の職人さんの間を行き来し、依頼者(メーカーなど)の意図を伝え、指示を出す専門職――それが、悉皆屋(しっかいや)さんです。

「悉皆」という言葉は、「すべて、みんな、一切合切」という意味だそうです。

「きもののことなら、なんでもやるよ!」みたいな仕事だとイメージしてください。 僕らの仕事も、さまざまな職人さんとやり取りしたり、生産中のものから着用後まで、品物の状態を問わずに仕事をするところは、悉皆屋さんと似ています。 逆に、決定的に違うのは、悉皆屋さんは「指示は出すが、自分では作業しない」という点です。

==============================

●悉皆にも分野がある

ネットで「悉皆業」を検索すると、おもしろいことが起こります。

ヒットした悉皆屋さんのホームページを見ると「お手入れ」「染め替え」「仕立直し」など、掲げている仕事の容は、みんなが同じではありません(複数の作業を受けているところもありますが)。

「なんでもやる」悉皆屋さんにも、厳密には得意分野・専門分野があるからです。 悉皆屋さんの専門分野は、その方の人脈に関連します。どんな職人さんを抱えているかで、悉皆屋さんが受ける仕事が決まるからです。

黒染め専門、ロウケツ専門‥‥紋付専門、洗い張り専門、着尺(訪問着・附下など)専門‥‥紬などの「シャレもん」専門‥‥ 同じ染色分野でも、「ぼかし専門」、さらに、ぼかしでも「かすみ」「もや」など、(それ以外が出来ないというわけではありませんが)幅広くきものづくりに携わる一方で、非常に特化した専門分野を持つ仕事でもあるのです。

一例として‥‥「黒染屋さん」で紋付を作るなら‥‥
1.墨打ち(悉皆屋さんが行うこともあります)

2.ゴムをかける

3.紋を伏せる

4.黒く染める

5.蒸し・水元で伏せを落とす

6.揮発水洗でゴムを落とす また、

訪問着なら、

1.墨打ち

2.下絵

3.糸目(絵柄の輪郭)

4.友禅

5.糊伏せ

6.地染め

7.蒸し・水元(糊を落とす)

8.整理

9.金加工

10.刺繍

11.裁断→仮絵羽

‥‥と、すべてがこれと同じではありませんが、こんな風に進んでいきます。これらの工程を担う職人さんや工場が、その悉皆屋さんの人脈です。 現場監督のような仕事なので、

1着のきものに複数の悉皆屋さんが携わることはありません。 どんなきものを作りたいかで、どの悉皆屋さんに発注するか決まります。ですから、依頼する側(メーカー、問屋など)は、複数の悉皆屋さんと取引があります。

==============================

●作業はしないけど

指示を出すだけで、自分では作業しないなんて、ズルいなぁと思われるかもしれませんが(笑)、いえいえ、違います!作業こそしませんが、悉皆屋さんの知識と人脈はすごいものです。

現場での采配が、どれほど仕事の流れを変えるのか、事例で説明しましょう。 一般的に、きもの一着分に必要な反物の長さは、「三丈物(さんじょうもの:僕らはもっぱら、『三丈もん』と呼びます)という種類です。

が、オモテ分の三丈に、八掛分がいっしょになった「四丈もん」という反物もあれば、本振袖などに使われる「五丈もん」もあります。 四丈もんの反物を使って、きものを作ることになりました。

地色を染めるため、染色工房に染めを依頼するとしましょう。すると、染め屋さんが言いました。「うちは、三丈までしか染められへんで」 こういう時に、悉皆屋さんの腕がモノを言います。

==============================

●手腕の具体例

四丈もんを、三丈までしか染められない染屋さんで染めてもらうため、悉皆屋さんは何をするのか‥‥。

四丈もんの反物を広げ、「墨打ち(きものに仕立てるとき、裁断する位置を示す印)」をします。 つまり、「ここまでがオモテ、ここからが八掛」と、マークを付けたのです。そして、三丈の位置で生地にハサミを入れて、裁断しました。 これで、四丈もんだった反物が、三丈もんに変身! 依頼した染め屋さんで染めることができるようになりました。

このケースでは「三丈と一丈」に切り分けただけでしたが、高級な留袖や訪問着に見られる「どんぶり」と呼ばる仕立てでは、パーツの取り合わせが特殊で、複雑になります。 その場合は、三丈の設備で染められるように、かつ、取り合わせに影響が出ないように、パーツの配置を考えて墨打ちをします。

熟練の悉皆屋さんには、豊富な人脈と、工程が順調に進む臨機応変な対応、適切な指示を出す決断力、リーダーシップがあります。

==============================

●助かっています

僕らの仕事は、生産工程で生じた難を直す依頼が大半です。そして、悉皆屋さんから仕事をいただくケースが圧倒的に多いです。

いくら補正の技術があっても、ニーズを拾いに行かなくては、受注は取れません。本来なら、地直しだって営業活動をしなければならないのです。

しかし僕らは(開業当初は除いて)、営業しなくても仕事をいただける状態です。悉皆屋さんが、凛の営業マンになってくれているからです。 悉皆屋さんを通じて手がけた商品を他の業者さんが見て、紹介で新規受注になることもあります。 きものの知識では一流の悉皆屋さん。

だから、悉皆屋さんが評価してくれると、会ったことがない業者さんにも信頼してもらえるのです。 凛には複数の悉皆屋さんが出入りしてくださってますが、中でも数人の方とは、頻繁なやり取りがあり、大いに助けてもらっています。

==============================

●久しぶりの再会

最近、しばらく交流が途絶えていた悉皆のAさんから、ご依頼をいただきました。 Aさんは、もともと問屋さんを回って、生産中のきものを扱う悉皆業でした。が、時代とともに生産数が減ってきて、仕事も少なくなってしまったのです。

白生地から新しく作るきもの(僕らは「アタラシもん」と呼びます)を対象にしていては仕事がないと判断し、小売店さんを回り始めたそうです。 そして、小売店さんが商品を売ったお客さまを対象に、保管中に出た難や、譲り受けたきものの仕立て直し、染め替えなどを提案するようになりました。

2018年11月22日

凛マガジン(最近気になるなるあのCM)

●最近気になるあのCМ

●高値で買取、は本当?

●高値がつく品物は‥‥

●今は作れない


==============================

古着の舞台裏について解説してみます。

==============================

●最近気になるあのCM

読者の皆さまにも、気になっている方が多いと思うのですが‥‥ 「

古いきものや帯を、出張で買い取りします!」というテレビコマーシャルを見たことはありませんか?

中古呉服の買取業者さんは、この10年ほどで激増しています。

ここで、単純な疑問がわいてきませんか? 着なくなった古いきものがタンスに眠っている人は、そこそこいらっしゃると思います。しかし、それにも限界があります。

いずれ、買い取る品物は枯渇し、市場は飽和するはずです。それに、派手な広告宣伝をして、高価で買い取ってくれるなんて‥‥それで本当に利益が出ているのでしょうか?

コマーシャルを流している業者さんのサイトを見てみました。

テレビでは「きもの買取」と宣伝していますが、実際は、バッグや時計などの高級ブランド品、切手、毛皮などを幅広く扱っている、いわゆる「古物商」でした。

高級なきものを持っていて、売ってもいいかなぁーと思ってくれる主婦層が多くテレビを見る時間帯に、「きものの買取」とCMを流しているんでしょうね。

==============================

●高値で買取、は本当?

業者さんのサイトに、買取実績のページがありました。(高値が付いたものを優先して掲載しているとは思いますが)、100万円を超える価格で買い取られている品物もありました。

では、少しプロの目線で解説をしてみましょう。 汚れやカビがなく、状態の良い美品なら、高く買い取ってもらえる、と思われがちですが‥‥結果から言うと、美品でも、買取価値がゼロに近くなってしまう場合もあります。

どんな品物が高い評価を受けるの? 美品でも売れにくい品物ってどんなもの?

買取業者を利用してみようかな‥‥と考えておられる方の、参考になればと思います。

==============================

●高値がつく品物は‥‥ 「

買取実績」のページを見た瞬間、「あ!」と思った写真がありました。

100万円以上で買い取られたと書いてありましたが、これには納得できました。

有名な作家さんの作品だったからです。重要無形文化財の友禅の作家さんで、数々の賞や叙勲も受けておられる、輝かしい経歴の持ち主です。 他界された後は、技術を継承したご子孫方で作品づくりを続けておられます。

特徴のあるデザインで人気があり、先代が存命中に手がけた作品には、プレミア価格が付いています。

ブランド力のある作家さん、入手不可能な遺作などは、一般的に評価が高いです。

他に、有名な産地で作られたもの、特定の時代に作られ、作風に特徴があるもの、証紙など品質を保証するものが揃っていると、評価は高くなります。

==============================

●今は作れない

希少価値と言えば、生産されなくなったり、作り手が激減して価値が上がる品物もあります。

一例として、「村山紬(むらやまつむぎ)」を説明しましょう‥‥。

村山紬は、東京都・武蔵村山市近辺で作られる紬です。 奄美大島の特産品、「大島紬」は非常に有名ですね。高級品として知られ、高いものだと一反数百万するものもあります。

村山紬はもともと、大島紬を真似て作られ、戦後、普及品として広まりました。当時は、「模倣品」という扱いで、高価ではなかったはずです。 ところがその後、作れる職人さん・工房が激減し、現在ではほとんど作られていません。

そのため希少価値が高まり、価格も上がっています。 このように、品物の価値や評価は、どれだけ流通しているか?によって、ガラリと変わります。 何十年という長期単位で見ると、デザインの特徴や流行も関わってくるでしょう。

古着市場の話題、残りは、次回に引き継がせてもらいます! 今日取り上げたのとは逆の例──品質はいいのに高い値段がつかないものについての解説、また、古着屋さんの舞台裏や儲かるしくみについてお話ししたいと思います。

2018年12月04日

凛マガジン(美品でも売れない)

美品でも売れない

●ブラックは不人気

●古着商の黄金期

●「大化け」の舞台裏

●値段を左右する要素

==============================

古着のお話をしています。出張で買い取ってくれる業者さんは利益が出ているのか? という目線でお話をしました。 その続きで、古着(古物商)業界の景気や、値段の舞台裏をご紹介します。

==============================

●美品でも売れない

前回、有名作家さんの作品で、買取価格が100万円を超える例があることを解説しました。 その逆パターンも存在します。 美品で高級品なら、高く売れて当然、だと思いますが‥‥いくら品質が良くて、カビや汚れがなくても、値段が付かない品物があります。

==============================

●ブラックは不人気

低待遇の会社やバイトが「ブラック」と呼ばれてますが、ブラックが不評なのは職場だけではありません。 美品でも高値が付かない‥‥高値どころか、評価が低すぎて値段が付けられないのが、「黒もん」と呼ばれる品物です。

具体的には、喪服、黒留袖、黒の羽織‥‥などです。 理由は、良くない表現ですが‥‥「潰しが効かない」こと。

着用用途や場面が決まっていて、多様性がないということです。 たとえば喪服。着用するシーンは決まっていますし、紋が入っています。家のと違う家紋の入った喪服を、平然と着る人は居ないでしょう。

黒留袖は、とても豪華な柄が入っていてキレイですが、こちらも身内の結婚式や、フォーマルな祝い事に限られ、紋も入っています。 さらに、喪服や黒留袖の紋は、「日向紋(ひなたもん)」という技法で入れられているものも多いです。紋がクッキリと映えるように仕上げる方法で、紋が目立つのです。

次に、黒の羽織──こちらは時代背景も関係ありますが、着る習慣がなくなってきています。 このような理由で、少なくともきものとして利用するのは難しい品物は低評価になります。

例外として、若い女性がロングスカートやドレスにリフォームすることはあるようですが。 同じ黒もんでも、附下げや訪問着になると、やや用途が広がります。紋の数も一つが主流ですし、日向紋よりも目立たないものも多いです。自家の紋でなくても、気にならないかもしれません。

==============================

●古着商の黄金期 10年ぐらい前から、きものやブランド品の買取業が急増し、手持ちの呉服を売ることに抵抗を感じる人も少なくなってきました。

ただ、現在の状況をみていると、市場から良品が消えつつあり、取引のピークは過ぎたのでは?という印象があります。

では、古物商──中でも、呉服の古着商がいちばん儲かった時代、儲かった業者さんて、どういう感じだったのでしょうか?

手持ちの呉服を売るという行為が一般的ではなかった時代──30~40年ほど前でしょうか──この時代に呉服の買取・転売を始めた業者さんには、大儲けしたところが多くあったと思われます

。 苦労しなくても、掘り出し物を見つけることができました。目利きのできる専門家も、今ほどは居なかったようです。 そこへ来て、1980年ごろから古着ブームが到来し、景気が一気に上昇したと言われます。 ブームになると、価格は急騰します。

この時代に、掘り出し物をたくさん在庫していた古着商さんは、大儲けできたはずです。

==============================

●「大化け」の舞台裏

京都には、弘法市や天神市など、人気の骨董市があります

。同じようなのみの市やフリーマーケットが、全国のあちこちで開催されていますよね。 昔は、このような「のみの市」に、有名作家さんの作品や高級品が、ただの「中古品」として安く売られていることがありました。

そういう品物を千円から数千円で買ってきて、僕らのような地直しに頼んでちょっとキレイにして、数万円で売るのです。仕立て上がりの場合、ほどいて丁寧な補正を行ったとしても、相当の利益が出ていたでしょう。

古物商関係の方から、シミ抜きやカビ取り、汚れ落としのご依頼をいただくことは、よくあります。その中で、「キレイな品物だけど、このシミさえなければ」という、一点集中型の難がある場合は、大化けの可能性大です。 「コレさえなかったら、エエ値段で売れるんや。頼むわー」と、正直に事情を話してくれる人も居ます。

今はネットでの情報収集が簡単になり、足と目を使った人が成果を出す、という時代ではなくなってきました。価格や品質の比較も、自宅でできます。消費者さまも、情報通が増えていると思います。

==============================

●値段を左右する要素 他

にも、値段に影響する要素を挙げるとすれば‥‥時代背景や寸法があるかと思います。

まず時代ですが、昭和初期~戦前ぐらいに生産された品物は、評価が高いです。この時代の品物は、残念ながら焼失されたものが多く、数が少ないのです。 また、当時はデザインの流行も違うので、「こんな友禅、今やったら置かへんよなー!」とか、「こんな地色、あり得へん!」みたいなものも多いのです。

今ではわざわざ作られることがなく、古い品物でないと手に入らない図案や絵柄は、評価が高くなります。 逆に、色やデザインとは関係ないところで値段を下げてしまうのは‥‥小さい品物(小柄な方が着用していたもの)です。 今は平均身長も伸びて、生地巾の規格も変わっているほどです。

高級品で美品でも、仕立ててある寸法が小さいと、ほぼ100パーセント、仕立直しが必要になるでしょう。 仕立てをほどくのなら、何かしらのサプライズ(^_^;)は覚悟しておくべきです。特に、褪色による色差は避けられないでしょう。 直せばコストがかかります。キレイに直して、果たして売れるのか? 利

益が出るのか?というリスクがあるのです。 大きいものから小さく作るのは簡単ですが、逆になると不可能になるか、難易度が上がるか‥‥です。

だから、小柄な方は、古着では大変お得です!!長身の人ならチンチクリンになってしまう品物も、寸法直しなしで着用できるかもしれません。

●今は作れない

希少価値と言えば、生産されなくなったり、作り手が激減して価値が上がる品物もあります。

一例として、「村山紬(むらやまつむぎ)」を説明しましょう‥‥。村山紬は、東京都・武蔵村山市近辺で作られる紬です。 奄美大島の特産品、「大島紬」は非常に有名ですね。

高級品として知られ、高いものだと一反数百万するものもあります。 村山紬はもともと、大島紬を真似て作られ、戦後、普及品として広まりました。

当時は、「模倣品」という扱いで、高価ではなかったはずです。 ところがその後、作れる職人さん・工房が激減し、現在ではほとんど作られていません。そのため希少価値が高まり、価格も上がっています。

このように、品物の価値や評価は、どれだけ流通しているか?によって、ガラリと変わります。 何十年という長期単位で見ると、デザインの特徴や流行も関わってくるでしょう。

古着市場の話題、残りは、次回に引き継がせてもらいます! 今日取り上げたのとは逆の例──品質はいいのに高い値段がつかないものについての解説、また、古着屋さんの舞台裏や儲かるしくみについてお話ししたいと思います。

2019年02月10日

31年針供養

今年の針供養風が強く寒かったですね~

ランチはレストラン「tukimisou」月見草  お料理はおいしかったですね。

工夫してお着物 着てらして着姿も美しかったですよ。

きちんと感謝とお願いをできましたでしょうか。今年も断ち損じがありませんように・・・・

2019年03月03日

凛マガジン(職人が知らない・・)

●職人が知らない品物

●衣装の世界

●これ、何?!

●ウソつき襦袢

==============================

●職人が知らない品物

地直しという仕事を通して、糸や生地、織りや染色などの技法‥‥素材や加工には精通していると自負していますが、そういう僕らも知らない品物があります。

地直しの仕事のルートは、大きく分けて2つ。 製造工程中に生じた難(業界内)と、品物の保管中や着用時に出た難(販売後、消費者さまから)です。 この中で、補正の現場にはあまり持ち込まれない品物があります。 和装小物などに多いのですが‥‥

品物が売れたあと、使用中に汚れたり難が出たりしても、わざわざ地直し屋に依頼するほどではない‥‥

と判断されるものです。 補正コストよりも、新しいものを買う方が安かったり、プロに頼まなくても自宅で洗える‥‥など。

このような品物は、地直し屋に持ち込まれることがほとんどないので、僕らが知らないケースもあります。

==============================

●衣装の世界

装束や衣装の類は、専門のルートや技術者が決まっているため、凛にやってくることはほとんどありません(専門職の方がお困りになって、人を介して相談が舞い込むことはありますが)。

衣装と言えば、昨年‥‥。歌舞伎の舞台裏を紹介するテレビ番組を見ました。 公演までの密着取材、お稽古の様子のほか、衣装部門の舞台裏も紹介されていました。 一般の舞台公演は、役者さんごとに衣装を誂えますが、歌舞伎は違います。 代々受け継がれた品物を使うため、役者さんに合わせて「誂える」のではなく、ひとつの品物を役者さんの体型に合わせて「仕立て直し」ます。

ほどきと仕立てが頻繁に行われるため、通常よりも粗い縫い目で縫われます。 至近距離で見られることがないため、少々縫い目が大きくてもわかりません。 舞台衣装ならではの特徴ですね。このように、衣装や装束は、一般の呉服とは違う事情や背景があります。

==============================

●これ、何?!

お得意先の小売店さんから、ダンボール入の荷物が届きました。

当時、凛にいたスタッフのおばちゃんが箱を開けるのを横で見ていると、見たことのない品物が出てきたではありませんか! 「これ、何?」と訊くと、「知らないんですか? 『ウソつき襦袢』ですよ」と言われました。

肌襦袢を長襦袢を重ね着する必要がなく、暑い日には便利なんですよ、と説明してくれました。 読者さまにはおなじみの方が多いでしょうが‥‥僕らには、この時が初めてだったのです‥‥

ウソつき襦袢(笑)。 地直し屋で独立するまでのキャリアも含むと、呉服業界に入ってから30年になります。しかし、長い間「ウソつき襦袢」は知りませんでした。 理由は前述の通り。

ご自宅で洗えたり、クリーニングで対応できたりと、割高のコストを払って地直し屋に依頼されることがなかったのです。

==============================

●ウソつき襦袢

ご存知の方も多いと思いますが(^_^;)嘘つき襦袢は、お襦袢を着ているように見えますが、構造が違います。

僕らは最初「ウソつき襦袢」と教わりましたが、後にそれが「大ウソつき襦袢」なる別バージョンであるとわかり、いろんなタイプのウソつき」があるのだと知りました(笑)。

通常の「ウソつき襦袢」は、袖と裾だけがお襦袢風で、他の部分はサラシなど、通気性の良い素材が使われています。長襦袢と肌襦袢の合体版のような感じです。 「大ウソつき襦袢」は、袖だけがお襦袢と同じで、上半身(身頃)だけの品物です。 また、袖が取り外せるようになっているので、汚れたり劣化したら、袖だけを洗ったり、新品に交換することができます。

他にも、二部式(上半身と巻きスカートタイプの2点セット)など、複数あります。 袖の交換は、端切れ程度の生地量で済むので、コスパが良いです。北野天満宮の「天神さん」でも、交換用の袖の生地が売られているのを見たことがあります(知らない頃は、小物を作るための端切れだと思っていました)。

付け替え用の袖には色柄ものもあるので、お手頃は価格おしゃれが楽しめるのも、メリットかもしれませんね。

2019年03月03日

凛マガジン(布地幅が足りない)

●生地巾が足らん!

●例外的な縮みと、織り工程

●標準的な生地巾

●洋服と違うところ

●正しい採寸と、美しい仕立て

●フォローが必要

●生地巾伸ばしと、着方のコツ

 

==============================

●生地巾が足らん!

今日ご紹介するのは、反物が売れて、お仕立て→お客さまに納品されるまでの間に発生するご依頼です。

問屋さん、小売屋さん、仕立屋さんから、「品物が売れて、いざ仕立てようとしたら、生地巾が足りない」と言われることがあります。 フツーに聞いて、これはオカシイ話ですよね。 まず、2つの疑問があります。

1.生地巾が足らないのに、なぜ売れた(売った)のか?

2.本当に、生地巾が足りないのか? 売れたということは、生地巾が十分あって当然、のはずです。

売れた後で、不足に気づくということは、

1.売り手・買い手のどちらかに、勘違いがある、または、2.採寸の誤り(測り間違い・見間違い)、または、3.パーツの取合など、裁断に問題がある‥‥ などが、推測できます。

==============================

●例外的な縮みと、織り工程

例外として考えられるのは、生産中の、または仕上がった製品が、その後の環境で縮んでしまうことです。

特にちりめんなど、糸の撚り(より)が強く、伸縮性の大きな素材は縮みやすくなります。輸送中・保管中に、空気中の水分を吸って縮み、生地巾が短くなる可能性も、ないわけではありません。

本来、生地を織る段階では、(ちりめんほど伸縮の激しい素材でなくても)、仕上がりの生地巾よりは広めに仕上がっています。 織機で生地を織る時には、糸がピーンと張られています。織った生地を織機から外すと、糸の撚りが戻り、多少の縮みが発生するのが通常です。

ただし、このような反応や寸法差は、あらかじめ判っていることですから、織る段階で、縮み分を含んだ巾が設されています。 後工程の精練(組織を整える工程)でも縮みが発生しますが、これも同様に、縮みを計算したうえで生産されています。 やはり、極端な収縮は、頻繁には起こり得ないはずなのです‥‥。

==============================

●標準的な生地巾

「生地巾問題」は、過去にも取り上げたことがありますが、それは古い反物の事例でした。

きものの種類によって異なりますが、生地巾は、規格で決まっています。 ただし、日本人の平均身長が伸びたことなどから、時代とともに、規格の標準値が変化してきた経緯があります。 ですから、 「母のきものを、自分用に仕立て直したいが、生地巾が足りない」とか、 「古着を仕立て直すためにほどいたら、生地巾が足りない‥‥」という話であれば、理解できます。

しかし、今日ご紹介する事例は、正真正銘・今の時代につくられた、新品の反物です。 身長が高い方、手が長い方、ふくよかな体型の方は、標準より多くの生地巾が必要となります。が、多少の余裕が含まれているので、ギリギリではありません。

たとえば、振袖の生地巾は、 尺五分(しゃくごぶ・約40センチ)から、尺一寸(しゃくいっすん・約42センチ)が標準的です。身長180センチぐらいまでの方なら、この巾で対応できます。 また、現在メインで流通している製品は、九寸八分(きゅうすんはちぶ)~尺巾(しゃくはば)と呼ばれるものですが、こちらも身長170センチぐらいの方なら、十分対応できます。 これだけ余裕がある割には、生地巾不足のご相談が多いのです。なぜでしょう‥‥???

例外的な縮み(素材の性質によるもの)でなければ、採寸ミス‥‥あと、考えられるのが、採寸の知識不足です。

==============================

●洋服と違うところ

きものを着慣れていらっしゃる方は、ご存知でしょうが‥‥ きものの袖は、洋服のように、手のひらギリギリの位置までありません。和装に慣れていない方には、気持ち悪く感じるかもしれません。

かく言う僕らも、初めてきものを着た時には、袖口の位置が短すぎるような気がしたのを、覚えています。 先輩や、親から、「きものの袖は、そういうもんや」「洋服みたいに手の甲にかぶったら、カッコ悪いでー」と言われたものです。 「裄丈(ゆきたけ)」で、解説しましょう。 裄丈は、肩巾と袖巾の合計です。

首の付け根の「グリグリ(骨が出っ張っているところ)」から、肩・腕を通って、手首の「グリグリ」のちょっと上(ひじ側)までを測ることになっています。 この手首の「グリグリ」を、洋服と同じ感覚で採ると、きものの採寸より、2~3センチほど長くなってしまうのですが‥‥意外に知られていません。

==============================

●正しい採寸と、美しい仕立て

標準体型なのに、生地巾が足りないとすれば――稀に、身長の割に手が長い方もいらっしゃいますが、おおむね身長に比例するものなので――採寸に問題があるかもしれません。

採寸をする人(販売員さんであっても)が、正しい計測ポイントを把握していなかったことも、過去にありました。 ある依頼者さんに話を聞くと、「洋服と同じ要領で」自己採寸した寸法で仕立てに出された、と判った例もあります(正しい採寸をすれば、不足はありませんでした)。

体に合った美しい仕立てには、正しい計測ポイントと、測り方を把握していなければなりません。

★手の上げ具合(真横・斜め・真下で、寸法が変わってくる)

★一回だけでは誤差があるかもしれないので、2・3回計測して、平均を出す方が確実、などなど。 基本的な寸法以外に、体型の特徴――胸板の厚さ、肩の形状(なで肩・いかり肩)など――を細かく見ることで、ひきつれやシワが出にくい、美しい着姿になるのです。 また、素材によっても、体への「沿い加減」が変わってきます。 実際にあった話ですが‥‥

一度仕立てたお店で、別のきものを誂えた方からのご相談でした。前回と体型が変わってないので、同じ寸法で仕立てたら、なーんか違う‥‥とおっしゃるのです。 前に誂えたものと比較しますと、寸法がいっしょでも、素材の柔らかいものとハリのあるものでは、体への沿いが変わり、着心地に影響していることがわかりました。

==============================

●フォローが必要

和装に慣れた方から見れば、「そんなん、常識やん」でしょうが、知らない方が悪い、と言い切ってしまうのは、ちょっと気の毒な気がします。

せっかく和装に興味を持って、仕立ててもらうと決めたのに、採寸方法を知らなかったために問題が発生――ですが、「その測り方、違うで!」と教えてくれる人がいれば、防げたことなのです。 その証拠、と言うと変ですが‥‥ 着付けや和裁はもちろん、お茶やお花のお稽古をされている方からの発注では、「この数字、ちょっと不自然ちゃう?」という寸法は、まず見かけません。

正しい知識を教えてくれる、先生や先輩方がいらっしゃるからだと思います。 情けない話ですが、これは売る側も同じですね 昔は、小売店さんでなくても、メーカーさん、問屋さん、みんな採寸の知識があり、「ちょっと、モノサシを当ててみる」ことを怠りませんでした。

しかし今は、生産工程は「規格分の巾があるから大丈夫」、流通部門は「販売担当の、小売店まかせ」、販売部門は「接客担当の、店員さんまかせ」‥‥と、丸投げになっている感があります。

丸投げされた最終ポジション=販売員さんが正しい採寸を知らなければ、ヘンテコな品物が誕生してしまうのでしょうか‥‥?! 

それで済まされるのは、ちょっと納得できませんよね 消費者さまには、品物や価格比較だけじゃなく、きもの全般の知識や情報がわかる機会が、作り手・売り手には、お客さまに満足していただくための教育が必要‥‥だと思うのです。

==============================

●生地巾伸ばしと、着方のコツ

古い品物の仕立て直しなども含むと、「生地巾を出して欲しい」というご依頼は、非常に多いです。

織り方や品物の状態によって、補正の可否は変わります(中には、どんな手段でも巾出しができず、お断りすることもあります)が、素材の特性に応じた方法で処理しています。

どんな生地も、時間が経つと、元に戻ろうとする力が働きます。なので、「その時だけ」にならないよう、伸ばした寸法を定着させる処置も行っています。 明らかな寸足らずには補正が必要ですが、着こなしでカバーできることもあります。 古いきものなど、寸法が短めのものをお召しになるとき、中のお襦袢が、ちょっと顔を出してしまうことがあります。「チラ見え」によって、きものの寸足らずが目立ってしまうので、なんとか防ぎたいものです。

着慣れた方は、「襦袢がチラ見えしないように、クリップで挟んでいる」、「糸でつまんでいる」といった、賢い裏ワザを使われる方もいらっしゃいます。

2019年04月02日

凛マガジン(地色に筋)

●地色にスジが入る

●17年モノの、美品でした

●テストの結果

●色落ちと、最終対処

=============================

 

●地色にスジが入る

お客様は、まず難の画像と説明を、メールでお知らせくださいました。

真紅のきものですが、胴の中央部に、シュッと一筋、白い線が入ったようになっています。 また、地色の赤色が、うっすらと胴裏に移っているとのこと。

業界で言う「泣く」と呼ばれる症状ですね。 白い線は、汚れがついたようにも見えますが、おそらく「スレ(繊維が摩擦で毛羽立ち、白っぽく見える症状)」ではないかと推測し、現物を送っていただきました。

==============================

●17年モノの、美品でした

この品物、難こそ出ているものの、なんと購入から17年経過しているとのこと。にもかかわらず、とても状態が良いので驚きました。 それも、タンスの肥やしで美品なのではありません。

頻繁にお召しになっている証拠に、八掛の裾の部分は、擦り切れが出ています。

Aさまは、ご要望をまとめたメモを同封してくださっていました。

1.白い線を消したい。

2.胴裏に色移りした地色を、色落ちしないようにしてほしい。

3.八掛がスレているので、取り合いを変えて、スレた部分を見えないところに入れ替えたい。

4.購入してから一度も洗ったことがないので、これを機に洗い張りをしたい。

5 仕立ては、和裁のできる友人が居るので、その人に頼みたい。

とのことでした。 検品の結果、白い線は、予想通り「スレ」でした。ちょうど帯の上端に当たる部分です。着用中に帯と擦れて、毛羽立ったのではないかと思われます。 帯の当たる位置は、何度着用してもほぼ決まってくるで

しょう。

一度の着用でスレたのではなく、何度も着ていて、同じ部分が繰り返しスレてきた、と考えるのが自然だと思いました。 胴裏への色移りは、着用中に汗をかかれたのであれば、高温多湿になったことも影響するか?と考えました。

いずれにせよ、同じ症状が再発するのは困ります。 テストも含め、詳しく調べて、最適な対応を考えることにしました。

==============================

●テストの結果

Aさまは、品物のハギレも同封してくださっていました。大小合わせて、9枚のハギレ。

まずこのハギレで、色落ちの程度を調べましょう。

最初に1枚、水で湿らせて、白布にトントンしてみると‥‥はい、うすーくピンク色が付着しました。落ちてますねぇー‥‥。

通常、このような色落ちは、引染めの染料の残留(染色工程の後の蒸し・水元で、余分な染料が十分に落ちていない)に原因があると考えられます。

ところが調べてみると、この品物、引染めではなく「焚き染め」だったのです!‥‥となると、このような色落ちは考えにくいのです。

さらに、2回目のテストで、新たな謎が出てきました。1回目とは別のハギレを使って同じテストをしたところ‥‥なんと!色落ちが見られなかったのです。 たまたま最初にテストをしたハギレが泣いたので、色落ちアリの判定を下しましたが‥‥

もし、最初にテストするハギレが別のものだったら、違った結果になっていたかもしれません。 いずれにせよ、ひとつの品物の中で、部分によって泣いたり泣かなかったり‥‥これはあり得ない話です。

==============================

●色落ちと、最終対処

色落ち(=泣き)の症状は、難としては珍しくありません。ほとんどの場合、引染めなら蒸し・水元工程での残留染料に問題があります。

焚き染めで色落ちが起きたとすれば‥‥釜の温度が低かったか、染めた後の水洗いが不十分だったのか、水洗いの際、品物が均一に広がっておらず、部分的に洗いが弱いところができてしまったか‥‥といったところでしょうか。

僕らとしてはまず、これ以上染料が落ちないように、トコトン水洗いして残留染料をなくす‥‥という手法をご提案するのが一般的です。

この方法は「泣かなく」するための決定打ですが、残留染料が流出した分、どうしても地色が薄くなる傾向があります。 A様に確認すると、今のお色がお気に入りのこと。となれば、他の方法を選択したほうが賢明です。

水洗いをすると、染料が泣いてしまいます。そこで、ドライクリーニングの要領で「揮発洗浄」を行うことにしました。 油性の成分なので、染料は反応せず、地色を変えずに汚れ落としをすることができます。

ちなみにですが、揮発洗浄でも大丈夫だったのは、やはりこの品物の状態が良かったからです。水洗いしないと落ちない汚れなどがあれば、無理だったでしょう‥‥。

最終的に、 1.スレを取る。2.洗い張りはやめて、揮発洗浄で汚れを落とす。3.八掛は、部分的に仕立てをほどき、裾を少し内側に折り込んで、擦り切れた部分が見えないようにする。4.水との反応を最小限にするため、ガード加工をする。 となりました。

八掛は、原寸より1.5センチぐらい短くなりますが、もともと身丈が長めだったので、支障ないとのこと。 余談ですが、

この品物、以前にもガード加工をされたとのことでした。それでも色落ちしたということは、経年で効果が弱まっていたのかもしれません(17年選手ですから!) 改めて、ガードをかけ直し、色落ちや他への色移りを防ぐことになりました。

 

2019年05月01日

凛マガジン(地直しの原点)


●直し直る=元通り?

●直ったと思ったら‥‥

●見えなくなったのに‥‥

●消えても安心できない

●見えなくなってもご用心!

==============================

 

●直る=元通り?

「補正」イコール「元通りに戻る」ことだと思われている方は多いでしょう。もちろん、元通りになれば「直った」と言えますが、それだけではありません。

補正には、さまざまな技術や方法があります。補正の結果、ベストな状態が「元に戻る」です。 元に戻せない難を、目立たなくするのも「補正した」ことになりますし、柄を足したり染め替えたりして、元の形とは違う仕上がりで着用できるように仕上げることも、よくあります。

==============================

●直ったと思ったら‥‥

先の例は、難が改善されているのでまだ良いのですが、怖いのは「直ったと思ったら、実は違っていた」というケースです。 実はこれ、職人でも見誤ることがあり、注意が必要です。

「他の地直し屋さんに頼んだら、納品された時は直ってたのに、また復活してる」といったご相談が、一定数あります

これは、手抜きや粗悪というよりは、難や品物の特徴を勘違いしている場合に起こりがちです。 僕らも、「やらかしそうになった」経験があります。実際の例で説明しましょう‥‥。

==============================

●見えなくなったのに‥‥

濃いめの色無地の品物でした。1センチぐらいのシミができ、取ってほしいというご依頼でした。水滴が落ちたような、円形のシミです。

難の除去には、揮発溶剤や水(水溶液)を使いますが、水を使う方がリスクが高いので、まず揮発のテストからスタートします。 商品の端や縫いしろの内側など、目立たないところで反応を観察します。 大丈夫だったら、揮発溶剤を使って、難の変化を見ます。揮発で反応がなかったら、水または水溶液での処理を検討します。

この品物は、揮発とブラッシングを組み合わせると、反応が良かったので「これでイケる!」と思いました。 作業後、シミは完全に見えなくなりました。

==============================

●消えても安心できない ところが‥‥

作業が終わって、シワを取るために蒸気を当てると‥‥

さっきまで見えなかったシミが、復活してきたではありませんか! 実はこのような現象は、珍しくありません。このような反応も予測に含め、認識を持って作業する必要があります。 なぜこうなったか? と言いますと‥‥

このシミは、水溶性の糊のような成分だったと考えられます。確定はできませんが、食べこぼしなどの原因もあり得ます。 そして、その成分が、繊維の表面だけでなく、内部まで浸透していたのでしょう。 表面に付着した成分は、揮発溶剤とブラッシングで見えなくなりました。 が、内部にはまだ成分が残っていたようです。それが蒸気の熱、および湿気を吸ったことによって、表面に浮上してきたのです。

一旦は見えなくなっても、成分が完全に除去されたとは限りません。この判断を誤ると「納品時にはキレイだったのに」という事態になるのです。

==============================

●見えなくなってもご用心!

このシミ、最終的にどんな処理をしたかと言うと‥‥

水溶性の成分だったわけですから、揮発では除去できません。なので、ぬるま湯に洗剤のようなものを混ぜた溶液を使って落としました。 絶対に「ぬるま湯」でなければダメ!というわけではありませんが、温度が高い分、水に比べて作業効率が上がります。 また、温度が高すぎて「お湯」になると、繊維にダメージを与える可能性が出たり、また熱によって染料が泣くこともあるかもしれません。作業効率は考えますが、危険なことはいたしません(笑)。 ‥‥

といった感じで、僕らのような専門職でも、最終確認を勘違いすると、不完全な状態でお納めする結果になりかねません。それを防ぐためにも、慎重な検品とテストは不可欠です。 お直しの直後はキレイだったのに、また同じ難が再発している!という品物をお持ちであれば、類似のケースかもしれません。 ところで、この「直ってないけど、見えなくなった」という現象を使って、ちょっと特殊な補正を行ったことがあります。

2019年06月01日

凛マガジン(着付けのルール)

●着付けのルールが変わっている?

●お太鼓の結び方

●仕立ても変化している!

●着方を知らないと、臆病になる?

●間違いじゃないのに

●師弟関係、奇妙なルール

==============================

●着付けのルールが変わっている?

「昔の方は特に習ったわけでもなく、こちらからみればグダグダでも、ちゃんと来て日常生活・作業をしていました。でも今は「きっちり」「ここを折って」「裾から何センチ離して」「ここはこうでなくてはいけない」・・・・帯との組みあわせに至っては「ねばならない」ばかり。 昔は和装が「ふだん着」でしたし、キレイに着る、着崩れしないといった要素よりも、苦しくなく、動きやすいという着方が好まれただろうと思います。 比べて今は、ふだん着で和装される方は非常に少なくなりました。

きものは礼装、お出かけやお呼ばれで着る特別なもの、と捉える方が多いでしょう。 フォーマルなものと限定すると、着付け教室で教える内容も変わってきます。

==============================

●お太鼓の結び方

パッと思いつくところでは、帯の種類が挙げられます。 帯には一般的に、袋帯と名古屋帯があります。名古屋帯は地名が名前になってはいるものの、もちろん名古屋以外でも、自由に着用できるものです。 両者の違いは、仕立て方、柄の入り方、長さ、お太鼓の作り方、です。フォーマルで使うのは、原則、袋帯です。

着付け教室では、両方とも教えてくれるみたいですが、今はフォーマルで着るきものが主流になっているため、名古屋帯はどうしても実践の機会が少なくなります。 そのため、あとで「どうだったっけ?」と思い出しにくかったり、「習ったけど着られるようにならない」と感じる方もあるようです。生徒さんの中には、名古屋帯を知らない方も少なくないそうです。 ※名古屋帯に関する動画がたくさん上がってますので、教室で教わらなくても習得できそうですが(笑)

==============================

●仕立ても変化している!

フォーマルが主流になったことから、着付けだけでなく、反物の仕立てにも影響が出ています。 具体的には、袖丈です。今のきものは、袖丈はほぼ一律で、一尺三寸が標準だと思います。 が、ふだん着として着られていた時代は、紬やお召など(ふだん着仕様)は動きやすいように一尺三寸(人によってはもっと短め)、訪問着など格の高いきものは一尺五寸と、使い分けられていました。

二寸の差=7~8センチですから、かなり違いますね。 それだけ袖丈が違ったら、お襦袢も同じものは使えません。訪問着や附下げ用と、ふだん着用、最低2枚は必要です。 しかし今は、きものを着る機会が少なくなくなっているうえ、肌着まで2種類必要となると、敬遠されてしまいます。 袖でも紬でも併用できるよう、袖丈が短く統一される傾向があるのだと思います。

==============================

●着方を知らないと、臆病になる?

日常的にきものを着なくなったため、着付けは教室に通って身につけるものだ、と考える人が多いでしょう。 もちろん、きちんと習うことには、価値があると思います。 ただ、和装することへの「気軽さ」というか、着る方の精神性が、今と昔では相当違うのではないかと思います。 昔の人は「私は体型が○○だから、ここはユルユルでいいの」みたいな、自分が心地よいと感じる着方を確立していて、それを恥じたりすることがありませんでした。

むしろ、他から何か言われても、居直れる強さがあったかと思います。 が、今は、自分の着付けで誰かから「おかしいわよ」など指摘を受けたら、ショックで、もうきものは着たくない、と思われる方もあるのではないでしょうか。

==============================

●間違いじゃないのに

実際にあったことなのですが‥‥ きものの裾から八掛が見えないように、裏から目立たないようにまつり縫いで留める仕立て方があります。 留めた糸は表から見えませんが、エクボのようにポツポツとした凹みが見えることがあります。

このやり方、邪道でも何でもありません。仕立てた職人さんもベテランで、腕の良い方でした。ところが、それを見た人から、「こんなところにポツポツと凹みが出るのはおかしい」と指摘を受けたらしいのです。 持ち主さまは大変ショックで、「自分は今まで、間違ったものを着ていたんだ」とまで思われたそうです。 その一件でご相談に来られ、「間違いでも邪道でもないですよ」と申し上げたのですが、「おかしいと言われてしまったし、糸ははずしてほしい」とのことでした。

実際には、間違っていたのは「指摘をした人」だったのです。が、自分が間違っていたんだと思うと、自信も、楽しさも奪われてしまうんですね‥‥悲しいことです。 凛からお願いするとすれば、せめて紬やお召などの「シャレもん」は、少々着付けが我流であっても、自分らしさを楽しんで、堂々と着ていただけたら‥‥と思います。

==============================

●師弟関係、

奇妙なルール 他に、着付け教室に通われている方に多いのが、師弟関係に関するご相談です。毎年、一定数あります。 笑うと失礼になりますが‥‥「先生よりも派手なきものは着られない」という暗黙のルールも、あったりするようです(驚)。 ご本人にしたら「ちょうどいい」つもりでも、先生のお目が厳しくて「派手すぎるわよ!」などと言われたら、教室にも通いづらくなりますね 習っているのは着付けであって、自由に楽しく着られるようになることが目的なのですが‥‥先生によっては、師弟関係が拘束になるケースがあるようです。

いちばんひどかったのは、先生の紹介先にお手入れ(洗い張り→再仕立て)を頼んだら、出す前よりも悪くなって帰ってきた、という事例。しかも、相当お高い代金を支払っておられました。 最終的に凛でお預かりして、補正をやり直したのですが‥‥経緯を聞いていると、出来上がりが悪くなったのは、洗い張りや仕立ての職人さんではなく、間に入った先生が、きちんと意向を確認していなかったからではないかと思いました。

もちろん、職人の技術は大切です。しかし僕らの経験上、トラブルは、依頼者さまの希望が把握できていない場合に多発するものなんです(-_-) 皆さまも、もし購入したお店に何か相談されるときは、「ここを、こうして欲しい、予算はいくらまで、無理なら○○で」みたいに、具体的に、解釈に違いで出ない伝え方を工夫してみてください。

2019年07月04日

朝の一言(平成30年1月~12月)

朝の一言 (授業カリキュラムに沿って、聞いて得した・そうなんだ~・ふ~ん  などの一言をお話ししています。一年分の話を、年末にまとめてみました。月曜クラスや夜間クラスの方は読んでみてください)

2019年07月06日

凛マガジン(整理屋さん)

●「整理屋さん」のお仕事

●5軒の整理屋さん

●「整理」のいろいろ

==============================

●「整理屋さん」のお仕事

職人さん(お店、会社)によって、やっている業務は少しずつ異なりますが、「湯のし」がいちばん代表的ではないでしょうか。僕らは「整理屋さん」と呼んでいますが、「湯のし屋さん」と言う人もいますし。 湯のしの他に、柔軟加工や防縮加工をやっている所もあります。

湯のしは、生地の風合いを本来の状態に戻し、生地巾や織目を均一に整える効果があります。湯のしの後、絶対に必要とうわけではないのですが、セットで柔軟加工される品物が多いです(品物の種類によっては、湯のしだけの方が適していることもあります)。

==============================

●5軒の整理屋さん

さて、ここから少々、マニアックな話になっていきます‥‥。 凛とお取引のある整理屋さん、現在5軒あります。同じような仕事なのに、なぜ5軒も必要なの?と思われるかもしれません(ちなみに、依頼する品物が多すぎて振り分けているわけではありません)。

2つ理由がありまして‥‥1つは、依頼者さまのご要望に合う加工ができる整理屋さんを選んでいる、もう1つは、整理屋さんの設備や技術に合った品物を依頼している、です。 ただ、ここまで細かいところを気にしている地直し屋は、ほとんどないと思います。湯のしを中心とした「整理」をお願いできる業者さんは、複数あります。もしかしたら、1・2軒の外注先でも事足りるかもしれません。 ですが、それぞれの特徴や良さがわかると、その良さを活かし、品物の仕上がりも、お客さまの満足度も上がるようなお取引ができれば‥‥と考えています。

==============================

●「整理」のいろいろ

さて、「湯のし」と書きましたが、具体的にはどんなことをするのでしょうか。 基本的には、蒸気(高温多湿)を使って、生地巾や織目、風合いを整えることだと理解してください。 機械設備を使うのが主流で、生地の両端を針で留めて一定の巾にし、蒸気の出る装置の上を、コンベアのように流れていきます。 また、柔軟加工ですが、大きく分けて2つの手法があります。 こちらも、一般的なのは「機械柔軟」です。上下に付いた2つのローラーの間に、生地を挟み、圧力をかけます。均一に圧力が加わることで、生地が伸び、シワも取れます。 ところが、機械柔軟が使えない品物があります。

絞りなどが、その代表です。せっかくの「しぼ」をローラーで挟んでしまうと、ペランペランになってしまいます。 また、通常の金加工は、機械柔軟でも大丈夫ですが、「盛り金」と呼ばれる厚みのある金彩には、バインダー(接着剤の役割をする樹脂)が使われています。 バインダーには少し粘性があるため、ローラーの圧力で剥がれたり、他の部分に引っ付いてしまうリスクが出てきます。なので、機械は使えません。

品物の種類や状態にもよりますが、湯のしだけで済ませるか、液体に浸す方法を使ったりします。

2019年08月01日

凛マガジン(外注先とのチームワーク)

●外注先とのチームワーク

●整理屋さん

●「ひと手間」の時間

●イヤなパターン・1

●イヤなパターン・2


==============================

●外注先とのチームワーク

引き続き整理屋さんの事例で説明したいと思いますが‥‥ お取引のある5軒の整理屋さん。

それぞれ、個性や得意分野がある、と前号で説明しました。そこの特性に合った品物を依頼するのですが‥‥ 特性がある、ということは‥‥別の言い方をすれば、出す前と納品された後の風合いが、各店によって違う、ということです。

つまり、同じ品物を依頼したとしても、外注先によって仕上がりに差が生じるのです。 この「依頼から納品まで」の、店ごとの「風合いの変化度」みたいなものを、納期と理想の仕上がりから逆算する必要があります。 そのために、発注前に、凛の工房でひと手間かけてから依頼に出すことがよくあります。

==============================

●整理屋さん

具体的に例を出しましょう。 外注に出すのは、仮絵羽になっていた訪問着です。

商品が売れたので、仮絵羽をほどいて整理をし、お客さまの寸法に仕立てることになりました。 仮絵羽は、呉服店の店頭や展示会場で「この反物を仕立てたら、どんな風に絵柄が出るのか」がわかるように、「仮に仕立てた」ものです。 本仕立てではありませんので、ガッツリ縫われていませんが、それでも一定期間、仮絵羽の状態で展示していると、どうしても仕立ての線がスジになってしまいます。

また、保管中、運搬中に生地が折れて、線が残ることもあります。難ではありませんが、仕立てる前には、生地の目を均一にして、凹凸やスジがないようにします。 各整理屋さんは、所有する設備や一度に処理できるロットなどが違います。 どこにお願いするかで、仕上がりの風合いも、所要時間も異なります。

==============================

●「ひと手間」の時間

特殊な例を除き、ほとんどの整理屋さんでは、1日に1~3回機械を回しています。 なので、タイミングがいいと、午前中に出したものを当日に受け取ることができます。遅くても翌日には受け取れる場合がほとんどでしょう。 だったら、お客さまにも翌日納品できるんじゃないの? と思われるかもしれませんが、そうではないことがあります! 僕らが、それぞれの整理屋さんの特徴やクセを考え、お願いする前に「ひと手間」をかけることがあるからです。

「この品物は、今はこのぐらいの柔らかさだけど、上がってきたらちょっと硬めになってるやろうなぁ(一例です)」と予想します。 もし、硬めの仕上がりを避けたいなら、発注前の「ひと手間」が必要です。 この「ひと手間」にもいろんなパターン、方法がありまして‥‥1時間ほどで終わるものもあれば、2日ぐらい寝かせた方がいい場合もあります

「ひと手間」にかかる時間を、お店側の納期にプラスして、お客さまにお納めする納期が決まります。 この発注前のひと手間で、同業他社からお問い合わせが来ることがあります。 「うちも凛さんと同じ○○さんに出したのに、こんな風に上がってこなかった。なんでー?」 品物によるクセや特徴もあるのかもしれませんが、この「ひと手間」が違いを生んでるんじゃないかな?というプチ自負があります。 仕上がりが違うのなら、ひと手間をやっていないか、方法や順番が違うからだと思います。

==============================

●イヤなパターン・1

僕らの工房には、業界内の方が複数出入りしています。

小さな場所でやっているので、お客さまが来られた時、作業の内容が見えることもよくあります。 手が止められないときは「すんませーん、コレが終わったら行くから」と、お待ちいただくこともあります。その間、作業する様子は見られています。

普通は、マネなどしないはずなのですが‥‥中には、「あのやり方なら、オレにもできるかも‥‥」と思われる方がいらっしゃいます(^_^;) ご自分でされるのは、自己責任ですから、僕らが口を挟むことではありません。 なのですが‥‥望まずして、騒ぎに巻き込まれてしまうことがあります。 「凛さん、この間作業してはったのを見て、自分でやってみたんよ。そしたら、前より難が目立ってしもた! 助けてー!」って‥‥ 本当に、こういうことを何度か経験しています。ちょっとした手順や力加減までは、傍で見ていてもわからないですからネ。

また、最近では、しみ抜きキットのような市販製品もあります。そういうのをご自身で試されて、失敗しちゃった!というご依頼も少なくありません。 チャレンジ精神は良いとして(笑)、失敗するのなら、最初から頼んでくれたらいいのに~‥‥と思います。 何より無駄だと思うのは、プロセス不明の作業を推測しながら、テストを繰り返し、補正をする時間です。

==============================

●イヤなパターン・2

もうひとつ、イヤなパターン。僕らがお店側と「ひと手間」にかかる時間から、納期を見積もって先方に提示すると、「急いでるから、もっと早く上がりませんか?」と急かされることがあります。

これを真に受けて、猛烈に急いであげたりすると、しっぺ返しを喰らいます。 一度特急で仕上げてしまうと、次からは間違いなく100%、短納期が「当たり前」になってしまうのです。 納期は、必要な手間や時間がベースになっています。不測の事態も考えて、多少猶予は取っていますが、別にゆっくり仕事をしたいからではありません だから、意地悪するわけではないのですが‥‥すぐにお尻を叩いてくる依頼者さまには、予定より早く加工が終わっても、納品しません(笑)。

納期通りに持って行って、「ちゃんと納期通りに仕上げましたよ!」と涼しい顔をして帰ってきます(笑)。 お互いに良い関係で、良い仕事をするための対策だと思っています。

2019年09月29日

凛通信(シミ取り)

●直接のお声がベストです

●自己処理ナンバー・ワンは‥‥

●3つの落とし穴

●シミは消えたのに‥‥

●プロの手法

==============================

●直接のお声がベストです 悉皆屋さんたちから、特に多い「急患」の要請は‥‥「凛さん、助けて~。お客さんが、自分でいじってしまわはってん(=自己処理してしまわれた)!」です。 このとき重要なのは、間に入ってくれる悉皆屋さんたちのコミュニケーション力と傾聴力です。自分の憶測は排除し、ひたすらお客さまの言うことを丁寧に聞けるのが理想です(中には、直接話を聞いていても、エエ加減なことをおっしゃる方もありますが(笑)‥‥最終的にはお人柄ですネ)。

地直し屋に必要なのは、包み隠さない自己処理の詳細です。どれだけメチャクチャだとしても、どんな風に、何をしたか、その過程を知ることが、的確な補正を行う手助けになります。

==============================

●自己処理ナンバー・ワンは‥‥

市販のシミ抜き剤、自己処理案件でいちばん多いトラブルは、摩擦によるダメージです。 シミ抜き剤や、少し年配の方だとベンジン(ドライクリーニングでも使われている揮発溶剤です)で、シミや汚れを落とそうとされる方がいらっしゃいます。 ベンジンとシミ取り剤は、成分や使い方が少し違います。 昔ながらのベンジンの使い方は、衣類の下に白布を敷いて、ベンジンを染み込ませた白布で、かるーーく撫でます(ゴシゴシはダメですが、そーろっと表面を撫でるような使い方が多いです)。 これにより、汚れ成分は下に敷いた布に移ります。わずかに残った汚れも、ベンジンによって広がり、薄められます。たとえると、超~薄い、ボカシのような感じです。 完全に汚れが取り除かれたわけではないのですが、非常に薄くなっているので、ほとんど見えなくなるのです。

トラブルになる自己処理の失敗は、落とす作業をしているうちに、つい夢中になって起こることが多いです。 シミ抜き剤やベンジンでトントンと叩いた瞬間、劇的に変化があるように見えることがあるんです。 すると、作業している人は‥‥「すごーい!メッチャ落ちていく!!よーし、もうちょっとガンバったら全部消えるわ!」と、つい力が入ってしまうのです。

==============================

●3つの落とし穴

なぜ、ダメだとわかっているのに摩擦が起きてしまうのでしょうか。これには、3つの落とし穴があります。 1つは、処理を始めた直後に、薬剤による変化が大きいこと。液を付けた瞬間、「スゴく効いてる」感じがするわけです。 2つめは、人間の心理的なことです。効果が目に見えると、嬉しくなって、張り切って&欲も出て(笑)、「もっと!もっと!」とエスカレートしがちです。それでつい、力が入ってしまいます。 ここで3つ目の落とし穴。 液剤は水ではなく化学成分ですが、繊維は濡れています。湿った繊維に強い力が加わると、どうなるかわかりますか? はい、摩擦に弱くなり、繊維が擦れたり切れたりしやすくなります。 さらに悪いことに、濡れていると、擦れが起こっていても見えません。だから「やり過ぎた!」と止めることもできず、作業を続けてしまうのです。

すべてが明らかになるのは、作業を終え、液剤が乾いた後です(泣)。 熱心にこすった部分が白くなっていたり、表面が毛羽立っていたり‥‥または、角度を変えるとこすった部分が真っ白に見えたりします。 こうなると、もう補正はできません。 できることがあるとするなら、毛羽立った繊維を寝かせるような処理をして、白っぽさを隠すために少し色を足したりするのが限界になります(でもこれは、根本的に直ったわけではありません。あくまでも急場しのぎです)。

==============================

●シミは消えたのに‥‥

メルマガでも頻繁に、自己処理は危険だとお伝えしていますが、こういう事態を何度も見てきているからです。 前回、キセちゃんがワイシャツにシミ抜き剤を使ったと書きましたが、よく説明書きを読むと、ちゃんと「こすらないでください。強い力をかけないでください」と書いてあるんですよ。 ただ、作業をしていてシミが落ちてくると、注意書きはいつの間にか、頭から消えてしまうものなのです‥‥。 もう1つ多いのが、「後追い輪ジミ」です。 シミの患部に液剤を使うと、液の中に汚れが溶け出します。ごくわずかですが、汚れの混ざった液剤が、患部の外側に少しずつ広がっていきます。 溶液に混ざった不純物(汚れなど)は、外側に集まる性質があります。つまり、液で濡れている「輪郭」ほど、汚れ成分が多いのです。こちらも、生地が濡れているとわかりません。こちらも乾いて初めて、「アレ?!シミはなくなったのに、周りに輪っかができてる!」となるわけです。

==============================

●プロの手法

では、どうやっているかと言うと‥‥ 輪ジミに限らず、リスクの少ない方法から試すのが鉄則です。まず、潤滑油のような役割があり、繊維を傷めない揮発溶剤から。落ちなかったら、薬剤の強さを変えたり、調合したり、それでも反応が弱かったら、最後に水──という感じです。 で、輪ジミに関して言うと、外側に汚れや不純物が溜まることはわかっていることです。なので、シミや汚れを落とすと同時に、輪ジミにならないような処理もしていきます。だから乾いた時、シミも輪ジミもありません。

具体的には、たとえ1センチほどのシミであっても、シミ落としに入る前、患部の周囲10センチほどに、輪ジミ防止の下処理をします。そして、シミ落としが終わったら、下処理した範囲をさらに広げ、患部を中心に直径15センチほどの範囲で仕上げ処理をします。 作業しているところをご覧になったら、「アレならできるかも!」と思われるかもしれませんが、実際にはマネできないだろうと思います(笑)。

2019年10月01日

凛通信(着物が出来上がるまで)

●きものができあがるまで

●染めたら難が出た!

●生地か?染めか?

●ダンダン

●いろいろな

==============================

●きものができあがるまで

皆さまがお店や展示会場でご覧になるきもの──反物や仮絵羽が多いと思いますが──大

半は、白生地から生産が始まります。 生産にはいくつもの専門工程があり、大きな声では言えませんが、そのすべての工程で、難の原因が生まれる可能性があります。 だから、どの工程で、どんなミスやトラブルがあって、どんな難になったか? これを見極めることが、補正の大原則となります。 ところが中には、「これ、どこで出た難?」と、見極めが難しいケースがあります。

==============================

●染めたら難が出た!

連載の初回なので、わかりやすい事例で説明します。 生産工程の第一歩。問屋さんが、白生地屋さんから反物を仕入れました。 これを、染色(地染め、友禅)や金加工など、専門の職人さんたちに依頼して、デザイン通りに仕上げていくわけですが‥‥ 白生地の反物を地染めに出したら、染め上がりが均一じゃないぞ! ということがあります。 比較的多いのが、地色が無地なのに、ポツンと点状に色の濃い部分がある、などです。 僕らが見ればだいたいわかるのですが、この難が誰(どの業者)の責任か、トラブルになることがあるのです。

==============================

●生地か?染めか?

このケースでは、まだ白生地の地染めしか行っていませんから、原因は生地を織る工程か、地色の染色、どちらかにあります。 ちなみに、前述の「点状にポツンと濃く染まっている」ケースは、白生地の織り工程に問題があったと考えられることが多いです。 白生地を織る際、糸や織り目に「節(ふし)」のようなものができた → 白生地の状態では目立たず、そのまま出荷された → 地染めをしたところ、節になった部分に染料が溜まり、点状に濃く染まってしまったという具合です。 難が見つかったのは地染めの後ですから、染め屋さんにクレームがいくことが多いです。「ここだけ濃く染まってるやないか!」みたいな感じですね。

しかし、染め屋さんは職業上、こうしたトラブルを把握しています。 「いやいや、これは染めじゃなくて、白生地に問題があるんや。節になってるのに、検品で見落とされてる。ウチは言われた通り、染めただけや!」となるわけです。 難の原因を作った業者(職人)さんが、直す費用を負担しなくてはならないので、ややこしくなるんですね(-_-)

==============================

●ダンダン

このように、染める前の白生地は、凹凸や織り目のムラがあっても目立ちにくく、染めたあとで難が見つかることが多いです。 類似の例として、「段」と呼ばれる難があります。白生地は、昔は手織りでしたが、今は機械織りになり自動化されています。

機械織りとは言っても、工場には「織子(おりこ)さん」と呼ばれる職人さんが居て、機械がちゃんと動いているか管理しています。 手織りの場合、1台の織機を1人で操作しますが、今の織子さんは1人で複数の機械を見ています。 織機には縦糸がセットされていて、上下に動く縦糸の間を横糸が左右に動きながら生地を織り上げていきます。この仕組みは、手織りも自動織機も同じです。 織っている途中で横糸がなくなったり、切れたりすることがあります。 自動織機は、横糸がなくなると自動検知して停止します。このとき、すぐに横糸を補充すれば問題ないのですが、織物工場には大量の織機があって、ものすごい大音量で動いています。

しかも織子さんは複数の機械を見ているので、1台が停まっても気づかないことがあります。 機械が停止している間、縦糸の上下作動も停まっています。その時、縦糸にかかるテンションが変わってしまい、停止した位置でギューっと圧力がかかることがあります。 この「圧」の違いを見過ごして織り続けてしまうと、機械が停止した位置だけ織目の調子が変わり、段々になります。 そして、段々もまた、染めてみるまでわからないことが多いのです(-_-)

==============================

●いろいろな

ダンダン 糸目のムラや段々の原因が、すべて生地の織り工程であれば、わかりやすくていいのですが‥‥ 実は生地難以外にも、段になる症状はあるのです。

1.織り上がった白生地を丸巻きにする前、一時的に折り畳むことが多いのですが、このときに「ゆるい畳みジワ」ができてしまい、染めた時にムラが出たり、

2.(1.に近いですが)「湯のし」の上がった品物を、一時的に平畳みした際、畳みジワや折れジワができたことに気づかず、染めた時に表面化したり、

3.染色後の「蒸し」で、生地を吊るす「竿」の汚れなどによって染めムラのような症状が出たり‥‥

と、実際はいろんな原因があるのです。 各工程の職人さんたちは、症状の半分ぐらいは見極められると思いますが、それでも症状が微妙すぎて、どこに原因があるのか難しいケースもあります。 染めムラの補正ができない場合、いったん染料を全部抜いてから、もう一度染め直さなくてはなりません。原因となった工程の業者さん(職人さん)が、その費用を負担することになるので、工程間でモメやすくなります。

僕らは生産に関わってないのに、原因の調査だけを頼まれることもあります。「目利き」を評価してくれるのはありがたいのですが、正直、イヤな仕事です。 今回は白生地、つまり新しく作られるきものについて書いてみましたが、これが古着になるともっと複雑になります。

2019年11月02日

凛マガジン(シミの正体)

●白いゴルフボール

●正体を見つける

●拡大するまで

●特殊メイクの上塗り

●縮小の処理

●色に騙されないで!

==============================

●白いゴルフボール

あるとき、凛に一着の 附下が持ち込まれてきました。仕立て上がりですが、未着用。地色はベージュでした。肩の部分に、ゴルフボールほどの大きさが、円形に白くなっています。 白くなったところを見ると、スグに「スレ(摩擦などによる繊維の毛羽立ち)」であることがわかりました。しかも、これをどうにか隠そうとして四苦八苦した痕跡も見られます。

==============================

●正体を見つける

この状態では、難の正体は明らかになっていません。状況から見て、現在のスレは、最初からあったのではないはずです。 何か不都合なもの──シミや汚れ──ができて、それを取ろうとして悪化したことは、ほぼ間違いありません。なのでまず、もともとの原因が何だったのか?を探り出します。 毛羽が邪魔をして、難の正体を見えにくくしていますので、揮発溶剤(溶解度の低いもの)で洗浄をしました。洗浄目的でもありますが、揮発で濡れたことによって、スレの奥に隠れた「難の正体」が見えるようにするのが目的です。 注意深く処置した結果、スレの中心部に、ゴマ粒ほどの黒い汚れがあることがわかりました。これが、難の正体です。

==============================

●難が拡大するまで

ゴマ粒大‥‥わずか2ミリほどの難が、なぜここまで大きくなってしまったのでしょうか。 ここからは推測ですが、持ち主さまの初期対応と、その後の補正‥‥。両方が不適切だったのではないかと思います。 まずは持ち主さま。黒い汚れが見つかって、なんとかしなきゃ!という反応になったのだと思います。 一般の方によくあるのですが、爪の先でカリカリしてみたり、綿棒のようなもので叩いたり‥‥やってはいけない処理をしたのではないかと思われます。 さらにこのとき、水も使ってしまったのではないかと思われます。濡らした綿棒で、叩いたりこすったりした‥‥などが考えられます。なぜそう判断できるかというと、摩擦の度合いが激しかったからです。 正絹は、濡れた状態だと、極端に摩擦に弱くなります。補正の世界でも、シミや汚れはまず、揮発剤で対処します。揮発溶剤は油性なので、潤滑剤の働きをしてくれます。 弱い揮発剤で反応がなければ、溶解度を上げてみる。薬剤や洗剤などを試してどうしてもダメなら、最終手段として水洗い、が原則です。

==============================

●特殊メイクの上塗り

ここまでは、焦ってやってしまう「持ち主さまの自己処理NG」で多いものです。ですが、それだけではないことがわかりました。 持ち主さまが自分の手に負えないと判断して、お直しに出されたのでしょう。 お直しの業者さん‥‥自己処理で悪化した難を消そうと手を尽くしたのでしょう。が‥‥直りきらず、カムフラージュに逃げようとした痕跡があります。 まず、毛羽立ちで色が変わった部分に「胡粉(ごふん)」という貝殻原料の顔料が塗られていました(胡粉が呉服の加工に使われることはありますが、この使い方は正しくありませんでした)。 そして、胡粉を定着させるためか、毛羽立ちを抑えようとしたのか‥‥コテも当ててありました。 胡粉やコテは、明らかにプロが使う方法です。業者さんの補正も正しくなかった、と判断しました。 部分的に胡粉が乗り、コテで熱も加わり‥‥ベージュという中間色ではありますが、角度を変えると、患部だけクッキリと色目が変わり、「何かがある」のは隠せません。

==============================

●縮小の処理

どこまで目立たなくなるかわかりませんが、凛で行った処理は以下のような流れです。 1.揮発による洗浄  正体を探るために揮発溶剤を使ったところ、反応が良かったので、溶解度の高いものも併用し  ました。溶解度が高くなるほど、乾いた時に輪ジミができやすくなります。  溶剤が乾く前に、濡らした輪郭部分をゆるめの溶剤でぼかしながら、2種類同時進行で処理し  ます。 2.表面のブラッシング  患部に上塗りされた胡粉を落とすのが主目的です。薬剤も併用します。 3.蒸気を当てる  いろいろやりすぎて繊維がペタンコになっていましたので、繊維の風合いを取り戻すために行  いました。  毛羽立った繊維は直せませんが、繊維がふんわりして、表面のテカリも軽減できます。 4.油脂系の薬剤で表面をコートし、毛羽立ちを寝かせる粘性の液体から噴霧して使うタイプまで  いろいろありますが、  いずれも油性の薬剤で、気化しません。  毛羽立ち自体は直せませんが、繊維を寝かせて目立たなくさせます。 黒い汚れは、こすらずに揮発で対応していれば、落ちる程度のものでした。幸いだったのは、乱暴な処置にもかかわらず、生地がダメージを受けていなかった点です。 もし生地のダメージが大きければ、穴が開いていたかもしれません。

==============================

●色に騙されないで!

すべての例に言えることではありませんが、どうやら人間の目は、色の印象に惑わされることが多いようです。 たとえば黒い汚れは、なんとなく重症だという印象があります。でも実は、そうでもないことも多いのです。泥汚れや機械油なども同様です。 逆に軽視すると怖いのが、黄色、茶系、赤っぽいシミや汚れです。薄い黄色のシミなどは、すぐに落ちそうな気がしますが、繊維が変質して色が変わっていることも多いです。 茶色や赤系も、カビや腐食の可能性があり、穴が開く寸前だった!ということもあります。 地色が濃いきものは、薄い色の難が目立たず、知らない間に症状が進んでいることもあります。 このような色による印象が、誤った自己処理を誘発することも多いようです。黄色い小さなシミだから、自分でシミ抜き剤で取れるかも?!と思えてしまうのでしょう‥‥が、いつも書いていますが、くれぐれもやめてくださいね!(笑)。

2019年12月03日

凛マガジン(なぜ?シミ取り)

●血だらけのきもの

●なぜ、こんな付き方に?!

●半日がかりで作業

●憶測ですが‥‥

●直後なら大丈夫

==============================

●血だらけのきもの

つい最近のことですが、1着のきものが送られてきました。送り主は、あるきものメーカーさん。 依頼者さまは一般の方で、購入されたお店→問屋さん、という、ルート逆行のパターンです。 箱を開けてビックリ! 薄いベージュ色のきものの、あちこちに血が付いているのです!

==============================

●なぜ、こんな付き方に?!

血というだけで、ビジュアル的にはかなりのインパクトです。ただ、血液汚れという症状、実はさほど珍しくありません。 女性特有のものもありますし、皮膚炎などで、腕から出血しているのに気づかず、お襦袢の内側にスレたように血がついてしまった‥‥などのご相談は多いです。 この案件で不思議だったのは、血の「付き方」でした。スポイトで落としたように、ボトッと付いているところもあれば、シュッとかすめたように付いているところもあります。そして、付き方や大きさこそ違えど、きもののほぼ全体に付いているのです。 これはいったい、どういうことや?!何をしたら、こんな風に付くんやろう?! 血液を落とす処置が第一ですが、同時に「なんでこんな付き方を?」が、頭の中でグルグルしました。

==============================

●半日がかりで作業

この品物、良かった点は、血液が付いてスグに送って下さったことでした。 しかし、全体に血液が付いていましたので、時間はかかりました。シミひとつにかかる時間は大したことないですが、数が多いこと、付き方もひとつずつ違うので、薬剤や道具を使い分けて対処しました。地味~な作業ですが、半日かかりました。 で、お納めする時、持ち主さまに、なぜこんな付き方をしたのか、訊いていただきました。 シミの数と全体に点在していた点が、どうしてもナゾだったのです。

==============================

●憶測ですが‥‥

後日、経緯がわかりました。血液は、着用されたご本人のものではなかったのです。 着付けをしてもらったそうで、その着付けの先生が指をケガされて、出血していることに気づかなかったそうです! 思いがけない理由でしたが、なるほど、これならいろんなところに付いていたのは納得できます。 ただ、やはりナゾが残ります。 知らないうちにケガをされたとしても、あれだけたくさん付くまで気がつかないものだろうか?‥‥これがわかりませんでした。 で、ここからは推測なのですが‥‥ 着付けをしてもらう時、先生は、ご自身よりも、きものを着る人に、着姿全体かわかるように姿見を使われることが大半です。 僕らも、自分たちの作業場に置き換えてみました。 作業に使うコテ、筆やブラシ、ピースガン‥‥いろんな道具類がありますが、すべて場所が決まっていて、使う度にいちいち目視したりはしないのですね‥‥。道具の場所は体が覚えていて、見なくてもスッと手を伸ばして取っています。 なるほど、着付ける側って、意外と手元を見ていないかも‥‥と気づきました。 着せる人を姿見の前に立たせ、着付け師は後ろから手を回して、着姿を見ながら着付ける‥‥このやり方だと、鏡からは距離がありますし、血液ジミは見えなかったかも知れません。 着せてもらう方も、着姿に気を取られると、先生がケガをされていることには気づきにくいでしょう。おそらくこうした経緯で、気づくことなく血が付いてしまったのではないか‥‥と考えました。

==============================

●直後なら大丈夫

先ほども書きましたが、この品物は、付着した直後に相談してくださった点がとても良かったです。 検品すると、一箇所だけ、とっさにおしぼりか何かで押さえたような跡はありましたが、それ以外はノータッチでした。 なので手間と時間はかかりましたが、結果的にはキレイに落ちてくれました。 これが、時間が経ってから気づいた場合は、事情が変わってきます。 血液はタンパク質を含んでいるので、時間が経つと必ず凝固します。さらに時間が経つと、変質や繊維の損傷を引き起こします。 運良く赤い色味が落ちたとしても、この蛋白成分が落ちていないと、凝固→変質は避けられません。 以前、業者さんの自己処理で、過酸化水素水で血液を消そうとした人がいらっしゃいました(!!)結果的にお手上げで凛に相談が入ったのですが‥‥過酸化水素水は消毒薬のような成分で、血液の赤みは落ちてくれます。 ところが成分を根本的に除去できたわけではないので、血液の付いた部分だけが固くなり、使い物にならなくなります。 できるだけ直後に対応することと、正しい処置を施すこと。これが2大鉄則だと思っています。

2020年01月05日

凛マガジン(好みを把握する)

●お好みを把握する

●誰の判断?

●匂いの正体

●小売店が知らなくても‥‥

●特殊な「ひと手間」

●保護と演出

●仕上げ屋の今後

=============

●お好みを把握する

仕上げ屋の仕事の特徴として、指摘されていないことでも、依頼者さまのお好みや作風に合わせた調整をする、という役割があります。 これを把握するまでには時間と執念(!)が必要ですが、わかってくると勘も利くようになってきます。 それでもたま~に、ちょっと考えられないような案件が舞い込んできます。

============

●誰の判断?

依頼者さまは、ある呉服メーカーさんでした。仕上がった反物が売れた後、難が見つかったので直して欲しいとのこと。販売した小売店さんから、問屋さん→メーカーさん経由で凛にやってきました。 受け取った時、メーカーさんがひとこと。「この品物、エラいニオイが強いねん‥‥」 本来の依頼である難とは関係のないコメントでしたが、たしかに強い香りというか匂い(強いて言うなら柑橘系?)があります。 それより気になったのは、生地巾が狭くなっていたことです。完成品のクオリティとしては、考えられないレベルです。 もともとの難のご依頼以外に、対応すべき問題が持ち上がってきました。 詳しく見ていきますと‥‥生地巾が狭くなっているのは、縮んでいるということです。正絹繊維が縮む条件で、まず考えられるのは、水分(または湿気)です。 さらに調べてみると、この品物(反物)は完成後、ガード加工がされていると判りました。ガード加工には揮発性と水溶性があるのですが、このケースでは水溶性のガードがされていたのです。ハッキリ言うと、粗悪なガードだろうと感じました。 つまり、生地巾の縮みも匂いも、この水溶性のガード加工に原因があったのではないかと考えられるのです。

============

●匂いの正体

匂いの原因は、ガード液と関連があるように思えました。が、結局、ハッキリした原因は最後までわかりませんでした。 ガード加工の指示はメーカーさんから出されたものではありません。 このメーカーさんの商品は、これまでにも数多く検品させてもらってきました。しかし、このような匂いが付いたものはお預かりしたことがありません。このことからも、メーカーさんの指示ではないことがわかります。 商品を販売したのは、地方の小売店さんでした。品物が売れたとき、お客さまにガード加工を薦められたようです。販売した小売店さん、またはお店と取引のある問屋さんなどが、ガード屋さんに発注したのだと思われます。 匂い(香り?)について加筆するなら、一時期、抗菌効果があるとされるカテキン成分を配合した「抗菌加工」という処理がありました(現在もあると思いますが、あまり聞かれなくなりました)。この加工には、ヒノキのような香りがありました。(イメージ的に、香りを付けてあったのかもしれません)しかし、今回の品物に比べるととても微弱で、着用中も気にならない程度だったので、関連はないでしょう‥‥。 依頼主であるメーカーさんに「ガード加工の指示はされましたか?」と念を押すと、していないとのこと。加えて、品物を買われたお客さまからは、匂いに関するクレームや、除去して欲しいという注文もきていません。 ということは‥‥状況として気にはなりますが、メーカーさんや僕らの一存で匂いを取ることはできないのです。

===========

●小売店が知らなくても‥‥

ときどき愚痴っぽく書いていますが、昨今の懸念として、売り手側の知識不足、対応不良が挙げられると思います。お客さまが商品を買う小売店さんは、本来ならいちばん説明や提案ができなければいけないのですが、呉服を熟知している店員さんは激減しています。 ところが、それでもビジネスは成り立つのです。 小売店に知識がない、商品は売れたけど仕立ての説明もできないし、採寸もできない‥‥すると、仕立て屋さんが出張して採寸をします。その方が、お店も助かるし、仕立て屋さんも仕事になるので結果的には「ウィン・ウィン」です。さらにお客さまは、わざわざ仕立て屋さんが採寸に来てくれた、という特別感があったりもするので複雑ですね

==========

●特殊な「ひと手間」

呉服の専門職として明言できるのは、知識と、「ひと手間」かけた対応ではないかと自負しています。 地直しではなく、仕上げ屋の領域になりますが‥‥ たとえば、刺繍の入った品物を預かったとしましょう。刺繍をした部分は、もともとの生地の厚みに、刺繍の厚みが乗っています。つまり、刺繍の分だけ厚みが増し、凹凸が出ているのです。その品物(反物)を、そのまま丸巻きにしたらどうなるでしょうか。巻いた時に刺繍に当たる部分にも、圧力で凹凸が移ってしまうのです。 なので凛でお預かりした品物は、加工によって凹凸があれば、そこには和紙を挟むなどして、凹凸の移りを和らげるようにしています。 もっとデリケートな例では、生地の「巻き始め」です。生地の端も、巻くと凹凸ができます。丸巻きにして、上から巻かれた部分に影響がないようにひと手間かけます(ここまでやるのは、かなりの高級品ですが(笑))。

==========

●保護と演出

同様に、部分加工を保護し、他への影響を避けるために、紙を挟むことがあります。 ○金加工○友禅の糸目(絵柄の輪郭)を樹脂で行った際、粘着性が出ることがあります。ネバネバが他の部位に影響しないように、片面だけに透明な粉をまぶしたセロファン紙を挟むことがあります。※樹脂糸目などから出る粘着性を「タック」と呼ぶため、僕らは「タック取りのセロファン」などと呼んでいます。○家紋 家紋を入れた部分を覆って保護する「紋紙(もんがみ)」と呼ばれるものがあります。7~8センチ四方の八角形の紙です。 紋が入る品物には格と特別感がありますので、紋に特別な紙を当てることで、高級感を増す演出効果もあるかと思います。 余談になりますが、笑い話(苦笑話)をひとつ。 一般的に、紙を挟む「ひと手間」は、高級で目の行き届いた品物に多いイメージがあります。もちろん、高級品でちゃんとしたものは多いのですが、そうでないものもあります。 とってもお手頃価格の品物に、何十枚という紙が挟まっていたりするんです(^_^;)高級感を上げる演出効果を狙っているのでしょう(笑)。しかし、それを検品・補正するこちらは大変です。 もともと紙が入っていた場所を覚えておかなければなりませんし、もし、挟んだ紙がヨレたりシワになったりしていたら、キレイなものと交換します。シワになっていたからといって、勝手に抜いたり、受け取った時と違う状態で納品することはできないのです

==========

●仕上げ屋の今後

何百・何千という反物の補正と検品を行ってきた結果、「このきっちりした感じは、凛で最終検品をしたんやな」と言っていただけるようになりました。 手間はかかりますが、職人冥利に尽きる、有り難い評価です。 「見といて~」と持っていくだけで、依頼者の好みに合わせて修正してくれる‥‥仕上げ屋って便利やなぁ~と思われたかもしれませんが、お察しの通り、今ではあまり聞かれることはありません。 最大の理由は、呉服の販売・流通数が減っていることでしょう。そして、流通しなくなった分、これまで丸投げしていた業者さん(職人さん)の手が空き、自分たちで検品をするようになったことが挙げられるでしょう。 もっとわかりやすい理由は、言わずと知れた(笑)コスト削減です。「難でクレームになったわけやないのに、検品にお金をかける必要はない」という風潮が主流になってきています。 そんな時代背景でも、仕上げ屋として検品をご依頼くださる先様はあります。「コストがかかっても、きっちりしとかなアカン」というポリシーが伝わってきます。 仕上げ屋では、「エエようにしといて」というご依頼をいただくことがあります(昔はかなり多かったです)。 この「エエように」は、適当にという意味ではなく(笑)、先方様のお好みや予算が把握できているから対応できる依頼です。まったく具体的な指示ではありませんので、最初は困りましたが、呉服が売れにくくなった昨今では、有り難いご依頼なのかもしれません。

2020年02月04日

凛マガジン(紋の説明)

●紋が違う?!

●紋の説明1

●紋の説明2

●ほとんどお笑い

●紋の入れ直し

●悲しき事実

=============

●紋が違う?!

紋の間違いは、お名前の間違いと同様に単なるミスではなく、お家の名誉を傷つけることにもなりかねません。 だから、紋入りの品物は、特に気をつけるようにしているのですが‥‥事前にヒアリングも行い、現物でも確認しているので、どこが違っていたのか、見当がつきませんでした。 おまけに、特急扱いで仕立ても済んでしまった、ご丁寧にガード加工までかけた、とおっしゃるのです! ということは‥‥やり直すには、仕立てをほどき、ガードを落とす下処理もしなくてはなりません。 ちなみにこの時点で12月27日です。紋屋さんと仕立屋さんに連絡をし、対応していただくようお願いしました。

=======

●紋の説明1

紋が違う──何が、どう間違っていたのかは、これから明らかになっていくのですが‥‥ 調べていくうちに、紋の形(デザイン)は合っていたことがわかりました。形は合っていたけど、表現方法が違っていたのです。 同じデザインであっても、紋には3種類あります。日向紋(ひなたもん)、陰紋(かげもん)、中陰紋(ちゅうかげもん)の3つです。 「紋」というと、日向紋をイメージされる方が多いのではないかと思います。3つの中でもっとも格が高く、喪服や黒留袖に用いられます。コントラストがはっきりしていて、紋のモチーフが浮き上がる白抜きで入れられています

陰紋は、紋の形(輪郭)を線で表現したもので、略式とされます。日向紋に比べると、控え目というか、白く浮き出た面積が少なくなります。中陰紋は、日向紋と日陰紋の中間にあたる略式紋です。白塗りの面積も、両者の中間ぐらいになります。 紋入なら格が高い方がいいじゃないか、と思われる方もあるかもしれませんが、格の高いきものは着用するシーンも限定されます。「少しだけキチンとした感じにしたい」という場合は、格が高すぎてミスマッチになってしまいます。略式は格が低いからダメなのではなく、着用シーンによって使い分けることが大切なのです。 たとえば、「国民の紋」として知られる「五三桐(ごさんのきり)」にも、日向、陰、中陰の3種類あるのです。基本となる図案は同じですが、白く塗られた面積や表現のされ方が違います。 お時間のある方は‥‥五三桐でも、ご自身の紋でもいいので、画像検索してみてください。同じ紋にも違った種類があることがお解りいただけると思います。

========

●紋の説明2

紋の種類に加えて、紋入れの技法にも種類があります。大きく分けると、石持ち(こくもち)、誂紋(あつらえもん)、刷り紋(すりもん)、縫い紋などがあります。 喪服や礼服、格のあるきものに使われるスタンダードな技法に「石持ち(こくもち)」と呼ばれるものがあります。紋が入ると判っている品物に使われます。 紋の入る位置を、白生地段階で円形に伏せておきます。黒の地染めのあと、紋の入る白い円の部分に紋を入れます。濃い色は、キレイに抜染するのが難しいのですが、石持ちだと最初から紋の場所が白く抜かれているので、繊維へのダメージも少なくてすみます。また反物が完成してから紋が入れられるので、便利でコスパも良いと言えます。

誂紋は、白生地段階で紋の図案が判っている品物に使います。あらかじめ、紋の図案を伏せてから地染めを行う方法です。地染めが終わって伏せを取ると、紋が白く浮き上がります。伏せによる図案表現なので、繊維へのダメージがほとんどないのが特徴です。 その他に、胡粉と呼ばれる貝殻原料で紋を描く「刷り紋(すりもん)」、刺繍で表現した縫い紋、花紋(本来の紋に装飾性の高い刺繍で入れる紋)などがあります。 紋部分がステッカーのように付け替えられる「貼付紋(はりつけもん)」は、レンタル品や、急を要する場合に便利です。別の紋の上にも貼り付ければ紋を変更できます。

========

●ほとんどお笑い

さて、Aさんが品物を持ってきてくれたのは良いのですが‥‥ 見せてもらうと、反物のままではないですか!!電話では「仕立ても終わってる」と言われたのに‥‥ 短期間にいろんな情報が錯綜し、Aさんもわけがわからなくなっているようです。 仕立てをほどく手間は必要なくなりましたが、仕立てをほどく仕事もなくなりました(-_-)なので大急ぎで仕立屋さんに連絡し、お詫びしてキャンセルさせてもらいました。 本来の補正の他に、勘違いまで入ってきて‥‥ドタバタ続きで、まるで年末のお笑い番組です

=======

●紋の入れ直し

今回の品物は、もともと「中陰紋」で入っていました。だから、同じ中陰で入れ直すはずだったのですが‥‥ 「これと同じようにしてください」と言われ、一枚の写真をお預かりしました。そこには、同じ紋ですが「日向紋」が写っていました。 現物とは違っていたので「日向でいいんですね?」と念を押すと、「その写真のまま、同じようにしてください」とのこと。再三確認してのことだったので、日向で入れたのです。ところが実は、もともとの「中陰紋」が正解だった、というわけです。 なんとまぁ、ややこしいというか‥‥時間とコストを無駄にしてしまいました。

=======

●悲しき事実

今回の案件でもったいないと感じたのは、もともと正しい紋で染め直しができていれば、仕上がりも美しく、繊維へのダメージも少なくて済んだのです。本来なら不要だった二度目のやり直しは、きものがかわいそうでした。 さらに、嘆かわしいと感じたのが‥‥愚痴になってしまいますが、Aさんの対応です。メーカーの幹部まで上り詰めた人なのに‥‥日向紋・中陰紋の確認をしたとき、違いに気付いておられなかったのでは?と思わざるを得ませんでした。 まぁ偉い立場になると、細かいことは部下たちがやってくれるのかもしれませんが‥‥それでも紋の図案だけ確認し、表現方法はスルーというのは、悲しいできごとでした。 一般の方で、紋に関心の高い方は大勢いらっしゃいます。抜紋と刺繍紋の違いは一目瞭然ですが、表現方法による違いや使い分けの意味については、意外と知られていないかもしれません。 陰紋や中陰紋も、よく見ると結構目にすることがあります。ただ、一般的には紋の形(何の紋か、どこの家系か)に目が行ってしまい、表現方法までチェックしていない方が大半ではないかと思います。

かなり無理やりになりますが、今回の事件の良かった点は‥‥紋入れの指示に、写真を使ったのは良い方法だと思います。ただし! 表現方法も同じにしなかったことが残念でした。 ***変色などの色の補正には、染め替えが有効です。今回の事例は特別ですが、思い入れのある品物に、ぜひご検討下さい。若い頃の派手な色合いを、落ち着いた色調に変えることもできます。シミなどの部分的な難を消しながら染め替えることも可能です。

2020年03月03日

凛マガジン(注意してたのに)

●注意していたのに‥‥!

●乳脂肪とタンパク質

●絵柄が消えた!

●元通りに再現する

===================

「人から貸してもらったきものを汚してしまった。とてもこのままでは返せないので、取ってくれませんか?」というパターンありますね

。 ===================

●注意していたのに‥‥!

まず1件目ですが‥‥これは意外に多いトラブルです。 パーティーや披露宴で、人から貸してもらったきもので参加したら、会場で、人と接触して飲食物がきものに付いてしまった!というケースです。 お子さんの持っていたソフトクリームがグシャッと当たった(-_-) ということもありました。こうしたトラブルは、ご本人がいくら気をつけていても防げないことで、血相を変えて相談に来られるとお気の毒に思います。 中でも多い、アイスクリームや洋菓子の汚れについて解説してみましょう

。 ===================

●乳脂肪とタンパク質

アイスクリームには、乳脂肪分が多く含まれています。洋菓子のクリームも、乳製品が原料です。このような成分は、付いた直後はややネバネバする程度(糖分が含まれているため)ですが、少し時間が経つと、タンパク質に変化が現れます。 付着部分に硬さが出てきて、厚みを増してきます。さらに放置すると、タンパク質成分の凝固が始まります。 付いてしまったことはご本人もわかっているので、すぐに対処すれば大半はキレイになります。 意外ですが、タンパク質つながりという点では、血液のシミにも共通点が多いんですよ。こちらも、スグに気付いてお手入れすることが重要です。 1年で何度か、この類のご相談をいただきますが、幸いどれも、慌ててすぐ送ってくださるので重症化は避けられます。 ただし、一点だけ‥‥アイスクリームではありませんが、冷菓で対応できなかったものがありました。 綿のゆかたに、かき氷のいちごシロップをこぼしてしまったのです。少し洗ってみましたが、悲しいほど反応がありませんでした。 仕立て上がりの製品で、新品でも1万円以下だというお話でした。無理に強い薬剤で補正するのは諦めて、新品を買って弁償します、とおっしゃってました。

==================

●絵柄が消えた!

借りたきもの関連で、いちばん鮮明に覚えているのは、クリーニングで起きたトラブルです。 借りた方が律儀で、せっかく貸してもらったんだからキレイにして返したい、と和装クリーニングに出されたのです。 すると‥‥!あろうことか、絵柄がなくなってしまったんです!! これは、昨年の9月29日配信分の凛通信でも取り上げましたが、今から3~40年前に生産された品物に多く使われた、バインダが原因でした。 絵柄や加工を施す際、バインダと呼ばれる合成樹脂を接着剤代わりに使うのですが、その品質が現在ほど良くありませんでした。経年劣化で、粘性が出てバインダが浸出したり、絵柄が剥がれるトラブルが多発したんです。 クリーニング屋さんも、事前にテストはしているはずなのですが‥‥剥がれるとわかっていれば作業しないでしょうから、チェックでは見抜けなかったのでしょう‥‥。 揮発溶剤での洗浄工程までは、問題はなかったそうです。が、クリーニング屋さんでは、仕上げに必ずプレスをします。そのプレスの熱と圧力で、バインダを介した絵柄が丸ごと、当て布に移ってしまったのです!! 商品にも原因がありましたが、クリーニングで起きた事故には違いありません。クリーニング屋さんが弁償するということで、凛に持ってこられました。

===============

●元通りに再現する

一部欠損ではなく、丸ごと消えていましたので、まずはどんな絵柄だったか、導き出さなくてはなりません。 かろうじて、バインダを使った部分が、輪郭として残っていました。これで絵柄の形と輪郭はオッケー。あとは柄の中のデザインと彩色です。これは他の場所にある、被害のなかった部分を見て模倣することになりました。 時間はかかりましたが、着実に仕上げていき、ほぼ元通りになりました。 その後、持ち主さまに事情を話したかどうかは、聞いていません。 ただ、やり直しや返品にはなっていないので、再現後に?明して許してもらったか、バレなかったか(笑)、どちらかでしょう。 同じトラブル、産着でも体験したことがあります。症状はまったく同じで、絵柄が剥がれてなくなってしまったのです。 ただ、こちらは産着特有というか‥‥お母さまが赤ちゃんを抱っこした写真が残っていたんですね! 絵柄の再現に、大変助かったのを覚えています。 最近は動画が当たり前ですし、SNSに載せれば持ち主以外の人から情報がもらえるかもしれません。補正の技術だけじゃなく、情報やコミュニティーが補正の精度を上げるとすれば、なかなか面白い時代だなぁ~と感じています。 *** きものの貸し借り、とてもいいことだと思いますが、トラブルになるのはイヤですね~。かき氷のシロップのような例外もあります、

2020年05月27日

凛マガジン(マスク作成)

●マスク問題

●手作りキット

●手作りの注意点

●使い分け

==============================

●マスク問題

マスクの品切れや買い占めが続くと、ニュースを見ていてもイヤな気分になりますが、「品切れなら、作ればいい!」「どうせ作るなら、オシャレなのがいい!」という流れになってきたようです。 小池都知事をはじめ、街でも絵柄の入ったマスクを見かけるようになりました。悲観的にならず、自粛でも楽しむ工夫をしていてイイなぁと思います。 コロナ騒動が始まってしばらく経った頃、取引先の人たちと冗談交じりに「こんなことになるんやったら、マスク作っとくんやったなぁ~」と話していたことがあります。 で、実際にマスクを生産・販売されたところがあるんです!手掛けたのは、西陣織の「金襴(きんらん)」という織物を製造する業者さんです(ここではご紹介しませんが、「金襴・マスク」で検索するとスグに出てきます)。 金襴というのは、文字通り金糸や金箔などを織り込んだ、豪華な模様織りの織物です。仏具やお坊さんの袈裟、畳の縁などにも使われています。 オンラインサイトで販売されており、品切れも出ているようです。

=============================

●手作りキット

マスクを製品で売るには裁断や縫製が必要ですが、独自の「手作りキット」を企画されたところもあります。 広巾の染色を手掛ける会社さんで、15年ぐらい前に、シルクでアロハシャツを作って話題になりました。 その会社さんが、手作りマスクのキットを作られました。マスクが入手できず、困っている方が多いということで、無償で提供されたところ、人気殺到ですぐに品切れになったそうです。 そのキットで手作りしたマスクを、先日プレゼントしていただきました。 セットには、カットした生地が3枚(同じもの)入っていますが、これは3枚重ねることで、フィルター効果を上げるためのようです。せっかく3枚入っているのだから、裏に当てる布をガーゼや綿にすれば、おしゃれマスクを3枚作ることができます。 帯用の織物を生産されている業者さんが、うちの商品でもマスクにできるかな? とおっしゃって、生地を見せてもらいました。こちらも、試作段階まで進んだと聞いています。

==============================

●手作りの注意点

お手元にハギレや着なくなったきものがある方は、手作りに挑戦されるのも楽しいかもしれません。 ただ、呉服の生地(正絹)には取扱に注意すべき点がありますので、手作りがうまくいくよう、説明してみます。 1.生地の選び方 まず生地の質感ですが、ツルンとした触感のものが良いかと思います。また、あまり目の詰まった生地だと呼吸がしづらかったり、これからの季節には暑いかもしれません。裏布には、ガーゼや綿布を使うと、肌触りがよくなります。 2.裁断する前に、まず洗う プロ以外(専門知識や経験のない方)が、正絹に水洗いや洗剤を用いることはNGです。ですが、マスクとして使うことを大前提に、今回は例外です。 先に水洗いをする理由は、マスクの材料として衛生的にすること以外に、正絹は水分を含むと縮むからです。息の中の水分でも、縮むかもしれません。だから、裁断する前にまず洗いましょう。稀に色落ちすることもありますが、洗うことで色落ちが流せます。 3,洗い方 ぬるま湯に中性洗剤を溶かして「振り洗い」または「軽く押し洗い」が良いと思います。洗ったらタオルなどに挟んでポンポンと水分を吸い取り、自然乾燥させましょう(ねじり絞りは避けましょう)。 アイロンを使う場合は、低音で軽~く。温度が高すぎたり、強くプレスすると繊維が伸びてしまい、マスク使用中や洗った時、再び縮むことになります。 4.裁断 織り方や糸の撚りの強さによって、伸縮の度合いはさまざまです。あまり縮まないものもあれば、 鬼しぼ縮緬(ちりめん)などは、半分~3分の1ほどにギューッと縮むので、驚かれると思います。裁断を最後にするのは、これが理由です。 洗って縮ませて、マスクとして使える状態になったら、いよいよ裁断。絵柄の中で生かしたいポイントがあれば、そこが正面になるようにレイアウトしてみましょう。 型紙や作り方の動画など、ネット上にたくさんあるようですので、ここでは紹介しませんが、ガンバってください!

==============================

●使い分け

手作り品やハギレを何点か見て、生地によって風合いがかなり変わるなぁと思いました。 夏に付けると暑くても、冬は暖かくて快適!ということになりますし、違った素材で何枚か手作りして、使い分けると良いかと思います。

2020年07月03日

凛マガジン(藍染)

●藍染め

●上位ランキング

●神秘の色落ち

●藍止め

●色落ち、色移り

==============================

●藍染め

1ヶ月前のメルマガで、久留米絣という藍染について取り上げましたが、そこからヒントをもらい、今回から天然染料のことを書いてみたいと思います。 やはり藍染でしょう。 「タデ藍」という植物が原料で、乾燥させた葉を発酵させて染料にします。微生物が、藍染の色づくりに貢献しているんですね!! 藍染職人さんの手は、爪が青く染まっています。洗っても落ちないんですね‥‥ということは、藍の色素にはすごく定着力がありそうですが‥‥ ご依頼でいちばん多いのは、「色落ち」なんです‥‥。

==============================

●上位ランキング

藍染の製品で多いご依頼は、 第1位:日光や照明器具で焼けて、色が変わった第2位:藍染の品物の色が、帯や胴裏に移ったです(普通は3位まで発表しますが、3位以下がすぐに出てこないほど、この2つが多いです)。 メーカーさんや問屋さんは、在庫を多く持っておられます。反物の色焼けなどは、まとめて100反以上(!)送られてくることもあります。平均すると、ひと月に数十点はお預かりしているのではないかと思います。

==============================

●神秘の色落ち

長年地直しをやっていますが、藍染は神秘的というか、謎が多いです。 藍は、水で洗えばもちろんですが、揮発でも落ちることがあります。なので、和装クリーニングであっても、安易に出さない方が安全です。 ところが、中には色が落ちない藍染もあります。コレがまたややこしくて「落ちないのは、本物の藍じゃないかも?!」ということもあるのです。あくまでも「かも?!」ですが。 現在流通している製品には、伝統技法の藍染のほか、「人造藍」と呼ばれる技法が使われたものがあります。 タデ藍は使うけれども、発酵工程を化学的に処理する方法、鉱物から化学的に藍色を抽出する「合成藍」など、いろいろあるようです(あまり詳しく知りません)。 伝統的な藍染と人造藍は、手間や工程はまったく違うものです。ところが、どちらも「化学式で表すと」同じになるそうです。 それゆえ、「偽物は、“化学的には”存在しない」「人造藍は、藍とは言えない」など、業界内でも賛否両論です。 さらに、本藍でも人造藍でもない「藍染“風”」もあります。(藍の色に限りなく近づけた化学染料で染めたもの、など)手間とコストがかからないこともあり、最近は「藍染風」が増えているかもしれません。 さらには、「藍染です」と言って販売されたであろう「藍染風」を補正したこともあるので、本当にややこしいです。←販売員さんが知らなかった可能性もありますが、厳密には偽証ですよね ↑ 本藍だと聞いたので、慎重にテストをしたところ、「アレ?!全然落ちひんやん?!」となったのです。 見た目ではわかりませんが、調べれば本物かどうかはわかります。 もちろん、きっちり伝統を守っているメーカーさんもあります。僕らがお付き合いさせていただいているだけでも、2社知っています。

==============================

●藍止め

藍染の製品が売れると、「藍止め」という処理を行います。 藍染の色落ちを防ぐ処理なのですが、前のメルマガでも取り上げたように、反物の完成時には行いません。売れてから、です。 つまり、反物には色落ちの性質が残っているということです。反物を巻いているだけでも、手が青くなることがよくあります。 藍染同様、藍止めも謎が多いです。どのメーカーさんも、藍止めに関しては企業秘密なので、成分や方法がわかりません。 またまたややこしいことに、藍の性質上、藍止めは、藍が色落ちしないことを保証するものではありません。 なので、「藍止めしたのに、色が落ちた!」ということもあります。 一方で、「この藍染は、完全に(色落ちが)止まってる!」という製品もあります。 藍染と藍止めは、両方の技法がセットになって成立するケースがあります。つまり、あるメーカーで染めた藍を、違うメーカーで藍止めしても、うまくいかないかも?!ということです。 染めと藍止めの技法、両方が企業秘密なので、理由がわかりません。

==============================

●色落ち、色移り

着用後のご依頼でいちばん多いのは、藍染のきものに白い帯をしてたら、帯に青が移った!とか、汗をかいて、胴裏が青く染まった! などです。 胴裏の場合、対応で迷うことがあります。 持ち主さま直接のご依頼なら、胴裏は新品に交換することをお勧めするかもしれません。新品の方がコストも抑えられるなら、交換をお勧めするでしょう。 しかし、お客さまが購入されたお店に相談され、小売店さん→問屋さん→メーカーさん と流通ルートを遡ってお受けした場合は、直接持ち主さまのご意向を聞けないので、これができません。 余裕があれば補正の事例を入れようかと思いましたが、今回は藍染の説明だけで終わってしまいました

2020年07月23日

凛マガジン(琉球絣)

●琉球絣

●やっぱり無理だった

●色補正の不思議

●藍染の色焼け

●天然染料の補正

==============================

●琉球絣

品物は、仕立上がりの琉球絣(りゅうきゅうがすり)。木綿の藍染(単衣仕立て)です。 焼けが入ってしまい、下前の衽(おくみ)だけ、色が変わっているとのこと。 この最初のご相談では、品物は仕入をした問屋さんに相談中とのことで、現物がお手元にありませんでした。

==============================

●やっぱり無理だった そ

れから数日して、メールをいただきました。「問屋さんから直せないという返事があり、商品が戻ってきた」とのこと。よくあることです(笑)。‥‥ということで、お送りいただくことになりました。 現物が届きました。難が見つかる場合、気づいた場所以外にも、同様の、または違う種類の難が発症していることがほとんどです。 「下前の衽が焼けている」と伺っていましたが、案の定、他にも見つかりました。 下前だけでなく、上前の衽と衿にも焼けがありました。あと、見頃も左右で色の濃さが違っていました。 単衣の商品だったので、藍染の反応を見るため、裏側でテストをしました。補正に使用する色を少し使ってみて、どんな反応があるかを見るテストです。 元の色に近い色を使っても、反応を起こして色が変わることもあるので、テストと慎重な判断は不可欠です。

==============================

●色補正の不思議

色の補正は「足し算」の計算のようでもあり、その一方で、計算通りにいかないところもあります。 簡単な例で説明すると‥‥
紫色が焼けて赤っぽくなったら、青色を足して元の紫に戻す‥‥という感じです。 それでうまく戻る場合もありますが‥‥ 実際の色焼けの補正は、それほど単純なものではありません。焼け方や色の変化が、一点一点すべて違うからです。 染色技法、染料の種類、成分、焼け方などによって、補正に使う色や方法は、症例ごとに違います。 この琉球絣には「新橋」という色名の染料をメインで使い、そこに別の染料を少しブレンドして色を作ることになりました。 この品物は無地ではなく、薄いグレーで絣が入っています。全体に青の染料をかけると、絣の部分は違う色になってしまうので、絣のグレー部分は避けて、細かく青を足していくことにしました。 やや細かい作業でしたが、うまく直すことができました。

==============================

●藍染の色焼け

藍色って‥‥濃紺というか、濃い青色ですが、厳密には青色以外の要素も含まれています。なので、単純に焼けた部分にひたすら青色を足していく、ではダメです。 これは僕らも詳しくわからないのですが(作り手の企業秘密もあるため)、同じ藍色でも、焼けると、 1.青みが薄くなり、水色になる2.青みが抜けて、赤くなる3.グレーになる4.黄色っぽくなる など、実にいろんなパターンがあります。褪色してから、別な化学反応によって、次の色変化が起こることもあります。 藍色に限らず、同じような焼け方をしていても、症状や補正の方法は毎回違います。

==============================

●天然染料の補正

うまく色が直っても、職人として長期的な心配があります。 藍染の焼け補正は、天然の藍で染めた繊維の上に、新たに(藍ではない)染料を足して色合いを調整する、ということをやっています。 外見上は藍染と変わりませんが、工程や色の構成成分は、100%の藍染とは違うということです。 色補正の際は、「そのとき見えている、元の藍色」に寄せるように作業をします。 ですが、ここで完璧に色が合っても、5年後、10年後に、どうなるかわからないんです。この「○年後、○○年後にどうなるか?」は、推測や計算ではわからないんですね。 なので、こうした補正をお受けする際は、依頼者さまに説明とお断りをします。「今は元の色と同じになっていますが、経年で変化が出てくるかもしれません」と。

2020年08月27日

凛マガジン(色の正体)

●色の正体、実は‥‥!

●草木染の色

●何パーセント?

●落ちると困る色味

●色の合わせ方

●特殊な染料なので

==============================

●色の正体、実は‥‥!

草木染は、昔から人気のある品物です。作家さんも、人気のある方が大勢おられますし、色や風合いの魅力でも支持が高いと思います。 突然ですが、皆さま‥‥草木染の色の正体をご存知ですか?草木から抽出した色素──ハイ、そうですね。それで正解なのですが、成分的には「アク」なのです。 アクと言うとイメージが悪いですが、染料として意図的に使えば草木染、着用中にワインやコーヒーをこぼしてシミになれば「汚れ」になります。 どちらも、酸素と接触(酸化)して、色が出る性質があります。 汚れの場合は完全に落とさなくてはなりませんし、染め色の場合は元通りに調整しなくてはなりません。

==============================

●草木染の色

草木染の作家さんの話を聞くと、毎回実験のようなところがあり、どんな色が出るかは、作家さんでも予想がつかないものだそうです。 思い通りの色に染まらず、ボツになることもあれば、予想外の色が出て、新しい作風が生まれることもあります。 草木染が「その色」になるには、偶発的な要因もあります。その色が褪せたり汚れたりしたのを、染め上がった時と同じように戻そうとするのは、かなり無理があるわけです(笑)。

==============================

●何パーセント?

草木染には、もちろん100%植物から抽出した染液を使ったものもありますが、そうではないものもあります。 実は、何パーセント天然の草木を使っているか、配合率や製法など、規定や表示義務はありません。 こうした事情が、商品の状態をわかりにくくすることもあります。100%草木染の商品と、草木染が一部入ったもの、どちらも扱いが同列になってしまうからです。 草木染に化学染料を混ぜても、表示に「草木染」と書きたくなるのは、(良心的かどうかは別にして)まだ理解できます。草木染と入れることにより、商品イメージが上がりますから。 ところが中には、100%の草木染なのに、まったく表示がなく、化学染料で染めた品物と同列扱いになってしまうこともあるのです。 もともと、メーカーさんや問屋さんにあった在庫には証紙が付いていた──でも、その証紙が運搬や納品の際に外れてしまい、どういう品物かわからなくなってしまった‥‥みたいな事例は、結構あります。表示義務がなく、タグのように品物に縫い付けるなどの規定がないため、「検品したら草木染やった!」みたいな事例も経験したことがあります。 草木染を補正する場合、どのみち慎重にテストをしなくてはなりませんから、証紙などの添付があっても鵜呑みにせず、作業することにしています。

==============================

●落ちると困る色味

草木染は、化学染料と違い、まったく同じ色を確実に再現することができません。逆に、そこが魅力でもありますよね。 濃い色を染めることは難しく、薄い色・淡い色が多いです。また、渋み・くすみのある色調が多いです。 補正の色合わせでは、洗剤などを使って洗うことがありますが‥‥洗うと、独特の渋み・くすみがなくなり、鮮やかなパステルカラーになってしまうことがあります。 汚れを落とすためにはやむを得ないのですが、元の色とは違うので、新たに「渋み・くすみ」を含んだ色を置いてやらないといけません。

==============================

●色の合わせ方 褪

色したり、汚れた部分だけを、元の色と同じに戻すのですが、元の天然染料で行うのではありません。化学染料や他の反応を使って直します。 ここが色補正の最大の難関です。 藍染の号でも書きましたが‥‥補正をして元の色に戻っても、それは「その時点」での色です。何年、何十年と過ぎれば、色差が出てくるかも?!という心配は、少なからずあります。 予想できる変化をご説明してから納品していますが、発色や褪色は、どちらも神秘的です。。。

==============================

●特殊な染料なので

色補正のご依頼の中には、「うちは特殊な染料を使っているので、よかったらこれを使ってください」と、オリジナルの染料をご提供くださることがあります。 これは天然染料に限らず、独自の色を使った品物に多いです。 「実際に使った染料なら、色も成分も同じなので便利!」と思われるかもしれません。独自開発の染料‥‥とってもありがたいお話なのですが‥‥実際にその染料で直すか?というと‥‥使わないことが多いです(笑)。 ご提供いただいた染料は、白生地を染めたものです。しかし、補正をする際の品物は、すでに染色されていて、白生地ではありません。色の入った状態でオリジナルの染料を重ねると、違う色になってしまうのです。 もちろん、メーカーさんも染色工程にはお詳しいです。僕らが色補正のために、一度色を全部抜いて、白生地と同じ状態にしてから染料を使うだろう、と想定して、染料を提供してくださってます。 が、それでも!色を完全に抜いても、それで白生地と「完全に同じ白さになるか?!」と言うと、これがまた違うんです(*_*) 微妙~に白の色味が違ったり、微妙~に生成りっぽかったり‥‥と、「白生地と、まったく同じ白」ではありません。わずかでも差がある限り、同じ染料を使っても同じ色には仕上がらないのです。 仕上がりの参考にさせてもらうことはあっても、その染料だけで補正できる、というわけにはいかないのです。 色目を見ながら、足りない要素を少しずつ足していく‥‥という地道な作業が必要になります

2020年10月05日

凛マガジン(帯のトラブル)

●帯のトラブル

●帯の種類

●便利だけど怖いこと

●取れないクセ

●僕らも専門家に頼みます

●最後にお願い

==============================

●帯のトラブル

前号では、着付け時の小物のトラブルについてご紹介しました。今日はその続きとして、帯のことを書きたいと思います。 振袖や訪問着に多く見られるトラブルです。どちらも、パーティーや祝典など、華やかな場所での和装に多いです。 振袖をお召しになったことがあれば、「変わり結び」をご存じの方は多いでしょう。 通常、帯は、後の真ん中に「お太鼓」と呼ばれる大きな四角形ができるように結びます。 しかし、どんな場面でも毎回同じでは、面白くない‥‥と感じることもありますよね。そこで、パーティーなど、厳粛なフォーマルシーンでなければ、帯の結び方を変えて、蝶々やリボンのように、お太鼓とは違うモチーフを作ることがあります。 帯は、広げると1枚の布になり、同じ帯でも結び方でバリエーションができるのが、和装のいいところです。 が、結び方に注意しないと、難に発展してしまうことがあります。

==============================

●帯の種類 フ

ォーマルシーンで着用される袋帯の種類(柄の入り方による分類)は、以下のようになります。 1.全通(ぜんつう):帯全体に、まんべんなく絵柄が入っているものです。総柄(そうがら)と呼ばれることもあります。 2.六通(ろくつう):流通している袋帯のほとんどが、この六通です。  帯全体の、約六割に絵柄があります。帯を締めるとき、一周目に巻く部分には、表から見えなくなるという理由で絵柄が入っていません。  締めると見えなくなる部分のことを「中無地(なかむじ)」と呼びます。 3.三通(さんつう):全体の、約三割だけに絵柄が入っています。  締めたとき、お太鼓になる部分と、前になる部分に絵柄が入っています。 全通帯は、どこが前やお太鼓になっても絵柄が入っているので、お値段は高めですが多様性のある帯です。 今日ご紹介するトラブルは、全通帯に多く見られます。

==============================

●便利だけど怖いこと

全通帯は、どんな締め方をしても絵柄が表に出ます。 振袖や訪問着で、華やかさを演出したいとき、変わり結びに使えるのは便利です。ただし、六通や三通と違って向きを決める必要がないので、締める時には注意が必要です。 帯は、広げると平たい一枚の布ですが、どちらの端から締めるか決まっているのが一般的です。着用歴のある帯には、どちらか片側に、半分に折ったスジがクセになっているはずです。 絵柄に影響のない全通帯であっても、どちらから締め始めるか、決めておくことが必要になります。 以前の着用と反対側から締めたため、帯の両端に折れグセが着いてしまった全通帯をお預かりしたことがあります。 着せてもらう人は気づかなかったと思いますが、着付け師さんが慌てていたのか、気づかなかったのか‥‥いずれにせよ、締めたとき、お太鼓の真ん中に縦線が入ったようになってしまいます。光を反射する素材なので、スジが入ると余計に目立ってしまいます。

==============================

●取れないクセ

袋帯の折れジワや折りグセは、着用すれば発生するものです。注意が必要なのは、袋帯には、折れると元通りにならない素材が入っていることがある点です。 折れると元通りにならない素材──具体的には、金糸銀糸、ラメ、切箔(きりばく)などがあります。 中でも、特に厄介なのが、切箔です。 切箔とは、薄い和紙に金箔を貼り付け、細~い短冊状に裁断したものです。これを、巧妙な技術によって帯の生地に織り込んでいきます。 仕上がった帯を見ると、金の入った織物に見えますが、厳密には帯の生地に、金箔を貼った「紙」が入った状態です。紙の性質上、折れ曲げられると跡(スジ)になり、元に戻らなくなるのです。 展示会などで、気に入った商品を体に当てて、顔映りを見ることがありますよね。ほんの数十秒、鏡の前で帯を折っただけで、不治の重症になるかもしれない、という怖いトラブルもあります。 ベテランの販売員さんはご存じなので、帯を折り畳まずに、うまく腰回りに当ててくれるはず‥‥なのですが、新人さんが対応したのでしょうか‥‥展示会場で折れグセがついた帯をお預かりしたこともあります。

==============================

●僕らも専門家に頼みます

帯の折れグセがいかに難しいか、という点について、解説します。通常の正絹繊維の折れジワやクセなら、凛の工房でも直せます。 ただ、今日お話しした特殊素材の折れグセは、地直し屋の僕らであっても、専門の業者さんにお願いすることがあります。 一般には知られていないでしょうが、西陣専門の整理屋さんです。どんな道具や技術をお持ちなのかは、僕らもよく知りませんが、どうしても無理!という重症は、相談に乗っていただいてます。 依頼は「折れグセ」だけですので、汚れなど、他の難がある場合は、先に凛でキレイにしてからお願いしています。

=============================

●最後にお願い

帯──特に今回のような、金銀ラメや切箔の入った帯は、着用後、良かれと思って和装クリーニングに出すのは控えてください。 詳しいクリーニング屋さんなら、預かり時に断られるかもしれませんが、逆にそれで正解です。 クリーニングでは、蒸気や熱を使って繊維を整えていきますが、この蒸気と熱が形状記憶作用となり、二度と元通りにならなくなるリスクがあるからです。 汚れているかもしれない、折れグセも心配‥‥という場合‥‥脱いだままの状態で結構です!

2020年12月01日

凛マガジン(コロナで見えたもの)

 

●コロナで増えたもの

メルマガでは、コロナで外出しない=和装する機会もない→だからお手入れも必要ないではなく、きものを着る機会が減っている今こそ、タンスの中を開けてみて、愛用品のお顔を見てあげましょう!とお勧めしてきました。 その甲斐あって、複数の読者さまより「しばらく着てないけど、変なところがないか見て欲しい」というご依頼をいただきました。 これとは少し違いますが、コロナで仕事が少なくなった分、業界内からのご依頼も、状況が変わってきているのです‥‥。 業界内からの補正依頼、コロナ以降で急に目立っているのが、「検品の厳格化」です。時間ができた分、細かく見てしまうのかもしれません。 もちろん、それが本当に難なら、喜んで補正させてもらうのですが‥‥冒頭で「少々面倒なご依頼」と書いたのは、本来なら生地難だとみなされないようなものも、「難」として扱われ、「要補正」のシールが貼られているのです。 シールの数は、一反当たり100ヶ所を超えるものもザラにあります。ここまで極端なご依頼は、コロナになってから多くなったような感じがしています。

==============================

●「正しい難」とは?

難が「正しい」というのはおかしな表現ですが、あえてこのように書いてみました。今日の話題は、本来的には生地難に該当しないものがあるからです。 では、本来的に「生地難」だと認められる症状には、どんなものがあるのでしょうか? まず、節(ふし)です。生地を織る工程で、糸を繋いだ結び目が、生地の表側に出ると、プツンとした糸の出っ張りができます。 これはまだ、白生地の状態です。 白生地の反物が売れると、染色工程に入ります。このまま節を処置せずに染めてしまうと、節の部分に染料が溜まり、プツンと濃い色の「点」ができてしまいます。ですから節は、染める前に見つけて、取り除かなくてはなりません。 直し方は、節の周辺の糸を調節して、節の出っ張りを生地の裏側に移動させる‥‥というのが、いちばんポピュラーな方法です。 もうちょっと重傷になると、節から糸が引っ張られて長く出ていることがあります。織りに影響がなければ糸を切って、裏側で繋ぎなおすこともあります。いずれにせよ、表側には突起物が出ないように処置します。

==============================

●糸にテンション

織物は、縦糸と横糸の組み合わせで出来ています。織り工程で横糸を新しいコマに変更するとき、短時間ですが織機を停止させます。 短い時間なのですが、機械を停めている間、縦糸にかかる力(テンション)が微妙に変わります。その影響で、縦糸に対する横糸の密度も変わります。 結果、完成した反物に横スジが入っていたり、その部分だけ、または織機の停止地点から数センチにわたって、生地の光沢感に差が出ることがあります。 これを取り除くのに、いったん織り上がった生地の糸を動かして力加減を調整して‥‥という方法は無理です。組織はいじらず、見た目の違和感がなくなるように、品物ごとに対応を考えます(光沢感や段に見える症状は、一点一点、特徴が違うため)。 これらは、明らかな生地難であり、僕らの補正領域です。 手前味噌ですが‥‥こうした織機の作動で生じる難に対応する地直し屋は、ほとんどないそうです(自覚していませんでしたが)。なので、おかげさまで京都のほぼ全ての生地屋さんとお付き合いさせていただいています。

==============================

●難とは違うのでは??

では、具体的に「これを難と呼ぶのは殺生や‥‥」と思ってしまうシールは、どんな箇所に貼られているか説明します。 節やキズではないのに、見え方が少し違う?と思われるところに貼ってあるシールが、とても多いです。 仕立てれば裏側に入ってしまう部分の、目立たない症状にもシールがあります。仕立てれば見えなくなるのですから、わざわざ直す必要はない、と(少なくとも旧来は)考えられていました。 伝統的なきものの製造、仕立てでは、着用時にどうなるか?という「完成図」を配慮して補正されてきました。 ただし、これには「この反物を仕立てたら、どこが身頃になるか、袖はどこか」といった、各パーツの形や取り合わせが把握できていなければなりません。 近年、表も裏も関係なく難の指摘が入るのには、こうした専門知識を持たない検品担当者が増えているのでは?と思ってしまうこともあります‥‥。

==============================

●会社単位で‥‥

なぜ、専門知識のない販売員さんが増えているのでしょうか?? 原因はいろいろあるでしょうが、僕らが思うに、バブル期ぐらいから販売の方法や流れが変わってきたことに関係がある気がします。 バブル全盛期、高級なきものがバカ売れしたことがありました。 その頃から、老舗の呉服屋さんよりも、大規模な量販店がポピュラーになってきたように思います。 大きな会社組織にして、大量に問屋さんに発注する代わりに、値段交渉でできるだけ安く仕入れ、派手に宣伝を打ち、芸能人にお見立てをしてもらえる展示会など、本当にバブル感満載でした。 バブル期とは違いますが、現在も、会社組織による販売で大きな利益を上げているところがあります。 きものの販売だけでなく、和装に関するサービスを幅広く手掛けている会社さんが多いです。和文化や和装に関するイベントなどを企画し、無料や激安で参加できるものもあるので、きものが好きな方は参加したくなるでしょう‥‥。 で、イベントだけで終わればいいのですが、参加者さんのグループを伴って、展示会場に案内されることがあるそうです。直接販売はしなくても、うまく誘導ルートを使って、販売活動につなげているのです。 店や会社の名前は違うけれど、イベント運営会社と販売会社が同じグループ企業、ということもあります。

==============================

●検品も仲間内 最近知ったのですが、多数のシールが貼られた地直し依頼品の中に、大手グループ企業からの品物がありました。調べてみると、イベント運営会社、販売会社の他、検品を専門に行う会社も、同じグループの傘下であるとわかりました。 大量の地直しクレームで返品が増えるため、中には「できれば取引したくない」という問屋さん・メーカーさんも出始めているようです。 一方、「無理難題を言われるけど、たくさんお客さんを連れてきて、販売もしてくれるので、付き合いがなくなると売上が厳しい‥‥」という意見もあり、目下賛否両論という感じです。 和装イベントは楽しそうだけど、高いきものを買わされたくない‥‥という方、お友だちといっしょに参加して、ノーと言いやすくするなど、いざという時の「保険」を用意しておかれると良いかと思います(笑)。

==============================

●バブルの思い出話──

為書き、返品、ご縁 最後に、量販システムが広まったバブル期のトラブルをご紹介します。 現在でこそ、クーリングオフなど消費者を守る制度がありますが、昔はありませんでした。訪問販売や展示会でノーと言えない状況をつくり、高価な商品を買わされてしまった、という事例が多く出ました。 呉服関係の仕事をしていますので、きものは売れてほしいです──でも、無理強いや押し売り的な方法は、やはり不誠実だと思います。 ある付加価値サービスを「返品防止策」として使う業者さんも出てきました。作家の先生による「為書き(ためがき)」です。 為書きは、下前の奥に、友禅作家さんなどが「○○さんの為に作りました」という意味で「為 ○○」と墨や金で書き入れるものです。スーツの名入れに似ていますが、作家さんのサインでもあり、高級感・特別感が高まります。 無理して高級品を買ってしまっても、為書きが入ってしまうと、「持ち主確定!」となり、キャンセルを切り出しにくくなってしまいます。この心理を見込んで、「為書きします」をセールスポイントにした業者さんがあったのです。 ところが、これを覆す出来事がありました。高級品をローンで購入されたマダムでしたが、なんとローン審査に通らなかったのです(!) 売ったところで、支払能力なし=売上金が入らない、ということ。これでは、お店も販売できません。 で、僕らのところに来た依頼は‥‥「為書きを消してほしい」というものでした(笑)。 キレイに取らせていただきましたので、その後、別の方に販売されたことでしょう‥‥。昔ならではのエピソードです。 ところで‥‥「きものはご縁のものですよ、今日この品物を見たのは、買うのにふさわしいタイミングです!」「人気があるので、またご来店いただいても、売れているかもしれませんよ」と勧められたことはありませんか? これ、昔も今も、非常によくあるセールストークなんです。たしかに「そうかも!」と思ってしまうかもしれません。が! 少しクールダウンして考えてみても良いと思います。 「本当にご縁があるなら、今日じゃなくても、またいい品物に出会える!」と考えると、気がラクになりませんか?(笑) 高いお買い物、長いおつきあいをするものですから、後悔しないご縁を大切にしていきましょう♪

2021年01月03日

凛マガジン(悉皆屋さん)

●悉皆屋さん

●得意分野に合った仕事

●なんでもできないとダメ

●トップクラスは

●希望の光

==============================

●悉皆屋さん

呉服業界には欠かせない、悉皆屋という職業があります。 ネット辞書などで調べますと、“江戸時代、大坂で染め物・洗い張りなどの注文を取り、京都の専門店に取り次ぐことを業とした者。転じて、染め物や洗い張りを職業とする人 ”とあります(出典:コトバンク:「悉皆屋」)。 現在はこれに限りませんが、ざっくり言うと‥‥悉皆屋さんには、取引のある職人(または業者)が複数居て、その人たちの専門分野や技能に合った仕事を取る営業マンの役割、そして、各工程を行き来しながら呉服(反物)を完成させる、現場監督のような立場でもあります。

==============================

●得意分野に合った仕事

職人さんには、それぞれ専門がありますが、悉皆屋さんも同じです。当然のことですが、お付き合いのある職人さんの能力や専門性によって、悉皆屋さんの専門分野は変わるわけです。 なのですが‥‥昨今「得意分野だけでは食べていけない」と、方針転換する悉皆屋さんが増えてきました。 理由はお察しの通り、呉服の売上・流通数が減少し、得意分野だけでは生計が成り立たないからです。 また、悉皆屋さんは職人さんを抱える立場で、人柄も親分肌的な方が多いです。 仕事が減ると、困るのは自分だけじゃない、職人たちが食いっぱぐれては困る!という思いで、得意分野以外のことを学んだり、新規参入をする人が多くなりました。

==============================

●なんでもできないとダメ

こうした状況は呉服業界だけでなく、社会全体に言えるかもしれません。 戦後のヤミ市から個人商店が発展し、僕らの親の世代は「野菜は八百屋、肉は肉屋で買う」が普通でした。 それが、スーパーができてから一転、個人商店は売上で苦しむことになります。 さらに今のコンビニは、品数が豊富なだけでなく、銀行のATMはあるわ、税金の支払やネット通販の荷物まで受け取れるのです。「なんでもできた方が」大衆には便利で受け容れられるのでしょう。 呉服業界でも、早い時期から「なんでもできる」に目を付けた人たちが居ました。早くから、他分野を手掛けるようになったところは、今も残ってます。 一方で、高い技術がありながら、専門性に特化するゆえ、苦しんでいるところもあります。 専門分野で継続するのが悪い、と言っているのではありません。ただ、それが現状ではあります‥‥。

==============================

●トップクラスは

呉服の世界で有名人と言うと、まず思いつくのが友禅などの作家先生です。 それ以外にも、各工程で、人間国宝や伝統工芸士など、最高レベルの技術を要する方がいらっしゃいます(表に出ない工程で、一般には知られていない方も多いです)。 名の知れた、一流職人さんには、常に注文が来ます。ですが、それはごく一部。人知れず、コツコツと地味な作業を繰り返す仕事も多いです。 大半の会社さん、職人さんは、売上減少でお困りではないかと思います。

==============================

●希望の光

今年最後のメルマガを、暗い雰囲気で終わらせるのは不本意なので、最後に希望が持てるお話をしましょう。 ひとつは、後継者育成に尽力する職人さんたちです。 すべての工程ではありませんが、熟練職人さんたちの中には、これまでの取引先や人脈に関係なく、希望者のいる現場に、技術指導に出向いているベテランさんがいらっしゃいます。 今は動画サイトで何でも検索できますが、目の前で、最高レベルの仕事を肉眼で見られるですから、教わる方も気分が引き締まることと思います。 もうひとつは、「呉服づくりを学びたい」という若い人が居てくれることです。 最近お話をした中では、友禅に必要な「糸目」の職人さんが印象に残っています。 糸目は、友禅の絵柄の輪郭を、染料が入らないように細い線で防染する技術です。白生地に描かれた下絵の輪郭を、デコレーションケーキのクリーム飾りを作る口金のような器具を使って、細い線で覆います。 今は、ゴムや樹脂など扱いやすい素材が大半ですが、昔はデンプン糊で行っていました。デンプン糊は、樹脂に比べて途切れたり、ムラになったりしやすく、一人前になるには何年もかかるのです。 若い女性の職人さんでしたが、「今は、即戦力になるよう樹脂糸目をやっていますが、将来的には糊糸目も習得したい」と、ご自身の夢を話してくれました。 彼女のような頼もしい存在、まだ数は少ないですが、とても有難いことだと思います。少数でも、興味を持ってくれる人、学んでくれる人がいれば、呉服づくりは守られると信じています。

2021年02月07日

凛マガジン(紋1)

●紋の線

●素描きの紋

●量産型にも細い線

●量産と海外生産

●高級紋なのに‥‥

●価値と認知度

==============================

●紋の線

今年のお正月はコロナの影響で、和装された方は少なかったかもしれません。お正月に限らず、和服で礼装する場合、家紋の入ったきものを着用しますね。 家紋の種類には、「ウチは○○の紋」という紋の種類(=紋名)の他、「一つ紋、三つ紋、五つ紋」という、紋の数による違い「描き紋、抜き紋、縫い紋」など、紋入れの技法による違いと、いろいろな区分があります。 以前にも、紋をテーマにしたメルマガはあったのですが、今日はまだ書いたことのないものを取り上げます。それは、紋の輪郭(=上絵)の線の細さです。

==============================

●素描きの紋

紋の輪郭を縁取る線を「上絵(うわえ)」と呼びます。 今回取り上げる技法は、量産型では使われません。職人さんが一点一点手描きする、「素描き(=すがき:細い筆で、生地に直接描く手法)」と呼ばれる上絵です。 高級品ということもあり、一般にはあまり馴染みがないと思います。業界内でも知らない人があり、それが原因でクレームになったこともあります。 元々、紋の上絵は素描きだけでした。上絵の線の細さ/太さは、職人によって違います。 が、とりわけ細く描かれているものが良いとされてきました。 僕らも「面相筆(めんそうふで)」と呼ばれる細筆を使うことがありますが、細い線の素描きは、その比ではありません。 爪楊枝の先よりも細いのです!筆の毛が2、3本しかないのでは? と思うほどです。いかに細いか、ご想像いただけるでしょうか‥‥。 あまりに線が細いので、紋があることは判っても、何の紋かは近づかないと見えません。 見えないのなら、紋の意味がないのでは? と思われるかもしれませんが、高度な技術が必要なうえ、今では手がけられる職人さんも京都で1、2人では?というほど貴重で価値が高いのです。

==============================

●量産型にも細い線 今、市場で多く出回っているのは量産型のきものです。 近年、量産とコストダウンの目的から、スタンプ式(!)の紋入れ技術が開発されました。 30年以上前は、素描きの上絵しかなかったと思います。 ただ、今のスタンプ式は精度が高く、素人さんには両者の区別がつかないと思います。 線はやや太めですが、手描きのようなニュアンスで入っているのです。 僕らも、状況からスタンプだと推測できても、現物を見ると秀逸なので、毎回確認は怠りません。 なぜなら、素描きとスタンプでは、使える薬剤が異なるからです。この判断を誤ると、洗いなどを行ったとき、紋がにじんだり消えたりするかもしれません。 スタンプ紋は、染料ではないので、雨や水でにじむことはありません。溶解度の高い揮発溶剤を使うと、落ちます。 素描きは、墨が主成分ですが、擦った墨を使ったもの、墨と墨汁を混ぜたもの、墨に顔料が混ぜてあるなど、職人さんや品物によって異なり、こちらも確認が不可欠です。 仕立てをほどく場合に限られますが、スタンプか素描きを見分ける方法があります。 背中の中心に紋がありますが、背縫いをほどいて内側を見ると、違いがあります。 素描き紋の場合、背縫いギリギリのところで紋が切れています(縫われる位置を想定して紋が入っている)。 スタンプの場合、縫いしろ部分までベッタリ紋が入っています(縫いしろ部分に紋が入っていても、背縫いをすると見えなくなるので、仕立て上がりに影響はありません)。

==============================

●量産と海外生産

ここでちょっと脱線。ウラ話をしましょう。 スタンプ式にはもうひとつ、生産サイドにとってのメリットがあります。 それは、海外での生産です。 近年、紡績、生地織りをはじめ、生産工程のいくつかが、海外へ外注されるようになっています(特に量産品)。理由はもちろん、人件費が安いからです。 国や地域によっては、職人さんの育成に公費を投じているところもあります。高い技術を有し、高級品にも対応できる外国人の職人さんは増えています。 昔は京都だけで何十軒とあった紋屋さんですが、今は激減しています。なので紋入れも、見本を送って海外生産するケースが増えてきました。 ところが海外には、家紋の風習がなく、家紋の意味や価値への理解もありません。 もし、日本で紋の間違いがあったら、お客さまはご気分を損ねられるでしょうし、信頼を失ってしまうでしょう。彩色を間違えた、染料が飛んだなどのミスとは、根本的に違います。海外では「図案が少し違うだけ」という感覚でしょうか(笑)。 そのため、国内では考えられない、紋の描き間違い、向きが違う!などのようなミスが起こったのです(凛でも、海外での紋入れ間違いを直したことがあります)。 そこへ、スタンプ紋の登場!型さえ間違いなく作っておけば、向きや描き間違いは起こりません。 筆で描くのではなく、キレイに押す技術をマスターすれば紋が入るのですから、ミスも減り、時短にもなります。作り手にとって、コスト削減、生産性向上、ミス防止と、一石三鳥になったわけです。。。 ちなみに、気になるお値段は‥‥ 最高級と言われる極細の素描きと、普通(太めの線)の素描きでは、前者が倍以上の価格になります。スタンプ紋は、普通の太さの素描の10分の1程度でできてしまいます(^_^;)

==============================

●高級紋なのに‥‥

冒頭で、業界内でも素描きが知られていない?という前フリをしましたが、実際にこんなことがありました。 ある高級誂え品の注文がありました。毎回、高級品は素描きで注文が来るお得意さまだったため、素描き紋で納品しました。 すると、先方(問屋さん)から、「こんなに線が細くては見えない!入れ直して欲しい」というクレームが入ったんです。 こちらとしてはいつも通り、高級誂えだからと、職人さんも早くから手配し、万全だと思っていたのですが‥‥。 先方にしたら「細すぎて見えない!」というご不満でしかありません。もったいないですが、入れ直しです。 貴重な素描きを消して、太めの線で入れ直しです。同じ紋屋さんにはお願いできませんので、違う紋屋さんで事情を説明し、入れ直してもらいました。

==============================

●価値と認知度

クレームになった素描き紋。納品先は地方でしたが、京都か地方かは関係なかったと思います。ただ、素描きや、その価値を知らない人が増えている、ということではないでしょうか‥‥。 和装が一般的だった時代なら、こんなことはなかったはず‥‥と思っています。 巷で見かけることが少なくても、素描きがいかに価値の高いものか、一般庶民が着るものではない、ということは認知されていたはずです。 では現在、どこから素描き紋の注文が来るか?と言いますと‥‥ 単なる高級志向ではなく、「何かしらのこだわり」のあるお客さまが多いです。 そう、素描き紋でなくても高級品はありますし、高級品が必ず素描き、というわけでもないのです。一般の方には、ますます判別が難しいですよね。 もしも! お祖母様やお母様から譲り受けた品物に、素描き紋が入っていたら!注文されたお目の高さと、素描きの価値を、誇りに思ってください♪ もしも! 素描き紋をお召しになっている方に出会われたら!「これ、素描き紋ですよね!すごーく貴重なんですよね!」と絶賛してあげてください。

2021年03月01日

凛マガジン(間違いのパターン)

●間違いのパターン

●お得意さまだからこそ?

●二次災害

●まるで昼ドラのような‥‥

==============================

●間違いのパターン

紋の間違いにはいくつかパターンがありまして‥‥ 1.紋の「デザイン(図案、柄)」が違う2.日向紋、中陰紋、陰紋の、「表現方法」が違う3.紋を入れる数(一つ紋、三つ紋、五つ紋)を間違える などに大別できます(細かく分けるともっとありますが)。 とが多いです。

==============================

●お得意さまだからこそ?

これは紋に限らず、全般的に言えることですが‥‥お得意さま・上客になるほど、毎回同じ指示を出すことも、もらうことも少なくなりがちです。 また、お客さまから直接注文を受ける立場の中には、「お得意さまなのに、今さら詳しく確認するのは無礼だ」「毎回訊くと、ご機嫌を損ねるのでは?」と考える人も、一定数いらっしゃいます。 僕らは、お客さま(きものを着用される方)と直接やりとりしない立場なので、注文にあいまいな点があれば、「これ、どっち?」「これは〇〇でいいの?」と、仲介者(=問屋さん・悉皆屋さんなど)に確認することがあります。 で、その仲介者さんですが‥‥僕らの質問をお客さまに投げてくれるのかと思いきや‥‥自己判断されることがあるのです。 「いつも〇〇やから、今回も同じでいいです」 でも、その通りに仕事をしたら、「違ってました!」「やっぱりやり直して~!」という経験も、何度かあります 「〇〇でいいの?って訊きましたやん」と突っ込むと、「(お客さまには)今さら訊かれへん」とおっしゃるのです。。。 持ち主さまに確認するのが、いちばん確実だと思うのですが‥‥そこはお付き合いや、先方の気質など、事情があるのでしょう‥‥。 お付き合いが長くなるほど、「いつも通りで」が通じるようになるのでしょうが、これも良し悪しです(笑)。 僕らが経験した例で言うなら、確認がいい加減な業者さんほど、トラブルになる確率は高いように感じます。     

==============================

●二次災害

紋の数が間違っていた!というケースでは、二次災害も起こり得ます。 例えば、「三つ紋やのに、一つしか入ってない」のように、紋の数が足らない場合は、後から足せばいいので、まだ軽傷だと言えます。 が、「三つ紋で注文したのに、五つ入ってる!」となると、厄介です。 既に入っている紋を、消さなければなりません。紋を入れる手法にもよりますが、紋を消すのは、とても手間のかかる仕事になります。 商品によっては、いちど地色を全部抜いて、紋を消してから染め直すことがあります。 具体的に説明しますと‥‥ 色留袖など、袖に絵柄が入っていない品物では、袖のパーツだけ紋の上絵を落とし、さらに地色も抜いて、染め直すことがあります。 すると、紋が入っていた痕跡はキレイに消えてわからなくなります。 が、そこから、地色を元の色に合わせるのが、至難の業なのでして‥‥染め直した地色が、身頃の色と微妙に違うことがあるんです。もちろん、染め直しの際には色をチェックし、同じ色目になるよう調整しているのですが‥‥仕上がりを見ると、差が否めない‥‥(>_<)これは、二次災害です。 紋の数さえ間違っていなければ、こんな大きな問題にはならないのですが‥‥。 納期もないし、費用もかさむし、責任問題で後を引く、イヤ~なパターンです。。。 染め替えで色がキレイに合わない場合、「はき合わせ」という技法で、ぼかしを使って違和感がないように色の調整を行っています。

==============================

●まるで昼ドラのような‥‥

最後に、オマケの体験談をシェアします。 「抱き紋」という紋があります。本来は、胸元に入れる紋を呼ぶらしいのですが‥‥僕らが体験した抱き紋は、紋を新たに作るものでした。 もともとは別々の紋を合体させて、新しいデザインを作るのです。 メインとなる紋の一部に、別の紋を組み入れたり、特徴的なモチーフを、メインの紋に加えたりします(ルールはありません)。 過去に一度だけ体験したのですが、ある抱き紋のご注文。 何気なく、「これはどういう紋なん?」と仲介者さんにお尋ねしたところ‥‥ 注文された女性は、いわゆる「叶わぬ恋」をされていたようです。いっしょになることは無理だけど、この紋を入れることで「あなたのお傍にいます」という気持ちを密かに表現したい、とのこと。 持ち主さまが、隠さずに事情を話してくださったからこそ、明らかになった背景です。 社会的にはNGな関係かもしれませんが、略奪するでもなく、紋の中だけで、とは!慎ましやかで、ドラマのような、演歌の歌詞のような話やなぁ~!と思いました。※今、脳内では、テレサ・テンが流れています(笑)。 トラブルでなくても、紋にはいろんなストーリーがあるものですね!

2021年03月29日

凛マガジン(かけはぎ)

●竹ひご、針●火の粉!●展示会場で●絶対に踏むな!●かけつぎ(かけはぎ)って

==============================

●竹ひご、針

かけつぎ(かけはぎ)について解説しております。今回はその中でも、業界内、商品が売れるまでにかけつぎが必要になる事例をご紹介していきます。
かけつぎは、具体的には生地の織り糸が切れてしまったり、繊維の損傷で穴が空いた場合に使います 糸が切れる、穴が空くと言ってもいろんなケースがありますので、具体的にご紹介していきましょう 事例としていちばん多いのは、染色工程中、および染色後の「穴」です。曳き染めや、洗い張りを行う際、「伸子(しんし)」と呼ばれる道具を使うことがよくあります。 等間隔に、針のように先の尖った竹ひごが配置されています。この針状の部分に生地のミミを取り付け、生地をピーンと張るのに使います。 ところが、この竹ひごが年代物になると、使い込まれて先端が丸くなってきます。 竹ひごが尖っていないと、生地に穴が空いてしまうことがあります。また、竹ひごとの接触部分に摩擦があると、繊維が損傷を受けたり、糸が切れていることもあります。 こうなると、そのままでは修復できません。かけつぎで直します。

==============================

●火の粉! ち

ょっとショッキングな事例もあります。 染色工程の後、乾燥させるために「天火(テンピ)」と呼ばれる設備を使って乾燥させることがあります。 大型の機械で、イメージとしては家庭用のグリルコンロに近いです。 本体にローラーが付いていて、染めた生地が流れていきます。そこへ、上からガス熱で、染料を乾燥させる仕組みになっています。 ところが、定期的に掃除をしないと、天火本体やローラーにホコリが溜まります。運が悪いとホコリに引火して、火の粉が落ちてくる、ということがあるんです! 火の粉で穴が空いた商品を、かけつぎ補正したことがあります。

==============================

●展示会場で

和服に関心がある方なら、大規模な展示会や見本市に行かれたことがあるのではないでしょうか。 信じられないほど多くの品物が、広い会場にビッシリ展示されています。 あれにはカラクリがありまして‥‥ 少しでも品揃えを増やして、売り場を派手に見せるために、自社の商品だけでなく、問屋さんや取引先から品物を借りてきて、品数を「カサ増し」しているんですね。 なので会場は、畳の上にも商品がドッサリ積まれています。販売員さんは、売れそうな雰囲気になると躍起になり、会場を走り回って対応します。これ、要注意!! 仮絵羽や反物には、製造元や流通がわかるように、生産工程、問屋さん、小売店さんなどが付ける「札」があります。 だいたい付ける場所は決まっているのですが、床(畳)に積まれた商品から、札だけがピョコッと飛び出していることがよくあります。 その札に気づかず、うっかり踏んでしまうと‥‥札を留めた糸が引っ張られ、ミミに穴が空いたり、裂けたりすることがあるんです(泣)。 ちなみに、「札踏み」の事故は、圧倒的に仮絵羽が多いです。 悲しいのは‥‥踏まれて難が出た商品は、売れたわけではありません。在庫として床に積まれていただけです。 お願いをして、貸してもらった品物かもしれません。札を踏んだ犯人も、誰かわかりません。

==============================

●絶対に踏むな!

これがもし、借りた商品であれば‥‥貸した側は、自社の品物が難モノになって返ってくるわけですから、殺生な話です。 踏んだ時に気づくことは、ほぼ100%ないですから、裂けた状態でしばらく放置されてしまいます。 加えて‥‥展示会は全国をツアーのように回ることが多いのです。 長期間貸していて、戻ってきたら難がある!という感じで発覚することは、よくあります(これは穴に限らず、汚れやシミ、紫外線による褪色も多いです)。 余談ですが、凛の2人、独立前は呉服の製造や販売に関わる仕事もやっていました。当時は、展示会場へもよく出向きました。 見本市や展示会のお手伝いに行くときは、当時の親方から、「現場がどんだけ散らかってても、札だけは、絶対に踏むな!」と言われていました。 品物を大切にしないといけない、という意味で遵守していましたが、その真意を今、地直しの仕事で実感しています。 補正コストは、誰が負担するか?でトラブることもありますが、穴が空いたり裂けていれば、かけつぎで補修します。

==============================

●かけつぎって

かけつぎは、大きく分けて2段階で行います。 1.生地の目を整える2.留める(糸掛け) スゴ技職人さんが登場するテレビ番組などで取り上げられるのは、この「2」の工程ですね。 地味な工程ですが、糸掛けの前、生地の目を整えることは大切です。これによって、「穴もどき」が見つかることもあります。 穴が空いているように見えるのですが、よく見ると、織糸が本来の位置からズレてしまい、「穴が空いているように見えるだけ」という症状です。 これはいわゆる、「スリップ」と呼ばれる現象です。スリップだけなら、繊維の損傷はありませんから、かけつぎをしなくても直ります。

2021年04月25日

凛マガジン(末広)

「末広」の悲劇

●品物がやってくるルート

●見た目と実際は違う

●スリップと道具たち

==============================

●「末広」の悲劇

一般の方からのご相談・ご依頼で、かけつぎ(かけはぎ))が必要となる事例をご紹介します。案件の数で言うと、いちばん多いのは、扇子による「ささくれ」や、糸の引きつれです。 和装に慣れている方ならご存じでしょうが、正装で、ご挨拶を伴うシーンでは、夏でなくても扇子(正装用の扇子を特に『末広(すえひろ)』と呼びます)を携えることになっています。 末広は、帯と帯揚げの間に入れることになっています。そして、ご挨拶の際に取り出し、相手との間に置いて使います。※ちなみにこれは、相手との間に「結界」を作り、「相手様より一段低い位置からご挨拶させていただきます」という意味があるそうです。 ご挨拶が終わったら、また帯の間にしまいます。ご挨拶が多いと、何度も出し入れすることになります。 「帯と帯揚げの間」にしまう、と書きましたが、実際は「きものと帯の間」に入ってしまうので、きものがささくれたり、糸が引けたりします。 扇子には竹が使われているので、その竹の凹凸が生地や帯に引っかかって、ささくれ状のキズになったり、重症になると帯やきものの糸が引きつれたり、引っ張られて表に出てくることもあります。

==============================

●品物がやってくるルート

着用時のトラブルで、難が出た場合、持ち主さまの多くは、商品を買われたお店に持ち込まれます。そこから、商品が仕入れられた問屋さん→メーカーさん と、流通ルートを逆行して凛にやってくることが多いです。小売店さん、問屋さん、メーカーさんは、取次はしてくれますが、補正方法の判断はされないことがほとんどです。 間に入ってくださるお店や業者さんが多いと、正確な聞き取りができていないこともありますが、現物を検品しているとだいたいの経緯が推測できます。 検品結果をもとに、症状や補正方法をご説明することにしています。

==============================

●見た目と実際は違う

かけつぎが必要な難にも、程度が様々でして‥‥見た目が悲劇的なもの、見た目の割には軽傷で、綺麗になるもの‥‥など、いろいろです。 かけつぎの例で言いますと、ササクレや糸が引けているものから、L字型に生地が裂けてしまっているものまで、いろいろです。 ここでお伝えしたいのは、見た目と症状の程度は、必ずしも一致しないということです。見た目が無残だと、もう直らないのでは?!とショックですが、見た目の割に、打つ手はある!ということもあります(中には、そうじゃないこともありますが‥‥)。 逆に、こんな小さい範囲だから‥‥と軽傷に見えるものが、面積は小さくてもどうしても痕跡が消えなかったり、完全に消すことは難しい、となることもあります。 いずれにせよ、違和感を解消し、コストもできるだけかからないように考えて、お客さまのご要望に応じた提案を差し上げるようにしていますので、お気軽にご相談ください。

==============================

●スリップと道具たち

前回でも少し触れましたが、見た目には生地が裂けているのに、実際は生地に損傷がないことがあります。これは「スリップ」と呼ばれる現象で、生地の目が開いてしまい、裂けたように見える症状です。 実際には裂けているのではなく、織り目が整っていないだけなので、丁寧に糸の位置を戻していきます。 品物にもよりますが、大変細かい作業になります。生地の目の乱れを正確に把握するために、品物のウラからライトを当てて、生地目を見て行きます。 品物の厚みや色によって、やり方も変わります。色目が薄い品物は、下に黒や濃い色の紙を敷いて、コントラストをハッキリさせて検品します。逆に、濃い色の品物は、淡い色やアイボリーのような、薄めの色を背景にします。 特殊な道具も使います。もともとは専用具ではなく、ピースガン(液体を噴射するのに使う、電動の霧吹きみたいなもの)です。 ピースガンには、噴霧口の口径がたくさんあります。そのなかでいちばん細いものは、先端が針のように細くて、長い「芯」が入っています。この芯が針状で、織糸を動かすのに便利なのです。 ピースガン本来の噴霧はしませんが、応用して、織糸の位置を直しています。 これとは別に、生地の目を直す専用具もあります。ところがこの道具、20年ほど前はメーカーさんが複数あったのですが、廃業されるところが増え、今は一社しかありません(涙)。 商品の裏からライトを当てるのには、ホームセンターなどで売られている、拡大鏡とライトが一体型になった机上型(と言うのでしょうか? 机の上に置いて使うタイプのものです)を使っています。 細かい作業になるほど、道具や方法を工夫する必要があるのですが、専用の道具が絶滅危惧種になっていることがあります。 道具の職人さんの、後継者不足や廃業問題が大きな懸念材料になっています。市場から消えた道具は、代用品を見つけるか、既製品に手を加えて手作りするなど、別な工夫が必要になります。

2021年06月30日

凛マガジン(湿気が原因)

●湿気が原因で

●濡れてないのに?

●表と裏

●直し方

●この季節の注意事項

●防ぐには

==============================

●湿気が原因で

カビ以外で多い、湿気の影響は、ズバリ「縮み」です。毎年、この季節になると増える案件です。 まず最初にお断りしておきますが、縮みは、品物によって非常に差があります。 今日は極端な例をご紹介しますが、すべての品物に同じ症状が出るわけではありませんので、その点、ご承知おきください。 さて、縮みと言えば、外せないのが縮緬(ちりめん)─中でも「古代縮緬」や「鬼シボ」でしょう。 糸の撚りの強さと織り方の特徴によって、縮むと、生地巾が半分以下(!)になってしまいます。 今年に入ってからも、すでに数件、縮緬の縮み難をお預かりしています。

==============================

●濡れてないのに?

湿気の多い季節に多いのが「雨の日に着てないのに、縮んでる!」というご相談です。 前述の強撚糸の品物は特に、室内で着用しただけなのに、湿気で縮むことがあるのです。全体に縮んでいるので、パッと見てもわかりにくいです。 袷だと、表生地だけが縮んで、裏地(=八掛)はそのままです。なので、八掛が裾からチラリと見えたり、伸びたように見えることがあります。 「裏地が伸びてきたから、直して欲しい」というご依頼もあります(実際は、表が縮んでいるのですが)。 実は縮みは、着用中だけでなく、仕立てる前・売れる前にも起こるんです。 売れる前のきもの(=反物)と、それに合わせる八掛をセットにして、二枚重ねでクルクルと巻いておくことがあります。 「このきものに、この八掛を付けると素敵ですよ!」と、色合わせを見てもらうために、重ねて巻いた状態で店頭に展示されることもあります。 ところが、表生地が縮緬で、八掛が縮まない素材だと、重ねて巻いた状態でも、表生地だけ縮むことがあります。 巻いてありますから、湿気に触れやすい外側は縮みがひどく、芯に近い部分は影響を受けません。 業界では、このような状態を「出ベソ」と呼んでいます(笑)。巻いた状態で、中心が出っ張っているからです。 こういう別名があるということは、メチャクチャ珍しい症状ではない、ということなんです‥‥。

==============================

●表と裏

「表生地だけが縮む」という難は、縮緬類ではよくあるのですが、これが部分的に発生することがあります。 多いのは‥‥ 湿気の多い日に、地面から湿気をもらって、足元近くだけが縮む、雨は上がっていたけど、水たまりや泥はねで、後身頃の腰から下だけが縮む‥‥ などです。 こちらも、袷の場合、表生地だけに影響が出て、しかも部分的な縮みなので、後身頃の中央部分だけが引っ張られたような感じになります。

==============================

●直し方

縮んでしまった品物は、ザックリ言うと「加熱と引っ張り」で直します。やり方は複数ありますが、引っ張りながらコテを当てる、というのが主流かと思います。 ただしこれには、一筋縄では行かない事情がありまして‥‥ コテを当てながら引っ張って、元の寸法まで伸ばせた、としても‥‥繊維の形状記憶性質で、ある程度はまた、戻って(=縮んで)しまうんです。 なので、「戻りを想定して、多めに伸ばす」ことが必要になります。 手前みそですが、これは経験と感覚がモノを言う作業です。品物の織り方や特性によって、戻ろうとする力や程度が異なります。それを見込んで、引っ張り加減やコテの当て方を調整しています。 ちなみにですが、完全に直したければ、仕立てをほどいて補正した方が良いと思います。 仕立てをほどかなくても改善はできますが、縮みが仕立ての内側にも出ている場合は、ほどかずに直すのは厳しいです。

==============================

●この季節の注意事項

このメルマガで、たびたび陰干しを推奨しています。が、この季節に限っては注意が必要です。 縮みやすい品物は、とにかく湿気を吸うと顕著に縮みます。湿気の多い季節には、着用どころか、タンスから出さない方がいい、という場合もあります。 もし出されるなら、カラッと晴れた、湿度の少ない日に限ります。※あくまでも「縮みやすい品物」のお話です。 昔から、和服には桐たんすが良いと言われます。これは桐が、湿気を含んで膨張し、タンスの密封性を高めてくれるからです。 僕ら地直し職人の仕事にも、湿気は影響します。 たとえば、コテを使う前に霧を吹くことがあるのですが、湿気が多い季節は、霧吹きが要らなかったりします。 また、水に濡らす加工の場合、作業が終わって干しても乾きが遅く、朝干したのに夕方になっても「まだ湿気てるやん!」で、次の工程に進めないこともあります。

==============================

●防ぐには

縮みを軽減するために、作り手も工夫しています。 訪問着などで「共八掛(ともはっかけ)」と言って、表地と八掛を同じ素材で揃えた商品が出ています。これだと、仮に縮んでも、縮む程度が同じなので目立ちにくく、補正もしやすいのです。 とは言え、共八掛が付けられるのは、ごく一部の品物です。だいたいは、八掛は別の生地で作られていますので、縮み対策が必要です。※再度申し上げますが、「縮みやすい品物」の場合です。 余談ですが、逆パターンで「八掛だけが縮む」ということもあります。 八掛の縮みは、表生地が内側から引っ張られ、裾がフワーンと浮いたように見えます。 過去の湿気関係の話題でもご紹介していますが、縮みを防ぐには、ガード加工がいちばんお薦めです。 特に、今からお仕立てのご予定がある方は、仕立てる前にガード加工をしておかれると良いと思います。

2021年06月28日

凛マガジン(生地難)

●「生地難」て何?!

●糸づくりと生地織り

●製糸工程

●見た目ではわからない

●お蚕さんの

‥‥ ==============================

●「生地難」て何?!

生地難を取り上げようと思ったのには、3つ背景があります。
まず1つ目。生地難と呼ばれても、「これも生地難になるのん?!」と考え込んでしまうようなご相談が、かなりの頻度でやってくること。 2つ目。そもそも生地難は、一般消費者さまの目に触れる機会がなく、知られざる事実(!)として、お伝えしたいな~と思ったこと。 生地難は文字通り、生地を織る工程、またはその後処理で生じるもので、補正されたものが商品になります。生地難が出ても、出荷時にはキレイに補正されているのです。 つまり、店頭に並んでいる反物を見て、生地難がキレイに補正された商品だということはわからないのです。 ※もし、生地難が消費者さまの目に留まることがあるとすれば‥‥難が見過ごされたまま製品化→販売され、売れてから発覚した、というレアケースになるでしょう‥‥。 そして3つ目。生地難の症状や原因となる要素が、実に多種多様であることです。過去にも何度か、生地難に関連するネタをお届けしたことがあるのですが、今回はもっと包括的に、原因や症状について詳しく解説したいと思います。なので、連載になります!(笑)

==============================

●糸づくりと生地織り

きものづくりは、生地が織られる前、製糸工程からスタートします。この製糸の段階で、生地難の原因になるトラブルがあり、生地が織り上がってから発覚することがよくあります。 製糸段階のトラブルにもいくつか種類がありますが‥‥ざっくり言うと、形状の問題(節が目立つ、太さが不揃いなど)と、混入物に分けられると思います。 これらは、織工程で生じることもありますが、製糸工程で生じるものについて解説します。

==============================

●製糸工程

製糸工程で生じたトラブルが、生地が織り上がった後に見つかることはよくあります。中でも多いのは、混入物だと思います。 ウソみたいですが、頻繁にあるのが、髪の毛の混入です(!)地直し職人的には、とても奥深い症状です。同じ髪の毛でも、太さや質、取り除くときの難易度が、全然違うからです。 ご存じの通り、生糸はお蚕さんから採られます。繭をお湯の中に入れて、細~い蚕糸を数本束ねたものが、1本の生糸になるのですが‥‥この作業中に、髪の毛が入ってしまうことがあります。 糸の種類にもよりますが、多くの場合、束ねた生糸は撚りがかかっています。すると、混入している髪の毛が、らせん階段のようにクルクルと絡まっています。

==============================

●見た目ではわからない

混入した髪の毛は、丁寧にピンセットで取り除くのですが‥‥本当に人によって髪質が全然違っていて、予測が完全に当たることはありません。 しっかりとした黒髪で、すぐに取れるかと思いきや、つまんだ瞬間に切れてしまったり、細くて柔らかそうでも、スルスル~~ッ!と、気持ちよく抜けてくれることもあります。 職人さんには、男性も女性も居ます。年齢は‥‥高齢化が進んでいる仕事なので、高めの方が多いとは思います。が、それにしても髪質は千差万別です。 修業時代に親方連中の仕事をたくさん見てきましたが、毛髪除去は、ベテランの職人さんでも予測が当たっていませんでした。 見た目と難易度の因果関係がわからず、「これは年寄りやな。年取ったら、髪もパサパサになってすぐ切れるんやな!」なんて冗談を飛ばしていたものです。パーマやヘアカラーをされていて、ダメージで毛質がもろくなってるのかな?と思うこともあります。 ピンセットは、先端が超~細くなった、特殊なものを使っています。ドイツ製で、結構イイお値段でした。おそらく、医療用だと思います。 混入した髪の毛をつまんで引っ張るのですが、先述したように撚りがかかった糸だと、簡単に抜けないことが多いです。そういう時は、ピンセットの先端を使って、絡みついた毛髪を分断します。これで少し抜けやすくなります。それでも難しい場合は、薬品と超音波洗浄機を使って、粉砕された毛髪を叩き出します。

==============================

●お蚕さんの‥‥

もうひとつ混入物で多いのは、繭の残骸です。お湯の中でほぐされた繭ですが、もとはお蚕さんのお家です。汚れやフンが混ざっていることがあります。 糸の最初や最後の部分は汚れが多いので、束ねる前に除外するのですが、それでも入り込むことがあります。 本当に小さな点にしか見えないので、本当に繭の汚れかどうかわからないこともありますが‥‥ピンセットで取り除きます。

2021年08月31日

凛マガジン(難にもグレードがある)

●難にもグレードがある

●生地難と、きものの色

●難を隠す加工

●ちょっと、イイ話

==============================

●難にもグレードがある

「難は、重症度や目立ちやすさによって、グレードに分けられる」のです。 通常、難があれば「B反(びーたん)」という降格扱いになります。ただ、そのB反にもランクがあるのです。業界でよく言われるのが、「AB反(えーびーたん)」。ややこしいですが、B反の中でもいちばん上位ランクで、「難と判別されるかどうかわからない」という微妙なものも含まれます。 商品にする際、難のある場所が断ち合わせなどで回避できることがわかれば、ランクは上がります。逆に、どんな方法でも痕跡が残り、断ち合わせでも回避できない場合は、「B反」扱いです。 難のグレードとはどういうものか、それがわかる実例をご紹介します。

==============================

●生地難と、きものの色

糸の汚れなどで、一部織糸が黒くなっている生地があったとしましょう。まだ染める前──白生地なので、色が違うとよく目立ちます。 この黒っぽい汚れが、何をやっても落ちなければ、生地難になります。ですが、今はまだ白生地の段階。この生地からどんな品物を作るのか──それ次第では、まったく問題なく販売できるかもしれません。 回避策のひとつとして、前号で「断ち合わせ」という、パーツのレイアウト変更を紹介しました。他にも、方法はあります。 たとえば、この生地で喪服を作ったら‥‥真っ黒に染めるので、黒い汚れはまったくわからなくなるでしょう。 ということは‥‥難があっても、わからなくなるような色に染めたり、隠れるような加工を施すことで、難もの扱いをせずに済むのです。

==============================

●難を隠す加工

地色が白っぽかったり、淡い色だと、染め色で難を隠すのは難しくなります。しかし、難のある位置に、絵柄が入る品物なら、絵柄の色で隠すことができます。 無理やり絵柄を置くのは不自然ですし、難を隠すために部分的な加工を施すと、かえって浮いて見えます。ただし、明るい緑色の葉っぱを、全体のバランスを見て、何割かは濃い緑にする‥‥といった方法は自然に使えますし、珍しくありません。 金加工のある品物なら、金加工の場所を増やして、目立たなくすることもできます。 あくまでも、絵柄の流れの中で、自然に見せることが原則です。 また、織目が段になったり、凹凸が出るような生地難は、染めや絵柄では消せません。織りキズがあると、染めた後に余計に目立つこともあります。これが、裁ち合わせなどの方法で回避できない場合は、「B反」となります。

==============================

●ちょっと、イイ話

最後に、最近では聞かなくなった、古き良き時代のお話をご紹介します。 現在は引退されている先輩方が現役だった時代ですから‥‥昭和30~40年代ごろでしょうか。 呉服市場はバブル期で、高級なきものがよく売れていました。 今なら女性蔑視と言われるかもしれませんが、当時は、「花嫁修業」という言葉が一般的に使われていました。独身女性のたしなみとして、茶道や華道の教室に通っている方が多かったのです。 茶道も華道も、和装は必須です。発表会などで、門下生がお揃いのきものを着用することもあります。そして、先生方は呉服の知識が豊富で、目利きのできる方が大勢いらっしゃいました。呉服屋さんは、茶道華道の先生方と交流があり、定期的に教室や先生のお宅を訪問していました。 先生方も、「この日は呉服屋さんが来てくれるから、きものの相談がある人はいらっしゃい」と門下生に声をかけて、注文やお手入れ相談などの取りまとめをするのが当たり前でした。 先生方は「信頼できる仕切り役」であり、その発言や指示に逆らう生徒さんはほとんど居ませんでした。 つまり、呉服関係者にとって、華道茶道の先生・生徒さん方は、最高ランクの上客だったのです。 難モノの話に戻りますが‥‥お茶もお花も、お稽古で着るのであれば、難ありでもまったく支障ありません。そして、難があるので、価格はグーンとお得になります。 呉服屋さんの営業は、そうした事情を把握していました。で、華道茶道関係の営業には、生地難のある品物も持参していたのです。 先生方は「お稽古で着るんやったら、これで十分やわ。この生地で作りましょう」のように、難モノでも商談がまとまったのです。 呉服屋さんは商品が売れて喜び、先生や生徒さんは通常より安くきものが買えて喜ぶ──「WIN×WIN」の関係が成立したのです。 現在は、このような話はほとんど聞かなくなりました。原因はいくつかあります。 1.お茶・お花を習う人口が減っている2.呉服に詳しく、目利きのできる先生方が減っている3.先生方と門下生の関係性も変わり「先生から着物を買わされそう  になるので、イヤ」と思う生徒さんが増えている(笑) などです。 ちょっと淋しいお話ですが、今でも工夫して難モノを活用される消費者さまも、非常に少ないですがいらっしゃいます。 そういう方々のお役に立つ情報も、地道に発信していければ良いなぁ~と思います。

2021年09月28日

凛マガジン(機場)

●メーカーと機場(はたば)

●白生地完成後の、難モノ

●生地の長さについて

●「同練り」について

●三丈もん・四反取り

●「サシが当てられる」

【オマケ】問屋さんの「いま・むかし」

==============================

●メーカーと機場(はたば) きものづくりの最初は、糸。次に、その糸を使って、織り工程へ移ります。 製糸および織りの工程で出た難が、生地難となることが多いです。そして、その難にもグレードがあり、商品化できる可能性が高ければ、難モノであってもグレードが高くなる‥‥というお話を、前号でもしました。 そもそも白生地は、生地メーカーさんが作っていると思われる方が多いでしょうが、厳密にはちょっと違います。 日本には、丹後や長浜など、有名な織物産地がありますよね。多くのメーカーさんは、各地の織物工場(=機場・はたば)に外注して、生地を生産しているパターンが多いです。 中には、大手で産地に機場を構えている場合もあります。が、よほど生産量も売上も多くなければ、作ってもさばききれません。外注が多数だと思います。 機場とメーカーの関係は、自動車製造に似たところがあります。メーカーの下請けで部品などの製造を担う工場が、機場に相当します。 「お抱え」的に、ほぼ1社のみの受注で生産するところ、掛け持ちで何社かの注文を受けるところ、繁忙期にスポットで仕事を請ける「出機(でばた)」‥‥など、機場のあり方も様々です。 掛け持ちで生地を作る機場は、注文をもらうメーカーさんの特色や要望を把握しています。機械の設定や仕上がりをメーカーさんの特色に合わせ、ニーズに応じた製品づくりをされています。 メーカーさんは、自社のニーズを理解して、良い品物を作ってくれる機場に外注します。メーカーのニーズや品質に合う技術やノウハウを持っているのは、機場の方が多いと思います(もちろん、メーカーさんにも知識やノウハウが豊富な人材はいらっしゃいますが)。

==============================

●白生地完成後の、難モノ

機場から納品された白生地は、通常(=難のないもの)だと、1.メーカーから問屋さんが買う2.メーカーが悉皆屋さんに外注して商品化するなどの経路で流通し、商品になっていきます。 ですが、難がある場合は、ちょっと違います。 まず、織り上がった白生地は、産地(機場)で検品を受けます。次に、生地メーカーが、売先に納品する前にも検品します。 余談になりますが‥‥白生地段階で難を見つけるのは、至難の業です。なぜなら、全部が白くて、目立たないからです。 それでも、納品前に難が見つかることがあります。難あり品なので、正反とは別にされて、流通ルートに乗ります。

==============================

●生地の長さについて

生地難や流通の話から少し逸れてしまいますが‥‥予備知識を2つ、投入します!(笑) まず1つ目は、反物の長さについて。 反物は、同じ「一反」でも、種類によって生地の長さが違います。 「三丈物・四丈物」と呼ばれる反物があります。標準アクセントでは「さんじょうもの・よじょうもの」と言いますが、僕らは「三丈もん、四丈もん」と発音しています。 三丈もんは、一般的な仕立てで使われます。 四丈もんは、訪問着、留袖、色留袖、喪服‥‥あとは、いわゆる「エエもん」に使われることが多いです。三丈もんに比べると作られる数が少なく、加工できる設備も限られてきます。 四丈もんが三丈もんより一丈(=十尺)長いのは、「共八掛(ともはっかけ)」と呼ばれる、表生地と八掛を同じ生地で仕立てるためです。 同じ生地で八掛を作ると、表と裏のつり合いが良く、どちらか一方が伸びた・縮んだなどのトラブルも回避することができます。

==============================

●「同練り」について そして2つ目。 白生地が完成すると、「精錬」という、反物を釜に入れて不純物を落とす工程を通ります。 精錬では、原則「四反単位で、いっしょに釜に入れる」ということになっています。釜の大きさから、四反がちょうど良いのでしょう。 同じ釜で練らないと、たとえば染料のノリが違うなど、後工程で仕上がりに差が出ることがあるため、注意が必要です。 同じ釜で練った品物は、「同練り(どうねり)」と呼ばれます。同練りの製品が区別できるよう、「練り番号」と呼ばれるロット番号が振られます。

==============================

●三丈もん・四反取り さて、やっと本題に戻ります 「三丈もん・四反取り(さんじょうもん・よんたんどり)」という用語があります。 「同練り」の制約内で、難モノを上手に活用することができる工夫です。 三丈もん・四反取りでは、正反x3反と、難あり1反の合計4反を同練りにします。 正反3反で、きものを仕立て、難モノ1反で、3着分の八掛を作るのです。 八掛は表に出ませんし、ハサミを入れる箇所も多くなります。多少難があっても、回避できる可能性が高くなります。

==============================

●「サシが当てられる」 もうひとつ‥‥ 呉服の知識量や技術を示す、独特の表現をご紹介します。それは「サシを当てる」です。 文字通りに解釈すれば、定規で寸法を測ることなのですが、呉服や仕立てに関しては違う意味があります。 たとえば、「サシが当てられる人」という言い方をします。これは、呉服の知識があって、反物を見れば、パーツの取り合いや絵柄の位置など、きものの完成予想図が描ける人のことです。 生地難で、反物にキズがあった場合も、「サシが当てられる人」であれば、現物を見て、キズの位置を計測し、「これなら、断ち合わせで難が回避できるな」と判断ができるのです。 そして現在「サシが当てられる人」は減っています。

==============================

【オマケ】問屋さんの「いま・むかし」 最後に、問屋さんに関するイイ話・ウラ話をご紹介します。 1.作家を応援 昔の問屋さんには、作家さんを応援する活動が見られました。 才能はあるけど、世に出ていない作家さんを発掘し、「生地はウチが買うから、先生らしい、独創的な作品を作ってください」と、「パトロン」になることがあったのです。 残念ながら今は、問屋さんの財力も、呉服の売上も落ちているので、こういう話は聞かなくなりましたが‥‥。 2.後発品 ある品物が売れて人気が出ると、しばらくして、よく似た商品が(多くは、オリジナルより安価で)出回ることがあります。 これには、問屋さんが関係していることが多いです。 問屋さんは、流通や販売ルートに詳しい仕事です。商品が多く集まる場所に出入りしていて、他社製品をチェックできる機会も多いです。展示会などで、売れ筋商品を観察して、「ウチも同じようなやつ、やってみよう!」となるわけです。 さすがに同じルート、同じ販売先に出すとマズいですから他社製品とバッティングしないよう、うま~く工夫して、利益を上げる、みたいな感じです。

2021年10月28日

凛マガジン(難にも色々)

●難のいろいろ

●B反は誰が買うの?

●補正するか、しないか

●生地屋さんの特色と「仲間」

●前職のメリット

==============================

今年はコロナでお出かけの機会も減り、単衣(ひとえ)のきものを持っていても、着用しなかった方も多いのではないのでしょうか。着る機会がないのは残念ですが、仕方がありません。 ただ、タンスに入れっぱなしで、あとからもっと残念な結果になるのだけは避けましょう!お時間のあるときにタンスを開けて、全体を見てあげる、カラッと晴れた日に、日の当たらない部屋で陰干しをするなど、ひと手間かけてあげましょう。

==============================

●難のいろいろ

いわゆるB反、難の出る原因や経緯、流通について連載でお届けしています。 難には、白生地段階で出たもの(生地難)、白生地が完成し、染めなどの加工中にB反になるものと、商品の完成段階によって種類があります。 生地難は、発生が白生地段階なので見つけにくく、染めや他の加工が終わってから気づかれることがよくあります。工程が進むほど、補正に手間がかかったり、悪ければ補正不可能になることもあります。 一方で、白生地段階で見つけることができれば、難の影響を受けないように工夫することができます。 染めなど、生産工程中の難も、難の種類や場所によっては、難が表に出ないようにすることは可能です。

==============================

●B反は誰が買うの?

前号で触れましたが、機場から納品された白生地に難モノが混ざっていた場合、正反では販売できないので、生地メーカーさんの倉庫に保管されます。それがある程度たまってきて、まとめて売られることがあります。 誰が買うのか?──難の影響を受けないようなアレンジができる、生地や生産工程に関する知識があり、難を回避するノウハウを持っている人たちです。 以前書いたように、小紋にする、難が目立たないような絵柄を入れるなど、「この場所にこんな難がある→だったら、こうすれば良い」という対策ができれば、B反は大変お買い得になります。

==============================

●補正するか、しないか

凛にも、生地難や加工途中の難の相談がたくさんあります。ただ、補正をするかどうかは、ぶっちゃけコスト次第です。 たとえば、生産工程で難が出てしまった品物で、生地代で1万円、染色の加工賃で1万円かかったとします。 検品すると、難を補正するのに5千円かかるとわかりました。ここまでのコストと、補正にかかる費用を合わせて、2万5千円。 問題は、この品物がいくらで販売されるか? です。 高級品で、数十万~百万ぐらいで売られる品物であれば、5千円と言わず、補正に数万円かかかったとしても、ちゃんと補正して品物を完成させた方が利益になります(ただし、中途半端な補正は逆効果。あくまでも、確実に補正ができる難の場合です)。 補正コストを上乗せして、利益がマイナスになるのなら、補正はせず、販売も諦める──損失を最小限に抑える選択をした方が賢明、ということになります。

==============================

●生地屋さんの特色と「仲間」 白生地を作るメーカーさん、各社の特色といってもピンと来ないかも知れませんが‥‥会社の規模や知名度とは別に、メーカーさんごとの個性というか、特色があるんです。 メーカーさん同士は、ライバル関係である一方、互助・協力の関係もあります(ネットワークの機能があり、業界でいう「仲間」です)。 なので、難についても、この仲間ネットワークで解決することがあります。 ある難モノに関して、「ウチは対応できひんけど、Aさんやったら商品にできるんと違う?」と、内部流通で対応されることがあるのです。 難モノを抱える側は商品が売れますし、買う方は手間はかかるけど安く仕入れられるので、持ちつ持たれつになるわけです。 ==============================

●前職のメリット

やや自画自賛になりますが 地直しの仕事では、凛の前職が役立っている点があります。 凛の2人が独立する前のキャリアは、生地屋、悉皆屋、販売など、同じ呉服業界ですが、違う職業を経験してきました。 なので、前述した各生地メーカーさんの特色は、把握しています。 お預かりした商品がどこに納品されるのか、確認させてもらうことがよくあります。 最初は、「なんでそんなこと訊くの?」と言われたこともありましたが‥‥ 納品先を訊く理由は、僕らが先方の検品の基準、好みなどを把握していて、それに合う加工をして差し上げたいからです。 今では、それがきっかけでご依頼をいただくことも多いです。 こちらも、コストの話になってしまいますが‥‥要は、納品先がシビアに検品しないポイントなら、さほど丁寧に直す必要はない、ということです。 逆に、納品先の特色によっては、「これ、難になるの?」というようなものでも、検品でハネられることがあります。作り手が、難でないと断言しても、関係ありません。 「この難は、直さずに諦めた方がいいです。○○さん(=納品先)は、こういうところはキッチリ見るから」確信があれば、このようにハッキリ申し上げます。 納品先の特色に合わせてお見積りを出しているので、補正コストを最小限に抑えられ、お得感があるのかと思います。

 

2021年11月30日

凛マガジン(友禅のマスト工程)

●友禅のマスト工程●糸目を時短にするために‥‥●もどきのはずが‥‥贅沢品に●近代以降の代用技術●新素材によるもどき●先端技術とコラボ●二極化と楽しみ方==============================●友禅のマスト工程 いわゆる「手描き友禅」には、15前後の工程数があると言われています。それぞれ専門の職人さんが、工程を担っています。そして、悉皆屋さんが職人さんたちの工房を回って、制作を進めていきます。 もちろんどの工程も、高い技術力と経験を必要とするのですが‥‥友禅ならではのマストな工程のひとつに、「糸目(いとめ)」があります。 糸目は、友禅の絵柄の輪郭を縁取る、細~い線のことです。 図案が下書きされた生地の上に、輪郭になる極細の線を描きます。 描くと言っても、染料などで線を描くのではなく、線の部分に染料が入らないように「伏せる」のです。 伏せの素材には、古来はでんぷん糊、現在はゴムや樹脂が使われています。 ペースト状のゴム糊を、ケーキのクリーム飾りのような要領で、極細の絞り口を使って置いていきます。 一着あたり、どのぐらいの糸目があるかは、品物によって変わりますが‥‥ 訪問着一着分だと、ベテランの職人さんでも、1日では作業が完了しないと思います。 ============================== ●糸目を時短にするために‥‥ この糸目を、少しでも生産性を上げる方法はないだろか? という発想が生まれました。 そこで登場したのが、「型糸目(かたいとめ)」と呼ばれる技法です。 前号の鹿子絞りでも、型を使った後発品を紹介しました。同じ発想ですね。 柿渋を使って貼り合わせた和紙に、極細の彫刻刀を使って、糸目の線を切り抜いていきます(柿渋は、強度と防腐のためです)。 型紙を生地の上に置いて、引染めを行うと、型を置いた部分は染まりません。糸目を置いたように仕上がるわけです。 ただし、型紙を作るのには大変な手間と技術が必要です。 1枚彫るのにも時間がかかるうえ、身頃や袖など、パーツによって絵柄が異なる場合は、型紙が何枚も必要になります。 ただ、1つの型で何着も作れる点は、型糸目のメリットでしょう。 印刷物などと同じで、たくさん作るほど生産性・利益率が高くなります。 逆に、作る着分が少ないと、採算が合いません。 ============================== ●もどきのはずが‥‥贅沢品に もともと効率重視で代用品として生まれた技術が、時代を経て伝統工芸になっている背景があります。 主に三重県鈴鹿市で生産されている「伊勢形紙」は、重要無形文化財に指定されており、呉服だけでなく、工芸品や家具にも使われています(漢字表記は「伊勢形紙」「伊勢形紙」の両方あるようです)。 後発品と言っても、室町時代には既に存在していたらしいので、十分、伝統工芸ですよね。 型糸目から発展して、いわゆる「版画の多色刷り」のような技法も生まれました。 使う色の数に合わせて何枚もの型を彫り、型を置き換えて染めていくものです。色の数だけ、染色工程に時間がかかります。 1つの絵柄に、10色以上の色が表現されることもあります。型紙を彫るだけで大変手間がかかりますし、熟練した技術がなければできません。 ひとつ面白いのが、型染めならではの難です。 「型ズレ」と呼ばれるのですが、型紙を置いた位置が微妙にズレた場合に起こり、色がブレたようになります。 古い時代に作られた品物で、型ズレの難を直して欲しいという依頼が、昔は一定数ありました。それがなぜか、最近は依頼がありません。 品物の生産数が落ちているからか、型ズレしないやり方ができたのか、理由はわかりませんが、見かけなくなりました‥‥。 ============================== ●近代以降の代用技術 代用としてスタートしたとは言え、手作業時代の技術は手間も技術も必要で、芸術的価値も非常に高いです。 機械産業主体の時代になって、代用技術の傾向が変わってきました。とにかく、生産性とコストが最優先されます。 近年の量産品で多いのが、いわゆるプリントによる染めです。染料や顔料を、機械で生地に吹き付けて絵柄を出します。 手作業特有の、線の微細な差などがありません。どんなに細い線でも、かすれや途切れがなく、一定に表現できます。 これをキレイと言うか、つまらないと言うかはその方の解釈ですが‥‥同じデザインをミスなく均一に、何着でも生産できます。 ============================== ●新素材によるもどき 本来の糸目は、ゴム糊で輪郭を伏せるのですが、時短を可能にした新素材があります。 そのひとつが「ダック」です。 ダックは、フッ素系の化学薬品で、染料と混ぜることもできます。蒸し工程と組み合わせることで、「伏せ」に代わる役割を果たします。 染まらない性質を利用しているため、「ダック防染(だっくぼうせん)」と呼ばれています。 ダックで糸目をする場合、ダックで糸目を描き、「蒸し」をします。そのあと引染めをすると、ダックの部分は染料をはじいて染まりません。糸目を置いたような仕上がりになります。 ダック防染を使った場合、生地のウラ側から引染めを行います。オモテから行うと、ダックの上に弾かれた染料がムラになるからです。 ============================== ●先端技術とコラボ 最新技術では、呉服の生地にプリントできるコピー機(!)があるそうです。コピー機がどんなものかは、僕らも見たことがなく、知りません。 プリント技術の活用はどんどん進んでいて、短時間での量産、多様な表現を可能にしています。一度に表現できる色数も増えています。 聞いた話ですが、マシンプリントは設計図の作成で使うCADとの連携が可能で、データ入力も時短になっているそうです。 機械を導入する初期費用は高額ですが、その1台で、どんなデザインでも、何着でも生産できるので、長期的にはコストが抑えられるのでしょう。 ============================== ●二極化と楽しみ方 様々な新技術が取り入れられる一方で、全体の1%以下ですが、昔ながらのでんぷん糊で糸目を行う職人さんもいらっしゃいます。 糊糸目は、ゴムや樹脂に比べて固く、取り扱いが難しいことから、ゴム糸目の数倍の時間がかかると言われています。 でんぷん糊には原料によって種類があり、職人さんは材料や調合を変え、手作りされているそうです。 このぐらい細かい話になると、呉服業界でも、知らない人がほとんどです。 このような伝統技法を、マシンプリントと比較することは、無理があるように感じます。 どちらも完成形は呉服ですが、作る目的やニーズが、まったく違うからです。 新しい技術や機械の活用は、僕らはある意味「アリ」だと思っています。 機械や化学薬品を使った技法にも、よく工夫されていると感じる部分があります。 富裕層やコレクターさんは、機械生産の品物には関心がないでしょう。数百万、数千万の品物も、身の丈に合ったお買い物だと思います。 一方で、学生さんが「バイトの給料で買えるきものが欲しい!」と思ってくれるなら、とても喜ばしいことだと思います。 お手頃価格で和装が楽しめるなら、マシンプリントでも、全然オッケーじゃないですか?! 僕らが独立した当初に比べると、新しい技法がどんどん増えています。 しかし呉服業界では、(全員ではありませんが)ベテランさんほど、「これ、手作業と違うやん!」みたいに、ケチを付けたがる人が多いのは、皮肉なことです(笑)。

2021年12月28日

凛マガジン(藍染について)

●藍染めについて

●含有量と表記のナゾ

●天然藍の難点

●衝撃! ある匠の見解

●藍の性質と、世の中の変化
==============================
●藍染めについて

藍染は、古くから使われている染色技法です。 ひと口に「藍染」と言っても、原料になる植物は1つではありません。日本の藍染は、「蓼藍(たであい)」という植物を使うものが主流とされますが、沖縄や北海道など、違う植物を使ったものもありますし、東南アジア、アフリカ、インド、アメリカなど、産地によって原料となる植物は違っています。 藍染の特徴は、植物から出た色で染めるのではない点かと思います。 あの深みのあるブルーを表現するために、とても手間のかかる工程を経ています。 原料となる蓼の葉を育て、収穫したら、 1.刻んで、天日干しにします。道具を使ってひっくり返すなど、均一に乾燥させます。2.せっかく乾燥させたのですが、今度はそれに水を加えます(!)3.水分を加えることで、微生物が活動し、発酵が始まります。発酵中は、「見守り」が必要な期間で、3ヶ月以上かかって、ようやく藍の染料の「素」ができます。4.これに他の成分を混ぜてカメに入れ、さらに発酵させます。 カメに入れた溶液に繊維を浸して、藍染の第一歩となるわけですが‥‥化学染料のように一度で強力染まるものではないので、何日もかけて、何度も染めを繰り返します。 そうしてようやく、「ジャパン・ブルー」が生まれるのです。 原料の植物を育てるところからスタートですが、春ごろに種をまき、収穫が夏。 そこから染料の「素」になるまで、発酵期間が3ヶ月以上!染めが始まっても、何度も繰り返して作業しなければなりません。 「もっと手早く、簡単に染められたら‥‥」というニーズが出てきて当然‥‥ですよね。

==============================

●含有量と表記のナゾ

化学染料が登場してからは、「藍染風」の製品が多く出回るようになっています。 値札を見れば、それが伝統技法の藍を使ったものか、化学染料なのか、わかることもあります。 しかし、簡単に判断できないケースもあります。 というのは‥‥ 流通している製品の多くは化学染料が多用されており、たった1回だけ、藍から採った溶液に通す、みたいなパターンが多くあります。(藍使用 と表記するために)。 天然の藍が少しでも入ると、化学染料のみの染色に比べて、イイお値段かもしれません。また、ラベルには「天然藍使用」と表記があるかもしれません。 植物から採った藍が少しでも使われていれば、「藍」という表記をしても、違法ではありません。なので「天然藍使用」は、100%天然だと思われる方もあるかもしれません。 業界内では、表記について知っている人が多いので、「〇〇使用」で100パーセントだと思う人は、ほぼ居ないと思います。 「〇〇使用」「〇〇風」は、草木染などでもよく使われる表現です。 「玉ネギの皮1枚でも、入ってたら草木染や!」というブラックジョークもあるほどです(笑)。

==============================

●天然藍の難点

昔から、天然藍を使った製品には、「青い色が、他の製品に移った」などのトラブルが大変多いです。 特に、「藍のきものに白い帯を締めたら、帯に青が付いた!」みたいなトラブルは、「藍のアルアル」と言ってもよいです。 むしろ、制作・販売に近い人たちは、「藍は色が移って当たり前」という認識が多数派だと思います。 色移りはよくあるトラブルなのですが、白帯に藍の青が付いた場合、「なんで白い帯なんか締めるねん!」といった反論さえ、聞こえてくることがあるほどです。 天然藍は、厳密には「繊維の内側に染料が浸透している」のではなく、繊維の表面に藍の微粒子が密着している といったイメージが近いかもしれません。 たとえば、新品の藍染の反物が入荷して、反物を持って広げたり、巻き直したりするだけで、手指が青く染まります。 もちろん、染色工程が終われば、飽和した染料を洗い落す工程があります。それでも、激しく色移り・色落ちします。 それが、天然藍の特性なのです。 また、天然藍の「藍色」は、染料そのものの色というより、酸素との接触によって発色する青 です。 だから、反物でも、長時間保管していると、外側と中心部では地色が全然違う!ということも起きますし、仮絵羽仕立てなどは、ほどくと中から全く違う、別の濃い青が出てきます。 化学染料を使うのは、単にコストを下げるだけではなく、取り扱いに神経を遣わずに済みます。 染め上がりの色が気に入ったなら、化学染料の「藍染風」でも、別にいいのではないかと思います。

==============================

●衝撃! ある匠の見解 知り合いに、伝統的な藍染をガッツリ学んできた職人さんがいます。 彼は二代目さんで、先代(お父さま)は、伝統的な藍染技法を国内に広め、管理や流通ルートを整えた、藍染を日本に定着させたと言われている方です。 先代は、藍の色落ちの研究にも熱心で、手間をかけても、なんとか色落ちを留める方法はないかと、ずいぶん試行錯誤を繰り返されたようでした。 残念ながら、先代はもう亡くなられたのですが‥‥ その遺言書に、衝撃的なひと言が書いてあった、と教えてもらいました。 なんと‥‥「本藍は、きものに使わない方がいい」 驚きです!第一人者の見解が、きものに適していない だったとは!! ※厳密には、ここでの「きもの」は、正絹の繊維製品を指しているようです。 生前、藍染したきものの色落ちをなくすため、あれこれ手を尽くしましたが、完全に色落ちをなくすことはできないと結論されたようなのです。 加えて、他への色移りなどのリスクを踏まえると、本藍100%で、色落ちしない製品を作るのは無理だ、と判断されたのかもしれません。(先代さんにはお会いしたことがありませんし、このコメントも遺言の一部ですから、細かい話はわかりませんが‥‥)

==============================

●藍の性質と、世の中の変化

・完全な本藍で作ったきものは、完成品でも触ると手に色が付くし、他の製品に色移りするかもしれない。・長時間タンスで保管していたら、酸素との接触程度に差が出て、一着の中でさえ、色ムラや変色が出ることもある。 こうした不具合を補正したとしても、直した瞬間から、また空気に触れます。何ヶ月、何年後に、どうなるかわかりません。 随時補正していたら、キリがない!というわけです。 また近年、評価基準の変化も「難しさ」を加速させました。 昔は、多少の色ムラや褪色・変色は「天然藍だから、こんなモンや」と、受け容れられていたはずです。 しかし、今は、「一着の中で、色が違うとはどういうことや!」と、大クレームに発展しかねません。 薬剤や技術が発達し、品質の均一化が可能になる一方で、検品の基準が厳しくなり、「味わい」「風合い」といった、フワッとした容認はされなくなっています。 だから、「本藍が好きなら、いろいろなリスクも知って、受け入れた上で本藍を選ぶ」 一方で、「色が気に入ったなら、化学繊維の方が気兼ねなく楽しめるでしょう」という考え方も、「アリ」ではないかと思います。

==============================

2022年01月23日

凛マガジン(成人式)

●令和4年の成人式

●地域性

●今年の特徴

●コロナの影響で

==============================

●令和4年の成人式 年末ごろから、コロナの感染傾向に変化があり、どうなることかと思いましたが‥‥各地で成人式、お祝いの会が開催されました。ほぼ毎年、特に予定がなければ、成人式を見に行っています。式典に参加するわけではありませんが、地元の会場近くまで出かけて、成人の皆さんの装いをチェックします。 成人式は、一度に大勢の(しかも若い方の)和装を見られる絶好のチャンスです。毎回、良いフィールド・ワークになっています。 その年の特徴や変化などを観察してみるのですが‥‥洋服ほどハッキリした特徴でなくても、やはり流行があったり、世相の影響を感じたりします。

==============================

●地域性

成人式の和装で面白いのは、同じ振袖でも地域で特徴が違うという点です。地元の会場で見かけた新成人さんと、テレビで報道される各地の様子を見ると、人気のありそうな絵柄が違っているのです。 ※ヤンチャ系の男性で、紋付袴ではなく、陣羽織を着てる人もテレビで見ましたが、あれは礼装というより、衣装みたいな感じで着ているのかなぁ~という印象ですね‥‥。 では‥‥今年、京都市内の成人式で見た和装について、お伝えします!

==============================

●今年の特徴

今年、京都の成人式の振袖を見渡して、最初に感じたのが、「意外と古典柄が多い!!」でした。前述したように、人気の絵柄には地域性があるようです。成人式の日の夜、テレビを見ていたら(どこの地方かは見逃しましたが)、幾何学模様を着ている人が多い映像が流れていました。 大手のメーカーさんは、全国に同じ商品を流通させることができますが、たとえば地域の小売屋さんや、タウン誌などは、地域差に関係しているかもしれません。 地元のお店のマネキンが着ている振袖とか、「ホッ★ペッパー」のような地域編集のタウン誌を、参考にされる人があるのかもしれません。 あと、品物のグレードで言うなら‥‥いわゆる「エエもん」──高級品が多かったです。 もちろん、レンタルも一定数あるでしょう。しかし、それを見越しても、「これはレンタルではないな!」という、一目で誂え品とわかる品物が、今年は特に目についた気がします。 高級品が多かった点については(こちらも独断と偏見ですが)‥‥コロナ禍で、富裕層の旅行や、お金を使う機会が減っていることが関係しているかも?!と思っています。

==============================

●コロナの影響で もうひとつ、コロナ禍で呉服業界が影響を受けたことがあります。それは、海外のロックダウンです。近年、ベトナムや中国など、海外での仕立てが多くなっています。海外で仕立てと聞くとイメージが良くないかもしれませんが‥‥ベトナムに関しては、納期に余裕があれば、利用してもまったく問題ないレベルです。仕上がりも丁寧ですし、国を上げて、縫製技術の向上や人材育成に力を入れているようです。 凛でも、コストを抑えたい&納期にも余裕がある、というお客さまには、ベトナム仕立てをご提案することがあります。 ところが昨年は、ベトナムでも産業が集中する大都市──ホーチミン、ハノイ、ダナンなどがロックダウンとなり、仕事も物流も停まってしまう事態となりました。 幸い凛の品物は影響を受けませんでしたが、ベトナムに発注している会社の方に聞くと、現地で生産中にロックダウンになり、納期に間に合わなくなった品物もあったそうです。 現地では、多くの工場が閉鎖によって作業ができなくなりました。しかし、ロックダウンで家に帰れなくなった一部の技術者が、工場に泊まり込んで生産する会社もあるなど、異常な状況だったそうです。 いくら納期に余裕があっても、今回のような事態は予測不能でした。しかも、海外の政府の判断で決まることなので、対策のしようがありません。 国内の縫製が海外産に押されている、と懸念する声もありますが、海外仕立てを気に入ってリピートしてくださるお客さまもいらっしゃいます。

2022年02月26日

凛マガジン(買い取り)

●業界内の「買い取り」

●避けたい「買い取り」

●難の発覚と、その後

●補正か、買い取りか

●買い取り御殿

==============================

●業界内の「買い取り」

一般消費者の方が「呉服の買い取り」と聞くと、タンスに眠っているきものを現金で買い取ってくれる業者さんをイメージされると思いますが、業界内でも「買い取り」という言葉は、結構飛び交っています。 ただし、今日ご紹介する「買い取り」は、お金がもらえるのではありません。その逆で、払わされるんです!! 生産工程中に難が出てしまい、「商品にならんから、買い取ってもらうで!」ということがあるんです(>_<) 消費者さん向けの買い取り業者は、価値が高いきものほど価格が上がりますが、業界の買い取りは、商品価値がなくなった場合に発生します。 どんな理由で、買い取りを求められるのでしょうか?暴露系のエピソードも含め、解説してまいります。

==============================

●避けたい「買い取り」

ご存じのように、呉服の生産工程は種類も数も多く、職人さんたちが分業で仕事をしています。1つの工程が完了したら、次の工程へ進みます。 ところが、職人さんのミスや、作業中に前工程の不備が表面化することがあります。いわゆる「難」が発生するわけです。 難が原因で、その品物は商品にできない、売れない→利益が出ない と判定された場合、コスト分がマイナスになります。 そして、材料代(生地)と、それまでにかかった工賃が、難を出した人(または会社)に請求されることになります。これが「買い取り」です。

==============================

●難の発覚と、その後

難が出た品物は、ひとまず工程を遡って戻されます。 たとえば‥‥染め屋さんが引き染めをして染め上げると、一部だけ色が濃く出た!実はそこに繊維キズがあって、少しでも凹凸があると、染料が溜まって色が濃く見える、ということがあります(割に多いです)。 この難、染色工程で表面化していますが、原因は染色ではない、という点、おわかりいただけるでしょうか? 繊維キズは、生地の生産中にできたものです。なので、難を見落として生地を出荷した生地屋さん、あるいは生地を織った機屋さんに責任がある、ということになるでしょう‥‥。 ※実際は、原因がハッキリわかる難ばかりではありません。上記のような繊維キズも、織機の不具合で出た、運搬中の衝撃でキズが付いた、次工程の器具で付いたんと違うか?!‥‥ などなど、言い分が衝突することがあります。 第三者の立場から、難の原因を判定して欲しいと頼まれたりすると、正直、難易度の高い補正より辛いです(泣)。。。

==============================

●補正か、買い取りか

さて、このように生産中に出てしまった難をキレイに直すのが、凛の仕事です。 キレイに直ったら、再び工程に戻って作業が進められるのですが‥‥中には、キレイに直らない症状もあります。 そうなると、もう正規の商品としては売れなくなります。あとから、「前の〇〇の難、△△さんが持ちはった(=弁償した)んやで~」と聞いたりします。 もちろん、商品価値がなくなった分、損失は出ていますが、これも考え方次第です。 ある程度、難が出るリスクを想定して、損が出ないような価格設定にするとか、難は弁償してもらうが、別の仕事で相殺して、金銭的な負担を抑えるとか‥‥これは、「ミスは困るけど、持ちつ持たれつ」的な考えです。 一方で!こういう主張もあります↓ 「難を出したのは、そちらの責任でしょう。ウチはキチンとした品物を作ろうとしてるのに、オタクのミスで売れなくなった。材料代以外に、検品とか、補正の交渉にも経費がかかるんですよ!」という言い分です。 こういう業者さんで買い取りが発生すると、「検品手数料」やら「手間賃一式」みたいな名目で、実費より高く請求されることがあるんです。

==============================

●買い取り御殿

ここからは、ダークなお話になります。 製造業で言われる「下請いじめ」のように、ミスをした当事者(=各工程に従事する職人さんや会社さん)だけに全責任を負わせ、発注者は負担ゼロ ということがあります。 個人や小規模経営が多い呉服業界。こういう取引先で、トラブルがあると死活問題です。トラブル事例とともに、「◇◇社は、気を付けた方がいい」という話が回ってきます。 こうしたやり方でかどうかはわかりませんが‥‥大きな利益を出して、ビルが建った会社さんがあります。 竣工の時、「××さんはな、アレ(←買取時の過剰請求)でビルが建ったんや」と、まことしやかに言われていました。 この会社さん、頭がイイと言うか‥‥法的には問題にならないよう、今話題の「コンプライアンス対策」的な配慮もされているようなのです。 つまり、発注する際、「御社によるミスが出た場合、材料費と、そこまでのコストを負担していただきます。なお、材料費には、実費の10%を割増請求させていただきます。検品や送料などのコストが、別途発生するためです」のように、予め断ってあると聞いています。。。 ↑ 聞いた話を元に作成しています。実際の文面ではありません! 原価1000円の生地で難を出してしまったら、原価の1割増で、材料費1100円、プラス、そこまでにかかった職人さんの人件費、工賃、工程間の送料、などなどの合計額が、請求されるわけです。

2022年03月29日

凛マガジン(生地の難)

●生地織り工程での難

●機械の停止

●目飛び

●色の差、光沢の差

==============================

●生地織り工程での難
、生地難は発症の原因も種類も大変多いので、まずはどんなものがあるか、先に説明しておきたいと思います。 【生地を織る工程で起こる生地難】※実は、これ以外にもいろいろあるのですが‥‥ 1.機械停止などのトラブル2.目飛び3.異物混入4.糸の節による生地のひきつれ、組織の不均一 などです。 なお、これらの症状が白生地の段階で見つかるか、染めてから発覚するかによっても、商品の価値や対応方法が変わってきます。

==============================

●機械の停止

※タテ糸のことを、織機の用語では「経糸」と表記するのが正しいようなので、以降「経糸」とします。 昔は手作業でガチャコンガチャコンと織っていましたが、今の織機は電動です。電動になって生産性は格段に上がったのですが、ものすごい高速で動いているため、緊急停止すると弊害が出ることもあります。 機械には、トラブルが起こると自動で停止する機能があります。コマに巻いてある横糸がなくなった時も、自動で停止します。 コマに巻かれた横糸が、機械にセットされた経糸の間を、高速で往復します。 ただ、コマに巻ける糸の量には限界があります。だから、生地を織っている途中で糸を使い切ってしまうことが、よくあります。糸がなくなると機械が停まり、職人さんが新しい横糸を継いで、再稼働させます。 機械が停止すると、それまで上下交互に動いていた経糸の動きも止まります。停止している間、経糸は、上下に開いたままです。動いてないので、開いた状態で圧力がかかります。 停止時間が長くなればなるほど、経糸にかかるテンションは運転時よりも強くなります。そして生地が織り上がったとき、スジ状になって現れることがあります。 機械が停止したところだけ、組織の織り込みの密度が高くなり、スジになるのですね。。。 厄介なことに、このスジは、白生地が織り上がった段階では目立ちにくく、染めてから発覚することが多いのです。

==============================

●目飛び

次に、目飛びについて解説します。目飛びが起こるのは、地紋(織り方に変化をつけて、生地を模様織りにする技術)のある生地が多いです。 地紋を表現するには「紋紙(もんがみ)」という厚紙を使います。機械の種類などにもよりますが、紋紙1枚あたりの大きさは、7~8センチx40センチぐらいで、模様を表現するための穴が空いています。穴の有無によって、織機の経糸の組み方が変わるようになっていて、地紋の設計図のようなものです。 何枚もつなげた紋紙を機械にセットして、地紋織りを表現する仕組みです。シンプルな地紋でも何百枚、多いものだと千枚を超える紋紙がセットされます。 紋紙には、年季の入ったものも多いです。古くなると、穴の変形、キズ、ホコリの付着などで、設定通りに機械が動かないことがあります。すると、その部分が「目飛び」になります。 目飛びは、よく見ると肉眼でもわかりますが、気づかないこともあります。そのまま染めると、目飛びの部分だけ、光沢感が違ったりします。 目飛び自体が難ですが、色が違って見えると、シンプルに目立つんです。このような難があると、店頭に出せなくなったり、B反に降格されるなど、商品価値を下げる損害となります。 しかし、既に織り上がっている生地の組織を変えることは難しいです。↑ いったん糸を切断しないといけないからです。 切断した糸は、また繋がなくてはなりません。結び目を裏側に回すなど、細かな手間仕事が発生し、リスクも伴います。作り手としては、できるだけ回避したいのが本音です。

==============================

●色の差、光沢の差

機械停止による「スジ」や「目飛び」が出ると、難による凹凸だけでなく、色の濃淡や光沢感に差が出るという弊害が生じます。 逆に言うと、見た目(色)の違和感が消せれば、目飛びがあっても目立たなくなるのです。地直し屋としては、糸を切って組織を変えるより、色や光沢の差を消す技術が問われることが多いです。 白生地の場合、「どんな商品に仕上げるか」によって、生地難を回避できることもあります。 今回ご紹介したスジ難や目飛びは、濃い色に染めるほど、色差が目立ちます。だから、難が軽傷なら、「濃い色に染めるのはやめて、薄モンにしはったら?」とご提案することもあります

2022年04月30日

凛マガジン(高級品は長持ち)

●高級品は、長持ちが肝心

●ガンバっている帯

●スポット処理の限界

●生まれ変わる帯

●絵柄の反転

=============================

●高級品は、長持ちが肝心

毎年、数は多くないですが、一定数いただくご依頼があります。そのひとつに、帯のお直しがあります。 「つづれ(綴れ)の帯」って、聞かれたことがあるでしょうか? いちばんの特徴は、打ち込みの強さ──しっかりしていて、固く、目の詰まった織り方の帯です。仕上がると、経糸が見えないぐらい、織り込んだ横糸がビッタリと詰まっています。 高級品として有名で、礼装にも使われます。婚礼での着用を想定し、縁起の良いモチーフが絵柄になることも多いです。 世代を超えて愛用されることもあるため、数は少ないですが、コンスタントにご依頼をいただいております。 綴れには、機械織り(自動織機と手織りの機械、両方あります)もありますが、特に時間のかかるのが、「爪掻き本綴(つめかきほんつづれ)」と呼ばれる技法です。 職人さんが指の爪先をラップの刃のようにギザギザに削り、その凹凸を使って横糸を操る、大変細かな技術を駆使した、贅沢な品物です。※「爪掻き本綴」で画像検索すると、職人さんの指の写真が出てきます。 爪掻き本綴は、単位時間に織られる量はわずかです。1日数センチしか進まない!という話も聞いたことがあります。

==============================

●ガンバっている帯

帯は、(綴織に限らず)着用面積が小さい割に、過酷な環境に耐えています。 締めると、どうしても強い負荷がかかります。 折り曲げたり結んだりする特性上、シワやクセが付きやすく、内側からは汗の水分が攻めてきます。 帯の間に小物をはさんだり、飲食で満腹になり、苦しくてユサユサとゆるめたりすると、摩擦も生じているはずです。 会食だと飲み物食べ物のシミ、内側からの汗などで、きものの色が移ってしまうこともあります。長年使っていると、全体に「ズズ汚れ」も出てきます。 食べこぼしのようにスポットの汚れは、その部分を洗ったり、薬剤を使った処置をします。が、綴れ帯の場合、症状によっては思い切った方法があります。

==============================

●スポット処理の限界

スポットの難は、薬剤など患部だけを処置して直れば問題ありません。 ただし、患部の面積が小さいからといって、簡単に直せるかと言うと、これは全然違います。 面積が小さくても、補正の痕跡が、品物全体に及ぶことがあるからです。 たとえば、発症から時間が経ったシミを消すために、薬剤を使ったとします(時間が経つほど落ちにくくなるため、薬剤が必要になります)。 シミはキレイに落ちたとして‥‥ 全体を見ると、薬剤の影響で、シミを消したところだけ光沢感が違ったり、色が違って見えてしまうことがあるのです。 こうなると、僕ら的には「直った」と言えません。 なので、補正後の影響も推測し、薬剤処理の前にはテストをしたり、薬剤の量を少しずつ足したり、配合を変えたりして慎重に進めます。 また、帯特有の症状として、経年で表面が毛羽立ったようになることがあります。汚れとは違いますが、全体に「古めかしく」なってしまうのです。 毛羽立ちは、目立たなくする方法は複数ありますが、厳密には薬剤で毛羽立ちを除去することはできません(目立たなくするだけです)。 そこで、根本的に解消するために、薬剤処理以外の方法を選ぶことがあります。

==============================

●生まれ変わる帯

その方法とは‥‥帯の仕立てを一度ほどき、裏返すのです。 綴れ帯には、帯芯を入れません。お太鼓になる部分を糸でかがっている品物もありますが、かがっていないものもあります。腹部に当たる部分に縫い付けはなく、折って締めるので、ほどくといっても大がかりな作業ではありません。 今年に入ってからも、綴れ帯の補正をさせていただきました。横糸には、多数の色が使われていました。 絵柄の色が変わるところで、糸を変えなければなりません。帯を裏返すと、色が変わったポイントで、糸が1~2センチほどタランと出ています。 このまま裏返すと、糸が出たままになってしまうので、出ている糸を全て、反対側(もともとオモテだった側)に回す必要があります。 糸を反対側に回すのは、とても細かい作業です。僕らがやっても出来ないことはないのですが、帯メーカーさんには専門の技術者がいらっしゃるので、メーカーさんに戻してお願いすることが多いです。

==============================

●絵柄の反転

裏側は、摩擦や日焼けのダメージを受けていないので、裏返すと新品同然になります。 ただし、表裏が入れ替わることで、絵柄が反転します。 絵柄が逆になることは、補正前に必ずお断りしています。 面白いことに、長年愛用された品物でも、絵柄のレイアウトには執着しないものなのでしょうか、反転されたことにすら気づかれない方がほとんどです。これまで、絵柄の反転がイメージと違った、などの理由でクレームになったことは、一度もありません。 残念ながら、綴れ帯でも「表裏作戦」が使えない場合があります。 まず、カビ。繊維全体にダメージが出ていることが多いので、裏側もカビています(泣)。 あと、液体をこぼした!など、裏側まで浸透するような難の場合は、残念ながらNGです。 ですが、使える場合は本当に見違えます!

2022年05月28日

凛マガジン(何度もきれいに)

●何度もキレイにしています

●白生地で

●染め物

●オプション加工、仕立て前

●仮絵羽が売れたら

==============================

●何度もキレイにしています

白生地が織り上がってから、染色をはじめ様々な工程を経て反物になるまで、きものの生産には多くの工程があります。 特殊な器具を使う作業も多く、加工が終わった直後は、生地に器具の凹凸が残っていることがあったりします。 また、次の加工に移るとき、キチっと織目を整えておかないと、完成した時に不具合が生じることがあります。 具体的には、織目が整っていない生地に絵柄を入れると、完成品で絵柄が歪んだりズレたりする可能性があるわけです。 こういった状態にならないよう、何度も行う処理があります。それが、今日のテーマ、「湯のし」です。 「湯」という文字から想像がつくように、湯のしは、反物に高温の蒸気を当てて行います。お湯に浸けるわけではないですが、役割としては、生地のお風呂のようなものです。 湯のしをした生地はキレイになって、組織が整っています。なので、湯のしを専門に行う職種を、業界では「整理屋さん」と呼んでいます。 湯のしには、いくつか種類がありますが、共通した特徴は、 ・生地の組織を整える・生地巾を揃える・生地の風合いを整える・クセやシワを取る などです。 加工の種類や多さにもよりますが、完成までには最低でも3回、生地はお風呂に入ります。

==============================

●白生地で

ここからは、湯のしの種類について解説していきましょう。 最初の湯のしは、白生地が完成した時です。 生地を織るとき、糸には糊が付いていて、完成時の白生地は、糊の影響でパリッパリになっています。 織り上がった生地は、「製錬所(せいれんじょ)」という場所に送られ、精錬という加工を行います。特殊な溶液で、生糸に含まれる「セリシン」という成分や、糸についた糊、汚れを落とします。 そして、精錬後の生地を乾燥させてから行うのが、最初の湯のしです。加工工程に入る前の湯のしなので、業界では「下のし」と呼ばれたりします。下のしをした生地は、次工程(多くは染色)へと移っていきます。

==============================

●染め物

いわゆる「染めもん」と呼ばれる、友禅などで絵柄が入る品物は、湯のしをきちんとしておかないと、絵柄が入ってから「柄がズレてる!」「歪んでる!」などのトラブルになりかねません。 絵柄が入る前の「墨打ち」という工程で、絵柄の入る位置に「アタリ」を付けますが、組織が整ってなければ墨打ち通りに絵柄を入れても、完成時に歪んでしまうかもしれません。 ちなみに、染色工程が終わった後にも、湯のしを通ります。こちらは「上げのし」(仕上げに行う湯のし)と呼ばれています。 色無地や小紋なら絵柄のズレはありませんが、だからと言って湯のしを省略して大丈夫!というわけではありません。 湯のしがおろそかだったために、生地巾が不均一になったり、一反の長さが著しく変わってしまったり、身頃のサイズが左右で違ったり‥‥となる可能性があります。

==============================

●オプション加工、仕立て前 絵柄が入ったあと、刺繍を入れる品物があります。刺繍をする際は、生地をピンと張るために、枠を使います。 刺繍が終わって枠を外すと、枠の型が付いています。このように、生地に付いたクセを取る時にも、湯のしが必要になります。 家紋を入れる品物も、紋入れの前に湯のしを通します。紋は、お家を象徴する大切なシンボル。生地目を整えた状態で入れないと、完成時に紋が歪んだりズレたりすることがあるからです。 反物が売れて、お仕立てに入る前にも、必ず湯のしを行います。生地の目が整っていない状態で仕立ててしまうと、やはり完成時に不具合が生じる原因になります。 このように、きものは完成までに何度も、湯のしを通ります。工程の度に湯のしをすることで、生地の組織を「リセット」しているわけです。

==============================

●仮絵羽が売れたら

店頭などで、反物をきものの形状に仕立てた「仮絵羽」の展示がありますよね。 仮絵羽は、着用したときの柄の出方がわかるので、仮絵羽を気に入って購入されるお客さまは多いです。 で、売れた仮絵羽は、いったん仕立てがほどかれ、「丸巻き(反物の状態)」に戻すのですが、このときも湯のしは必須です。 仮絵羽仕立てでは、かなりシッカリした折り目やクセが付いてしまいます。それをいったん、全部取ってキレイにしてから、仕立てに入る、というわけです。

2022年06月30日

凛マガジン(蒸気と引っ張り)

●蒸気と引っ張り

●ピンは怖い

●強力マングル

●マングルの難は大変!

==============================

●蒸気と引っ張り

湯のし(整理工程)での難の発生は、頻繁ではありませんが、一定数あります。 品物の種類にもよりますが、依頼する整理屋さんが、どんな設備や機械を使っているかによって、かなり変わってきます。 ひとくちに「湯のし」「整理」といっても、方法は複数あり、さらに整理屋さんによって、やり方も得意分野も違っています。 機械にもいろんな種類があり、蒸気を使う点は同じですが、温度設定や力の加減などは、整理屋さんによって違います。 とは言え、生地の目や巾を均一に整える作業という点では、共通しています。 で、ここからが今日のポイントになりますが‥‥ 生地の目や巾をキレイに揃えようとすると、どうしても適度な力で引っ張ってやらないといけません。 そして、引っ張る際は、生地がズレたり歪んだりしないように、固定してやらなくてはなりません。

==============================

●ピンは怖い

生地がズレないようにする方法は、いくつかあるのですが、比較的よく使われるのが、金属の「ピン」です。 生地を湯のしにかける前、両端を軽くピンで留め、生地巾がキレイに揃った状態で蒸気を当てて整理をしていきます。 ところが、このピンが悪さをすることがあります。 柔らかくてデリケートな性質の生地だと、湯のしの後、ピンの跡が穴になって残ってしまうことがあるんです。 生地を超拡大して見たとしたら‥‥ 生地の目の間にピンが入ります。ピンの入ったところは、織り糸が前後左右に動きますよね。 そして、その状態で高温の蒸気が当たると‥‥品物によっては、ピンが刺さった状態で組織が「形状記憶」されてしまうんです。 だいたい整理屋さんは、この生地ならピン跡になるな? と見立てが付くはずなのですが‥‥ 依頼者が事前に説明していなければ、湯のし後の状態を予想するのが難しい品物もあります。 実際、凛でもピン跡が残った整理難を補正したことがあります。 頻繁にいただくご依頼ではありませんが、出ると多数になります。 いわゆる「量産品」などで、変わった素材が使われた場合、その素材の特性に慣れていないことなどから難になるのではないか、と解釈しています‥‥。

==============================

●強力マングル

マングルという言葉をご存じでしょうか? 「マングル・機械」で検索してみてください。巨大なローラーが並んだ、大きな機械の写真が出てきます。 昭和時代、はじめて家庭用に発売された電気洗濯機には、脱水機能がありませんでした。 代わりに、洗濯槽の外側に、手回しのローラーが付いていました。洗った洗濯物は一着ずつ、ローラーに挟んで水を絞って、脱水していたのですが‥‥それの超大型版みたいなものです。 挟んだり、シワを伸ばす機能で、クリーニングや印刷業界でも使われているようです。 説明で脱線しましたが‥‥ ローラーにかけることで、シワやクセが伸びて、キレイに整うのです。ただし、マングル式の湯のしは、挟む力で矯正するので、どうしてもペラーンとした仕上がりになります。 ふんわり仕上げるには、マングルのあと、もう一度蒸気を当てて、繊維を膨らませるような処理をしています。

==============================

●マングルの難は大変!

さて、マングル式の湯のしは、強力な力でプレスされるので、シワや凹凸をキレイに消したい場合は適しているのですが、誤って操作してしまうと、取り返しがつかないことになります。 湯のし屋さんは、生地を一反ずつ機械にかけたりはしません。巨大な機械に、一反ずつセットするのは非効率だからです。 注文を受けた反物を、数十反まとめて、端をミシンで縫って、長~~~い一反の反物のように合わせます。 そして、その状態で機械にかけるのですが‥‥ごくまれに‥‥ 反物をつないだ「端縫い」の部分が折れ曲がっているのに気づかず、そのまま機械に入ってしまうことがあります。 すると、生地が折れた状態で整理され、繊維も折れてしまいます。 折れキズでも、蒸気だけの湯のしなら、まだ直しようがあるのですが、マングルが絡んでいると重症です。高温・高湿プラス、ローラーの圧力も加わるため、まず直りません。 無地や小紋など、絵柄が関係ない品物なら、パーツの断ち合わせを変更して、キズの部分が品物に入らないように工夫できることもありますが、どうしても直らない場合は、外観上目立たなくするような回避策を考えるか、それでも可能性がなければ‥‥事情を話して謝罪→最悪、買い取りになります。 表には出なくても必要な工程が、呉服づくりにはいくつもあります。 湯のし(整理)は、完成までに何度も通りますし、1回の加工単価は安いものなのです。 それが、ちょっとした見落としや不注意から買い取りになると、工賃の何倍ものコストがかかってしまいます。 湯のしに出す前に、どの整理屋さんが適しているかを検討し、商品に関する特徴や注意事項を伝える、そんなちょっとした「ひと手間」が、呉服業界のチームワークを強めるのではないかと思っています。 どんどんエピソードが思い出され、次回も、湯のしのトラブル事例をご紹介することになりました。

2022年07月31日

凛マガジン(いつの時代も人気)

●いつの時代も人気

●ゴージャスな輪郭

●派手さと生産性

●新技術の洗礼

●ママ振りのタイミング

==============================

●いつの時代も人気

呉服の加工には、見た目がシックなものもあれば、豪華なものもあります。 地味なものでも、手間やコストがかかった高価なものもありますし、見た目がゴージャスでも、低コストで量産されるものもあります。 豪華に見える加工で、古今東西、人気が高いのが、金です。ひとくちに「金加工」といっても、純度の高い金を使ったものから、金以外の鉱物を金色に発色させるものなど、さまざまな手法があります。 金加工の種類や方法は、商品のランクや、生産コストによって使い分けられています。 そして、金加工でポピュラーなものに、「金糸目」があります。

==============================

●ゴージャスな輪郭

「糸目」は、京友禅の特徴のひとつです。 絵柄の輪郭を、繊細な線で縁取ったように見せる表現手法です。絵柄を際立たせ、技術力も必要で、商品価値に影響する技法です。 元来、糸目は、絵柄を入れる前の白生地に、糊やゴム(最近では樹脂)を使って輪郭を描く工程を言います。糸目が終わったら、友禅で絵柄の色を入れます。糸目をした部分は、いわゆる「伏せ」になり、染料が入りません。 描画工程を終えて、糊やゴムを取り除くと、糸目を置いた部分は染まっていないため、極細の白い輪郭線が浮き出てくる──という工程になります。

==============================

●派手さと生産性

糸目を金で行う技法があります。白い線ではなく、金色で糸目が入るのです。技法としては昔からあるのですが、樹脂など、新素材の普及によって存在価値がググッと上がりました。というのも、見た目の派手さに加え、生産効率を上げることが可能になったからです。 金糸目は文字通り、樹脂に金粉を混ぜて、糸目を置きます。そして友禅で絵柄を入れます。 旧来なら、友禅が終わると糸目を落としますが、金糸目の場合は落としません。 樹脂を落とす手間が発生しないので、生産効率が上がります。絵柄の輪郭が金色で縁取られ、豪華な印象になります。 金を使った糸目には、色々な種類があります。 1.普通に糊やゴムで糸目を置き、最後に糸目の一部を金彩で描く(塗る)加工。 2.金括り(きんくくり)  糸目を樹脂バインダーで置いて、最後に金彩をプレスして付ける加工。  プレスを組み合わせることで、揮発や水に触れても、金が簡単に落ちなくなります。 3.金糸目(きんいとめ)。  糸目を白い線ではなく、金彩を混ぜた樹脂で置く加工です。  樹脂部分に厚みがあり、膨らんだ感じに仕上がるため、「盛り金(もりきん)加工」とも呼ばれます。 豪華至上主義だったバブル期には、金糸目が多用されました。 呉服には流行がない、と言われますが、バブル期の振袖などを見ると、クスッと笑えるほどキラキラ全開!という品物もあります。

==============================

●新技術の洗礼

人気の金糸目ですが、大流行から数年~数十年経った頃、トラブル事例が出てきました。 金糸目に使った、樹脂の劣化です。粘り気が出てベタベタしたり、糸目が溶けてにじんでいる、輪郭が消えている‥‥といった症状が報告されるようになったのです(全部が全部というわけではありません)。 粘り気や液化が、見た目でハッキリわかれば、まだ良いのですが‥‥整理屋さんを巻き込んだ、二次被害も出てしまいました。 決定的な症状が出ておらず、寸法直しやお手入れで整理屋さんに出すと、普通に湯のしの機械に入れられます。 高温の蒸気によって、粘りや液状化が、一気に進むことがあります。 運が悪い事例では、いっしょに整理をした他の商品に、溶けた樹脂のネバネバが付いた!という症例も出てきました。 新しい素材や技術が生まれると、あとでトラブルも起こるかも、と考える方が自然です。 素材や工程が良質であっても、加工直後に何も問題がなくても‥‥年月が経たないとわからない変化が、潜んでいるかもしれないからです。

==============================

●ママ振りのタイミング

お母さんの振袖を娘さんが着る「ママ振り」がブームになっています。 金糸目のトラブルには、ママ振りブームで見つかったものが、かなりありました。 原因は主に2つ。 ひとつは、バブル期に金糸目が人気となり、多くの商品に使われたこと。もうひとつは、樹脂が劣化するタイミングが、ママ振りブームと重なったことです。 樹脂が流れて消えた!というものから、樹脂の劣化に気づかず、ローラーにかけてしまった!というトラブルもありました。 これはもう重症です! 商品の糸目は溶けて崩れていますし、整理屋さんの機械(ローラー)にも、溶けた樹脂が付いてしまってますから‥‥! ローラーを通った他の品物にも、溶けた樹脂がスタンプのように、等間隔に付着していたとか‥‥。 商品の補正だけでなく、巻き添えになった他の商品、整理屋さんの機械にまで被害が及ぶ事態になるわけです。 実は‥‥整理屋さんでローラーに樹脂が付着して、等間隔に打ち合いが付くという事故は、非常に多いんです(!!)頻繁に持ち込まれています。 金糸目をはじめ、樹脂の加工は、経年で品質が変化する可能性があります。 タンスで放置せず、たま~にお顔を見てあげましょう。

2022年08月31日

凛マガジン(最近増えているトラブル)

●最近増えているトラブル

●クリーニングもいろいろ

●湯のしも同じ

●悲惨な事例
==============================

●最近増えているトラブル

冒頭からストレートな見出しになりましたが‥‥ここ1、2年で、急に増えてきたかな? と感じているトラブルがあります。 特徴的なのは、「シミ」「黄変」「虫食い」など、症状とは関係ない点です。 実は‥‥症状そのものではなく、関与した業者さんの対応が原因で、もともとの難が重症化してしまった、というトラブルなんです。 対応が不適切で、本来ならキレイになるはずの難が、治らなくなった──という相談が、以前よりは確実に増えているんです。 どんな難が、どんな状況の中で重症化してしまったのでしょうか‥‥。実例を交えながら、分析・解説していきます。 ==============================

●クリーニングもいろいろ

重症化の原因となるトラブルで比較的多いのが、「和装クリーニングの神話」です。 洋服のクリーニングは、きものに使えない‥‥。でも、和装クリーニングを謳っている業者さんだったら、きものに詳しいし、どんな汚れもキレイに落としてくれる‥‥と信じている方が、少なからずいらっしゃいます。 でも実際は、難が見つかったから、クリーニングに出してみたけど落ちなかった! ということもあります。 クリーニングから戻ってきた品物を見て驚き、慌てて買ったお店に相談‥‥という事例も、よくあります。 相談を受けた販売店が、仕入れた問屋さんへ連絡 → 問屋さんがメーカーさんへ → 凛へ のように、流通ルートを逆行して持ち込まれる品物は多いです。 お預かりした品物を検品してみると、クリーニングで落ちない難を、強引に処置されていることがあります。 仮に、クリーニングで落とせる、と予想していたとしても‥‥実際に作業して落ちなければ、そこで止めてくれた方が、品物にとっては親切なのです。 不適切な判断や補正によって、直せる難も直らなくなった!という事故が、実際に起こっています。 落ちなかった難の上から、ご丁寧にプレスまでされている品物もあります。 難にタンパク質が含まれていたら、プレスの高温で凝固・変質し、落ちなくなるのに‥‥。クリーニング屋さんなら、そうなることは予測できるはずなのに‥‥。 うまく落ちなかったら、そこで作業を中断するとか、依頼者さまに事情を話して品物を戻す、というケースは少ないようです。 そういう品物に限って、やっちゃえ~!で押し切ってしまうと、重症化するのです‥‥。

==============================

●湯のしも同じ

熱や蒸気を用いるという意味では、前回まで連載していた「湯のし屋さん」も同じです。 仮に、湯のし屋さん(整理屋さん)が判断を誤り、タンパク系の汚れに高温の蒸気を使ってしまったら、同じ結果になるでしょう。 現在、凛がお取引させていただいている整理屋さんは5軒ほどありますが、幸いなことに判断ミスで難が重症化したという事例は、一度もありません。 理由はシンプルです。そして、とても重要なことでもあります。 1.依頼する側・される側の双方が、検品をきちんとすること2.気づいたことがあれば、報告・確認すること です。 ちょっとした「アレ?!」を放置しない方針は、ひと手間かかっても不可欠だと思っています。 湯のしに出す前に、凛でも検品をします。難があるけど、湯のし工程の後で対処が可能だとわかっているものもあります。 それでも、凛がお願いしている整理屋さんは、必ず連絡をくれます。「小さい穴があるけど、このままやってもいいの?」みたいな感じで。 僕らも検品してからお願いしていますが、見落とすこともあるかもしれません。なので、難を把握していても、連絡してくれると非常に頼もしく、ありがたいです。 ネットワークと信頼関係の強みだと思っています。

==============================

●悲惨な事例

シリーズ最終回として、今でも忘れられない、もったいない、かつ悲しい事例をご紹介します。 あるメーカーさんから、一着の訪問着が持ち込まれました。 飲食店か宴席でのアクシデントだと思われますが‥‥ 肩先から裾まで、赤ワインが付着。頭から浴びたかのように、広範囲でシミになっていました(T_T) 赤ワインは、飲食物の中でも怖がられるものです。 が、誤解がないように書きますと、直後に適切な処理をすれば、決して怖れる必要はないのです。 で、この品物の持ち主さまは‥‥良かれと思って、和装クリーニングに出されたようです。 そして‥‥そのクリーニング屋さんは‥‥ 手順通り、揮発溶剤で洗い‥‥ワインのシミは落ちなかったけど‥‥手順通り、プレスまで全行程を行いました。 その結果、熱によって赤ワインの色素が定着し、広い面積で「落ちないシミ」になってしまったのです。

2022年10月01日

凛マガジン(難を決める作業)

●難を決める作業

●新人じゃなくても?

●意外と知られていない「当たり前」

●ナンチャッテ検品の被害者

==============================

●難を決める作業

見間違いや勘違いなどで、難ではないのに「直してください」というご相談は、一定数あります。 「これは難ではありませんよ」とご説明し、納得されて依頼を取り下げるお客さまもいらっしゃいます。が、仲介で持ち込まれる方の中には、「お客さまに、直せますと言ってしまったから‥‥引っ込みがつきません。依頼通りに仕上げてください」と言われることもあります。 なぜ、難でないものに対して、難の判断がされるのでしょうか?それは、検品の正確さに尽きると思います。 正しい知識がなければ、難でないモノが難に見えることがあっても、不思議ではありません。 ちょっと脱線しますが‥‥小売店でも問屋さんでも、呉服業界では、四六時中、反物を扱っています。現場で働く人たちは、反物をキレイに、素早く巻けなくてはいけません。 メーカーさんや問屋さんに就職した新人さんたちが、最初に任される仕事が、在庫品や仕入品、納品前の検品です。 反物を巻く練習になり、目も養えるため、研修で学ぶ大切な仕事となります。業界アルアルで、年度初めに補正の依頼がドンと増えるのは、風物詩(笑)になっています。 研修中の新人さん、入ったばかりですから、商品知識がありません。真面目で責任感の強い人ほど、少しでも怪しいな? と感じたら、難を示すシールを品物に貼って、地直しに依頼をかけます。 もちろん、本物の難もありますが、シールだらけ(笑)のものもあります。 あ~、新人さんが入ってきたんやなぁ~、と感じる瞬間です。

==============================

●新人じゃなくても?

年度初めに難が増えるのは、新人さんたちの育成に関わることですし、ある種、微笑ましい現象と言えなくもないです。 ところが最近は、新人さんじゃなくても、ナンチャッテ検品が増えているのです。 ジャンル的にはいくつかありまして‥‥ まず、海外の材料や人材を活用して、量産品を作っているメーカーさん。材料や人件費ですら削減したいのですから、ベテラン職人が検品を担当するとは考えにくいでしょう。 加えて、最近台頭してきているのが、着付け教室など、きもの製造販売以外の業種です。 昨今、無料で習える着付け教室が増えています。大手だけでも、数校ありますね。 レッスンは無料でも、入会金など他の名目でお金を払うのかと思っていたのですが、そうではなく、本当に無料みたいです。 無料レッスンを行う教室は、会社組織になっていることが多いです。教室とは別に、販売や仕立て、加工を行う部署(または別のグループ会社)があるわけです。 大規模な教室になるほど、多くの生徒さんがいらっしゃいます。着られるようになったら、やっぱり自分のきものが欲しくなりますよね。 レッスンが無料だったから、浮いたお金できものが買える!という背景もあるでしょう。レッスンが終わると、大量のきものが売れるのです。 売れたきもの(反物)は、まとめられ、検品されて、ガード加工や仕立てに回るのですが‥‥ 呉服屋さんやメーカーさんではないため、着付け教室系の検品には「??」となるものが多いのです。 そしてそれが、まとめて凛にやってきます。 現場をご覧になったら驚かれるでしょうが、それはもう、すごい数で‥‥難の指摘箇所も大量です。

==============================

●意外と知られていない「当たり前」

ナンチャッテ検品の具体例を、ひとつご紹介します。 先日、凛にやってきた品物なんですが‥‥結果から言うと、難でも、B反でもありませんでした。でも、難だと言われたのです。 通常、きものを作るとき(反物に絵柄を入れる工程)は、標準寸法で作られます。 標準寸法は、身巾が前巾6寸5分、後巾は8寸となっています。 当然ですが、すべての人が標準寸法にピッタリ合うわけではありません。標準より細い方も、ふくよかな方もいらっしゃいます。 生地を裁断することなく、仕立てと着付けで、体型に合わせて着られるのが、きものの良いところですよね。 標準サイズの反物を、標準サイズではない方のために仕立てるとどうなるか? と言いますと‥‥ 前や背中の中心では、絵柄がズレないよう、ピッタリ合わせます。 標準寸法との差は、脇で調整されます。そして、脇(=左右の体側)で、絵柄がズレたり途中で消えたりすることは、普通にあるんです。 ですが、このことは意外と知られていないようです。

==============================

●ナンチャッテ検品の被害者

「仕立てが終わった品物を見たら、脇で絵柄がズレている。絵柄が合うように直して欲しい」というご依頼がありました。 しかし、これは難ではありません。着用される方の寸法に合わせて仕立てたからであって、このままで良いんです。販売される業者さんに、知識がなかったのでしょう。 お店の方がヘンだと思ったのか、または商品を受け取ったお客さまの勘違いだけど、知識不足のために説明できなかったのか‥‥詳細はわかりませんが。 勘違いの難で厄介なのは、きちんと仕事をしているメーカーさんや職人さんたちが、責任を追求されかねない点です。 この依頼者さまは、「絵柄が合わないのは、仕立て屋さんが間違えた、もしくは、メーカーさんが絵柄を入れ間違えている」と、本気で信じていらっしゃるのです。 この主張を受け入れて、僕らが勝手に絵柄を描き足して、絵柄が合っているように加工する、ということはできません。誤った解釈に加担して、難を創ることになってしまうからです。 で、この品物の顛末がどうなったか?と申しますと‥‥結構よくある話なんですが、生地の伸縮特性を利用して、ある程度まで柄を合わせました。 その品物を依頼者さまにお見せしたところ、ビフォー・アフターの変化を見て、納得してくださいました。そして、お客さまには文書を添えて説明し、納品するとのことでした。 ふくよかな体型の方の場合、「スマート仕立て」という方法で、絵柄のズレを軽減させるテクニックもあります。

2022年10月30日

1凛マガジン(売れてない荷に返品?)

●売れてないのに返品?!

●スピード管理

●管理方法が変わった

●商品管理との相性

==============================

●売れてないのに返品?!

最近、ある西陣織のメーカー(=西陣織で、帯の生地を作っている)Aさんと話す機会がありました。 A社とは、コンスタントな取引はありません。しかし、狭い業界ですから、顔を合わせることはあります。 同じ業界の仲間として、互いの近況や愚痴(笑)も含め、情報交換をさせてもらっている間柄です。 Aさんがおっしゃるには、新品の商品が、売れる前に難が出て、返品されるトラブルが増えてきた、とのこと。 お話しているうちに、原因はだいたい3つに分けられるのでは?と気づきました。 1つ目は、物流システムの変化。 2つ目は、古くからある「浮貸し」という、呉服販売独特の慣習(辞書を引くと、金融業界で使われる用語と説明されていますが、呉服業界にもあります。意味は同じです)。 3つ目は、前出の2つを配慮しない、商品を扱う人たちの「質」の変化 です。 このような要因が重なって、メーカーさんが作った新品が、いろんな人の手を介する途中で難が出て、まだ売れてないのに返品されてくることがあるのです。 今回からは、物流経路で生じる難の事例と背景を、連載で解説していきたいと思います。

==============================

●スピード管理

通販で注文すると、翌日届くのは当たり前という、大変なスピード時代になりました。 膨大な人からの注文を効率的に管理して、出荷翌日に届くのは、AIやロボットの活用など、物流システムの発展が大きいでしょう。 そして、高速での商品管理に必要なのが、商品の「タグ付け」です。 ※タグ付けというと、SNSを連想する人が多いと思います。タグを入れることで、関連のある情報を瞬時に集めることができ、発信者にも受信者にも便利な機能になっていますね‥‥。 呉服業界には、完全手作業だった昔から、タグ付けに似た管理方法があります。 一例として、反物の端にメーカーの名前が織り込まれている商品があります。これは生地の製造者を示すラベルのようなものです。 他にも、メーカーから問屋を介して小売店に行くまで、関わった中間業者の札が付けられることが、当たり前に行われてきました。

==============================

●管理方法が変わった そして、時代とともに、ラベルやタグの素材や意味は変化しています。 昔は、コヨリを通した和紙製の札が、商品を傷めないように付けられていました。 しかし、素材が柔らかいと、札が折れ曲がったり、ヨレたりします。短時間で見やすくするために、最近は硬くて厚い紙製のタグが増えています。 タグを留める素材は、和紙製のコヨリではなく、プラスチック製のピンに代わってきています。それを、ピストル状の器具で打ち込んでいく‥‥とにかくスピードが優先されています。 バーコードやQRコードは、シールに印刷したものを貼り付けることが多いです。 シールの糊は、多様な商品に対応できるよう、樹脂系のものが多いと思います。

==============================

●商品管理との相性

勘の良い方ならピン!と来ているかもしれませんが‥‥ 呉服の性質上、こうした商品管理グッズと、あんまり相性がよろしくないのです。 たとえば、プライスタグ。今は、反物にも、タグガンが使われています。 もちろん、品物に影響がないよう、端やミミに付けるのですが‥‥穴が残ってしまったり、プラスチックのピンが引っ張られて、ミミが裂けたりすることがあります。 バーコードのシールも同じです。 強粘性でなくても、強い力で引っ張ると、織目が崩れたり糸が引けたりするリスクがあります。特に、ふんわりと織られた生地には、相性が良くありません。 シールがキレイに剥がれても、粘着成分が残って、ネバネバしてる!ネバネバにホコリが付いて、黒っぽいシミになってる! といったトラブルが増えています。 ちなみにこれ、袋や箱に入った商品なら、問題ないんです。タグで袋が破れても、シールがキレイに剥がれなくても、商品には影響がありませんから。 呉服は、梱包してからタグ付けしても、中は見えないし、一反ずつ取り扱えない‥‥。 札やタグを、直接商品に装着する必要があるので、トラブルになりやすいんですね。

2022年11月30日

凛マガジン(汚れ)

●汚れ

●焼け

●売場のバタバタ

●売り方、扱い方の変化

●直すか、諦めるか●直し方

==============================

●汚れ

売り場や流通で、商品が人の手に触れ、難が発生してしまうケースについて説明します。 売場では、商品が「仮絵羽仕立て(かりえばじたて)」で展示されることがあります。 仮絵羽とは、文字通り「仮に」仕立てた商品のことです。 反物を見ただけでは、着用したとき、どこにどんな絵柄がくるのかわかりにくいものです(業者や、きものに詳しい方は例外として)。 そこで、ざっくりした寸法で仕立てをし、マネキンに着せたり、衣桁(いこう=着物専用のハンガー)に掛けたりして展示するわけです。 仮絵羽の商品は、売場でも目を引き、触れられる機会が多くなります。そのため、どうしても手垢などの汚れが付きやすくなります。 展示していた仮絵羽が売れて、お客さまの寸法に仕立てる前、必ず仮絵羽をほどいてキレイに洗います。 僕らから言えば、仮絵羽に汚れが付いているのは当たり前のことです。洗えばキレイになるので、問題ありません。

==============================

●焼け

仮絵羽で、汚れよりも少し深刻なのは、「焼け」です。症状としては、光による褪色です。 展示品は、人が着用した場合と違って、ずーーっと同じ形で、同じ場所に置かれています。 なので、決まった場所に光が当たって、焼けが起きやすくなるわけです。 以前のメルマガに書いたことがありますが、大きな窓から西日の入る売場に柱があり、柱の陰ごと、ガッツリ焼けた!という難もありました。 日光はもちろんですが、照明器具も同じです。 最近でこそ、LED照明によって焼けのリスクは軽減されていますが、スポットライトが当たっていたりすると、もうテキメンです。 焼けの難は、汚れ落としほどシンプルではありませんが、こちらもよくあることで、注意深く対応すれば問題ありません。

==============================

●売場のバタバタ

さて、展示品の汚れや焼けは、古今東西ある、伝統的な(笑)症状だと言えます。 それ以外に、近年になって増えているのが、前号にも書いた「タグ」など、備品が関連する難です。 大規模な展示会場などになると、難が急増します。 持ち込まれる商品の数が、とても多くなります。それらを間違いなく管理するために、商品にはタグや札が複数付けられています。 そして、前号でも書きましたが、タグや札が、頑丈な素材に変化しています。 売り場では、お客さんと販売員さんが入り乱れ、商品を丁寧に扱う余裕がなくなってしまいます。 販売員さんは、売場の畳の上に反物を並べて、お客さんに見せます。 商品が売れたら、残った品物を片づけられれば良いのですが、お客さまの対応などで、売場には反物が残ったままになります。

==============================

●売り方、扱い方の変化

大規模な展示会が一般的になったのは、バブル期ぐらいからだろうと思います。 昔ながらの呉服店は、接客も、商品の扱いもスローでした。 比べて今は、イベント会場ともなると、お客さまも販売員も多数です。商品もあちこち飛び回っていて、扱いが煩雑になってきました。 地直しアルアルで多いのが、床置きした反物を踏んでしまい、タグが引っ張られる難です。 引っ張られることでピンの穴が広がったり、ひどい場合はミミが裂けたりします。 そもそも、昔ながらの和紙製の札は、商品が傷つくような事故は、起こりにくかったんです。柔らかい素材で、商品を畳むとき、そっと内側に折り込んでいました。 ところが今のタグは、見やすいように商品から飛び出るように付いています。 素材が丈夫なため、引っ張られても切れることがなく、商品が犠牲になるわけです。 タグ同士が絡まって、商品を傷める難も多いです。 商品には問題なかったのに、タグが引っ張られてミミが裂けた、穴が空いた、といったご相談が増えています。

==============================

●直すか、諦めるか

もともと商品の品質には問題なかった、そしてメーカーさんも悪くない。 なのに、売場での取り扱いが原因で、売れなくなってしまう商品が、一定数あるということです。 改めて考えてみると、呉服は他の業態と違うかもしれません。 たとえば、高級クリスタルの食器。 誤って店員さんが割ってしまったら、それはお店の責任になりますよね(店員さんにペナルティが課せられることもあるかもしれませんが)。 商品を見ていたお客さんが割ってしまったら、弁償を求められることもあるかもしれませんが、これもお店の責任です。 運搬中に商品が破損することもあるでしょう。その場合は、運送業者さんに請求書が行くはずです。 呉服の場合、グラスと違って、手間を掛ければ補正が効くという事情はありますが、必ずしも難を招いた人に責任が行くわけではない、というケースもあります。 難になった品物は、原則として流通経路を遡り、メーカーさんまで戻ってきます。

==============================

●直し方 話は戻りまして、こうした難がどうなるか?ですが‥‥ 「タグ難」の症状には、幅があります。ピンを通した穴が大きくなっているもの、生地が破れているもの、ミミまで裂けてしまっているもの、糸が引けているもの、などです。 結論から言うと、直すかどうかは、先方のご意向によって違います。 商品が売れている場合、仕立てに影響が出るところだけ直して、とか、検品が厳しい取引先なので、コストがかかっても完全に直して、とか、いくらミミの難でも、直すのにコストがかかるのなら、直すのは諦める、という場合まで様々です。 直し方ですが‥‥ 穴が大きくなった症状は、繊維組織を構成するタテ糸・ヨコ糸を、1本ずつ戻して直していきます。 ミミが裂けた難は、かけつぎをして直します。そのかけつぎも、強度を優先するか、見栄え重視なのかで、直し方は違ってきます。 糸が引けた症状は、引けた糸のテンションを他の糸と合わせるよう調整して、元の状態に戻していきます。 【番号が付いたタグの説明】 1.白生地屋さんが付けたもの。製造メーカーの名前が入っています。2.販売したチェーン店が付けたもの。店舗名とお客さまの名前。3.小売店が付けたもの。商品番号と小売価格。4.問屋さんが付けたもの。商品番号が入っています。  ※4.以外は、タグガンで装着されています。

2022年12月26日

凛マガジン(浮き出しで…)

●浮き貸しで出る難

●展示会場での着付け

●見せる商品、見せない商品

●自分の品物は、大切にする(怒)

●どこで出たか、わからない

●検品はしないの?

●直し方

●視覚はいい加減?

==============================

●浮き貸しで出る難

売場での見栄えを良くするため、展示する商品数を増やすために、メーカーさんや問屋さんから商品を借りて、売れたら売上金から仕入れ代金を支払うシステムを、「浮き貸し」と呼びます。 無料で貸してもらっているのですから、大切に扱って当然なのですが‥‥近年特に、借りる側のマナーや意識が低下しています。 丁寧に扱われていないことが、品物を見てわかる場合もあります。 まず、ダラダラと長期間、借りっぱなしになるケースが増えています。 もともと、取引先や仲間内で始まった援助策だったため、一点ごとに借用書や契約書を交わすことはありません。 商品の管理がおざなりになり、借りた品物なのに、傷みや難が出ることも、とても多くなっています。 残念なことですが、凛でお預かりする品物にも、浮き貸し中に発症したものは大変多いです。 中でも圧倒的に多い難が、2つあります。

==============================

●展示会場での着付け

浮き貸し中の難でいちばん多いのは、汗ジミです。 展示会場などの売場で、お客さまに品物を着付けた際にできたものです。 イベント会場にいらっしゃるお客さまは、出店しているお店の顧客でないことが多いです。顔見知りでもなければ、お付き合いがありません。 「今売らないと、買ってもらえるチャンスがない!」と、売り方が強引になるのかもしれません。 絵柄や顔映りがわかるよう、姿見の前で反物を胸元に当てる、という売り方は、昔からよくあります。 しかし、和服に詳しくないお客さまは、反物を当てても着姿がイメージできません。 そんなとき、仮絵羽の商品を着付けてあげると、完全に着た状態がわかり、喜ばれることがあります。 が、サービスも程度を越すと、強引になってしまいます。 あまり気乗りしないお客さまに、似合いますよ! と複数のマネキンさんが着付けをしたり、さらには帯までガッツリ締めて、完全に仕上げてしまいます。 欲しくなければ、断っても良いと思うのですが‥‥心理的に圧迫されるのでしょうか、勧められるままに購入されるケースも少なくないようです。 だから着付け作戦は、イベント会場ではよくあることなのです。 長時間脱がれへんかったんやなぁ~、暑かったんやろな~‥‥という状況が見えてくるような、広範囲の汗(汗ジミ)、帯を強く締めた跡‥‥。 症状を見て、現場での状況が想像できる品物もあります。

==============================

●見せる商品、見せない商品

きものに詳しくないお客さまほど、現場でのディスプレイを参考にされる方が多いです。 そのため、売場では衣桁(=いこう:和服用のハンガー)にかけたり、マネキン人形に着せたりして、着用した状態がわかるディスプレイを行っています。 で、2番目に多い、浮き貸し中の難なのですが‥‥「焼け」です。 ディスプレイした商品が、光によって褪色するのです。 衣桁に掛けた商品は、品物全体を見せてあるので、全体がまんべんなく焼けます(補正の難易度は、低い方です)。 一方、マネキン人形に着せると、光に当たるのは表に出ている部分だけです。脱がせると、内側に入った部分は色が濃く、焼けた部分と色が違ってきます。 焼け方は一点一点違うため、一概に言えませんが‥‥重症になると、地色を染め直した方が安く上がる場合があります。

==============================

●自分の品物は、大切にする(怒)

焼けは、酸素や光に触れる以上、避けられない変化です。なのである程度は、やむを得ないのですが‥‥。ここでまた、マナー違反というか‥‥腹立たしいウラ事情があります。 展示会で売る場合、自分の店の商品(=在庫)は、ディスプレイに使わない、というお店があったりするんです。 勘の鋭い方は、理由が判ったかもしれません‥‥。そう! 自分の店の商品は、焼きたくないのです(怒!) ディスプレイには、無料で貸してもらった商品の中から、見栄えするものを選び、売れたらラッキーだし、売れなくても返せばいい‥‥ さらに悪質なケースでは、店の商品を売るために、ディスプレイには借り物を使い、商品を見ているお客さまに、店の商品を勧めたりするそうです。 貸した方は、たまったものではありません。長期間無償で貸してあげた品物が、売れるどころか、焼けて返ってくるのですから‥‥。

==============================

●どこで出たか、わからない

焼け難の厄介なところは他にもありまして‥‥どこで発症したかわからない、ということです。 商品を貸したメーカーさんや問屋さんは、売場には居ないことが多いです。だから、どんな風に展示され、どんな風に扱われているか、わからないのです。 どんな経緯かわからないけど、返ってきたらこんなんなってる~!という泣きのご依頼は多いです。本当に気の毒だと思います。 また、売場で広げた商品を、畳んで売場の床(畳)の上に積むことがよくあります。 売場は大変バタバタしているし、毎日元通りに片づけるわけではありません。イベントの期間中、積まれっぱなしの商品はたくさんありますし、そのままトラックに積まれて次の現場へ行くことも多いです。 すると、畳んだ状態で焼けてしまいます。品物の重みで、焼けだけでなく、シワが型になったり、跡が付いたりすることもあります。

==============================

●検品はしないの?

焼けでもシミでも、返ってきたときにチェックすればいいんじゃないの? と思われる方もいらっしゃるでしょう。 ところが、展示会やイベントで動く商品点数は膨大です。百反・千反単位で往来するため、一点ずつ検品する時間も手間もないのが現状です。 返ってきた品物に難が出ていると気づかず、そのまま倉庫に入れられ、次に出した時に発覚することも多いです。 貸し出す時も同じような状況なので、逆パターンもあります。 イベント会場で、借りてきた品物を並べていたら‥‥あれ!シミが出てるやん!というパターンです(前回、どこかに貸し出された時に発症し、気づかずに保管されている)。

==============================

●直し方

シミや焼け、最終的には商品を貸してあげた所有者(メーカーさん、問屋さんなど)から凛に持ち込まれます。 補正するかどうか、ですが、重症になると補正コストの方が高くついてしまい、泣き寝入りされることもあります。 汗は、付いた時点では色が出ないため、湿っていても気づかないことが多いです。 汗が付いたことに気づかず、畳みっぱなし・積みっぱなしで長期間放置されると、変色して重症化してしまいますが、たいがいの場合はキレイになります。 焼けは、一点ずつ症状が異なり、差があります。前述したように、地色の染め直しからやらないといけないこともあります。

==============================

●視覚はいい加減?

最後にオマケの体験談で‥‥仮絵羽の商品で、ヒヤッとした補正事例があります。 仮絵羽が売れると、お仕立て前にキレイにするのですが‥‥ 溶きのし(仕立て前の、生地の整理工程)のために仮絵羽をほどくと、内側からとっても濃い色(焼けていない、元の色)が出てきたことがあります。 しかし、商品を買われたお客さまは、表に出ていた淡い色を気に入って購入されたはず。 元の色で再現してしまうと、イメージが全然違ってしまうんじゃないか?!と気になり、販売店さんに相談すると、「いや、元の色はこっち(=濃い色)だから、元の色でやって」と言われたのです。 大丈夫かなぁ~と思いつつ、元の濃い色に補正して納品したことが何度かあります。 ところが、元の色と違う!とクレームになったことは、ただの一度もありません。 「あれだけ違うのに、気づかんものやなぁ~」と思うのですが、色に関する人の記憶は意外とあいまいで、よほどのこだわりがなければ気づかないようです。

2023年01月31日

凛マガジン(ダントツに多いのは)

●一般の方でダントツに多いのは

●同様の事例

●触っただけで

●やったらアカンやつ!

==============================

●一般の方でダントツに多いのは‥‥

帯のご依頼には、非常にわかりやすい特徴があります。一般の方の特徴は、ほとんどが着用されてから発症するということです。 つまり、きものを着たときの締め方、着用中の状況によって難になるのです。 なかでもダントツに多いのが、「色移り」です。 藍染めの製品は、色が落ちやすいことで知られています。もちろん、染色工程の後には、色を定着させるための「蒸し・水元」という工程を通します。 しかし、どんな高級品であっても、藍染の性質上、色落ちを完全に防ぐことはできません。 ※藍染の品物をお持ちの方は、「そういうものなんだ‥‥」と思っておいてください。 たとえば、白いきものに藍染の帯をすると、粋でカッコイイですが‥‥少し擦れるだけでも、藍の色がきものに移ってしまいます。 脱いだ瞬間に、帯の下が青く染まっているのですから、大変驚かれてご相談に来られます(買ったお店や問屋さん経由で来ることも多いです)。 藍染は、古来は「色落ちして当たり前」という認識が浸透していました。 もし色落ちしても、「藍染やし‥‥仕方ないか~」で片付けられたり、むしろ、「なんで薄い色と合わせるの?!色が移るってわかるやん!」みたいに、知識がないから品物がダメになる、という考え方が主流だったのではないかと思います。 でも、残念ながら今は違います‥‥。 色落ちするのは品物が悪い、メーカーさんが悪い!となってしまい、手間暇かけた高級品であってもクレームになることがあります。

==============================

●同様の事例

藍染に限らず、天然染料は「完全に色を留めるのは無理」と認識しておかれるのが賢明だと思います。 大島紬などで有名な「泥染め」や、草木染めなども同様です。 藍染の帯と逆パターンで、藍染のきものに色のうすい帯を締めて、帯が青くなった!ということもあります。 帯が藍染の場合は、「藍色が落ちないような加工をしてほしい」、逆に、きものが藍染の場合は、「帯についた藍色を取って欲しい」というご依頼が多いです。 ある程度は、決まった手順で落とすことができますが、完全には無理!という場合もあります。 また、クリーニングに出されたり、慌てて水で落とそうとされると、それが原因で直せる難が致命傷になることもあります。 このメルマガでも、しつこくお伝えしていますが、重ねてご注意ください。 商品知識という視点から言うと、売り方の問題もあります。販売員さんに知識がないとか、たくさん売りたい!という気持ちが原因です。 高額の草木染などで、色落ちのリスクについて説明されないことがあるようです。 高い品物を購入するのは、きものに詳しく、経験も知識もある人‥‥と思いがちですが、そういう人ばかりではありません。高額商品であれば、なおさら、きちんと説明してあげて欲しいなぁ~と思います。

==============================

●触っただけで‥‥ 長年、いろんな商品を見せていただいてますと、勘と経験で「これは危ない色やな!」と察知できることがあります。 見るからに「落ちそうな色合い(!)」というのが、あるんです。 あと、触った感覚で危険を感じるものもあります。完成直後で、色落ちするかどうかわからない状態でも、触った感触で、指先センサーが反応するんですね。 蒸し水元で定着を試みても、生地の表面に染料の層があるような、どこか粉っぽいような‥‥独特の手触りがあるんです。 色落ちのリスクを感じるのは、やはり天然染料系の品物が多いです‥‥。 落ちるかどうか、確実に判断するにはテストをしています。でも、テストなしでも、色落ちすると確信できるものもあります。 そういう品物は、「これ、大丈夫? 色落ちしそうな感じやけど‥‥」と、依頼者さんにひと声かけています。

==============================

●やったらアカンやつ! あってはならないことですが‥‥激しく色落ちする品物の中には、粗悪品や、意図的な手抜きが原因のものもあります。 「アカンやつ」に多いのは、染料の定着を促す工程「蒸し・水元」での手抜きです。 通常、色落ちしやすい商品は、蒸し・水元(高温の蒸気を当てたあと、水で余分な染料を洗い流して色を定着させる)を、複数回繰り返します。 色落ちが激しい品物ほど、何度も行います。 ところが、この繰り返しを怠って、ひどい場合は1回しか流さなかったり‥‥もっと劣悪な例では、1度でも水で流すと絵柄の彩色がにじむので、彩色をクッキリさせて印象を良くするため、蒸し水元をしてない?!という品物も、見たことがあります。 これは、呉服や和装小物の欠点でもあると思うのですが、品物が完成した段階では、色落ちするかどうか、わからないんです。

2023年02月28日

凛マガジン(袖ふきって何

●「袖ふき」って何?

●色合いは、大切

●色選び

●本当のお気に入り

==============================

●「袖ふき」って何?

袖ふき(または袖口ふき)というパーツがあります。 洋服だと、裏地が表側に出ることはありませんが、袷(あわせ)のきものでは、袖口から裏地を少し出した状態で仕立てられます。 「ふき」は、袖だけでなく、裾にも見られます。もともと、動きの多い部分を摩擦から保護する目的で付けられたという節が有力みたいです。 これが発展して、装飾やオシャレの要素が加わるようになってきました。たとえば、ふきの内側に綿の入ったものがあります。綿が入ることで厚みと重みが出て、動いたときにペラペラしない、安定感のある印象を与えます。花嫁衣裳などを観察すると、わかりやすいと思います。 あと、和服の場合、色合わせの感覚も洋装とはかなり違います。量にするとわずかですが、裾や袖口からチラリと除く「ふき」の色に、地色や絵柄と違うものを持ってくることで、粋な色合わせや着こなしが楽しめるようになっています。

==============================

●色合いは、大切

和服の色合わせには、ある程度時代背景と言いますか、流行のようなものがあります。絵柄にも時代によって流行がありますので、色合わせを見ると、だいたいいつ頃の商品か、作られた年代がわかるケースも多いです。 さて、前置きが長くなりましたが‥‥今回ご紹介するのは、袖ふきと、八掛を交換してほしい、というご依頼です。 品物は、紬のきものでした。 持ち主である、「はなとん様」の表現をそのままお借りしますと、(以下、メール文を引用) 「お願いしたい紬には「the昭和」という感じの真っ赤な八掛と袖口ふきがついておりまして、この真っ赤がどうにも気になってしまうので、八掛を地味な色(こげ茶や紫や紺など着物に合う色もご相談にのっていただきたいです)に変えたいと思っています」 というものでした。 現物を見せていただくと、まさしく「THE昭和」という表現がピッタリ(笑)。 たしかに当時は、こんな風に、コントラストのハッキリした合わせ方が人気あったな~、と思い出しました。 きもの本体の地色や絵柄が同じでも、チラ見えの袖口や八掛の色が違うだけで、「この色合わせでは、ちょっと着にくいわー」とか、「新品に近い状態なのに、な~んか古めかしい感じがする」みたいになります。面白いですよね。 袖口と八掛の色が変わるだけで、きものを新調せずとも、雰囲気を変えることができますし、さらには着ている人が若々しく見えたり、逆に年齢不相応に落ち着いた感じに見えることもあります。 時代劇で、若い女優さんが年老いた人を演じる場合、特殊メイクだけでなく、きものの質感や色も一役買っていると思います。 高価な染め直しやリフォームに挑戦しなくても、低予算で雰囲気が変えられる──今風の言葉でいうなら「コスパ」が良いわけです。

==============================

●色選び

さて、どんな色に変更するかは、もちろんオーナーさんのお好みです。が、漠然と「好きな色に変更させていただきます」というだけでは、若干不親切。 ひと口に「赤系」と言っても、渋みは? 明るさは? どんな色と合わせたい? など、状況によって無数に候補が出てきます。 細かすぎても選べないので、凛では基本、在庫している生地の中から、ヒアリングでオーナーさんのお好みに合う色目を数種類に絞り込み、そこから選んでいただくようにしています。 今回は、全体に、少し渋めの色目に絞り込み、 1.茶色 2.緑(松葉色) 3.紫 4.グレー 5.黒  をご用意しました。表生地と合わせた状態で1色ずつ写メを撮り、選んでいただくことにしました。 このうち、1.の茶色には、絞り染めの柄が入っています。 こちらがお気に召したようで、「画像を拝見したところ、無地ばかりを想定していたので、渋茶の生地の柄が入っているところがとても素敵に思えました。是非、渋茶の生地でお願いいたします」 というご返信をいただき、決定しました。 また、八掛は、ご希望の色に染めたり、表地と同じ色に染めることも可能です。

==============================

●本当のお気に入り

納品が終わって間もなく、はなとん様から御礼のメールをいただきました。(以下、メール本文より抜粋) 「とても素敵に仕上げていただいて、大満足しております!決して高価な着物ではありませんが柄が気に入っていたので、また気持ち良く着られるようになってとても嬉しいです! と、職人冥利に尽きる、大変嬉しいお言葉を頂戴しました。 はなとん様のメールにもありますが、このようにしてご自身が関わった品物は、価格とは関係なく、特別な愛着が生まれるものです。 品物自体は古くなって、繊維のダメージが出てきても、前よりも好きになって、ずーっと大切に着続けたい!ということも、愛好家さんにはよくあるようです

2023年03月31日

凛マガジン(最近多いご依頼)

●なぜか、最近多いご依頼

●糸引けって何?

●生地か、染めか

●補償は、誰がする?!

●他の原因もある

==============================

●なぜか、最近多いご依頼 難の依頼には、季節性のようなものがあります。 単純に、秋口に夏物の補正依頼が増える、のようなものもありますが、新人が研修で検品をする年度始めに問い合わせが増えるとか、卒業式・成人式で増えるトラブルもあります。 「糸引け」に関するご相談・ご依頼が多いのです。

==============================

●糸引けって何?

糸引けという言葉、耳馴染みがない方も多いと思います。 文字から想像できますが、織物を構成する糸が、引っ掛けるなどの原因で引っ張られて、本来の位置からズレる現象を指します。 外見上は、生地の中から糸が1本(複数のこともあります)飛び出ている、または引っ張られて織目が崩れている状態です(糸が飛び出していない「糸引け」もあります)。 どの工程で起こったのか、なぜ起こったのか? を確定するのが難しいことも多く、各工程間で責任のなすり合いみたいになることもあります。 糸が引けてしまう原因には複数あるのですが、それがどの工程で起きたか?は、商品を見て確定できることがあります。 逆に言うと、商品が完成してしまうと、糸引け難がどの工程で発症したかはわからないこともある、ということです。

==============================

●生地か、染めか

具体的に、糸引けに関連する工程について解説しましょう。 1本の生糸から始まる呉服づくり。その最初が、生地の織り工程です。 織り工程での糸引け難は、自動織機の不具合などで糸が引っかかるトラブルの他、地紋(織り方に変化をつけ、模様を表現する技法)など、特殊な織り方をして糸がフワッと浮いたところを引っ掛けしまう、みたいなケースもあります。 ざっくり言うと、経糸x横糸の密度がゆるいもの、織機の打ち込みが甘いものほど、糸と糸の間に空気が入り、糸引けが起こりやすいと言えるでしょう。 もちろん、織り上がった生地は丁寧に検品されるのですが、いかんせん染める前なので、微細な陰影などから難を見つけなければならず、見落とされることもあります。 症状も程度もケースバイケースで、明らかに糸が出ているものもあれば、角度によって光って見えるという微妙なものまで、さまざまです。 次に、生地には問題がなく、織り工程より後で糸引けが起こった場合。 たとえば友禅で糸が引ける場合は、伸子(生地をピンと張るための器具)の細い針で引っ掛けてしまったり、もともと糸引けが起こりやすい組織の素材を、染色作業中に器具などで引っ張ってしまう、など、こちらも千差万別です。

==============================

●補償は、誰がする?!

さて、糸引けが出てしまった商品ですが‥‥ 糸が引けているのは見ればわかりますが、補正を行えばコストがかかります(僕らのお給料になるお金デス)。 補正工賃は誰が払うのかがハッキリしなければ、補正に着手することができません。 だから、「どの工程で、何が原因で出た難なのか調べて欲しい」と言われることは多いです。 補正の職人ですから、原因や経緯は調べます。 が、「難を出した先に連絡して、請求書も送っといて~」と、交渉役まで委ねられたりすると、心理的にもなかなかキツイです。 責任の所在トラブルで最も多いのが、糸引けが生地難なのか後工程で起きたのか、でモメるケースです。 生地を織る工程で糸引けが起こったのなら、検品で難を見落とした生地屋さんの責任、ということになります。 逆に、生地には何の問題もなかったのに、後工程や流通で糸引けになったのなら、生地屋さんは悪くありません。難を出した工程がどこなのか、確定してから補正に入ります。

==============================

●依頼者で、対応が変わる!

糸引けの難は、誰からの依頼かによって、対応が変わります。 生地屋さんからなら、「生地難やったら直して。でも、後工程で引けたんやったら、直さんとって(織り工程の責任ではないから)」と言われるし、 染め屋さんからのご相談なら、「染色で引けた糸やったら、直しといて。でも、生地難やったら、生地屋さんに差し戻すから直さんとって」みたいな感じで、発症工程によって補正の段取りが変わります。 中には、後工程での糸引けだとお伝えしても、いや、これは生地難や!と言い張られることもあります(泣)。 さらには、生地屋さんが、差し戻された商品を見て、自社の過失ではないとわかっているのに泣き寝入り(濡れ衣)されるなど、苦々しい思いをすることもあります。 手仕事ですから、難が出てしまうことはあります。せめて、出てしまった難に関しては、責任転嫁せず、事実を認めてくれたらなぁ~と思います。

==============================

●他の原因もある

生地織りや染色工程以外にも、糸が引ける原因はあります。生産工程ではなく、商品が売れてから糸引けになる事例について解説します。 1.ガード加工、柔軟加工 水性の汚れを防ぐ、着用時の風合いを良くするなど、ガード加工や柔軟加工というオプションがあります。いろんなメリットがあるのですが、油性の溶液を使うため、繊維の滑りが良くなる特性があります。これが逆作用になると、糸引けの原因になることがあります。 糸引けの原因を調べて、「これはガード加工の影響やなぁ」ということがあります。 ここでも、生地屋さんが巻き添えを喰らうことがあります。「おたくの生地は、ガード加工したら糸が引けるような品物なんか?」と、変化球を投げられるのです。 生地には問題ないのに、ちょっと乱暴な言い分ではないかなぁ??と思います。 僕らが見れば、生地に原因があるのと、ガード加工の影響で、糸が滑りやすくなっているのは、完全に別モノなんですけどね(泣)。 2.仮絵羽ほどき 反物を「仮絵羽」という形状に仕立てることがあります。マネキンや衣桁(=きものハンガー)にかけて展示されているのが、仮絵羽仕立てです。 着姿がわかるように、仮に仕立ててあり、商品が売れると仮絵羽の仕立てをほどき、反物の状態に戻してから、お客さまの寸法に合わせた仕立てに入ります。 ところが、この仮絵羽の仕立てをほどく際、縫い糸を乱暴に引っ張る人が、少ないとは思いますがいらっしゃるようです。 乱暴に引っ張って、糸引けになることがあるんです。 あと、以前のメルマガにも書きましたが、タグや値札などの付属物が引っ掛かって糸を引いてしまうこともあります。 3.着用中に 糸引けは、着用中の所作やトラブルで発症することもあります。糸が引けてギャザーになると、とっさに引っ張って直したくなるのですが、これは絶対にやめてください!! 二次被害ならまだマシ。自己処理したために、どの糸が原因だったのかわからなくなると、複雑化して補正ができなくなります。 脱ぐまでの時間、ギャザーが気になると思いますが、グッとこらえて、そ~っと脱いで、ご相談ください。

2023年04月29日

凛マガジン(絵柄の成り立ち)

●絵柄のなりたち

●高級品ぽく、お手軽に

●色素の定着

●柄が消えた?

●スピード描画の難点

==============================

●絵柄のなりたち

きものの色や絵柄の表現には、いろいろな方法があります。 染色も、絵柄を表現する染色と、「地色」を染める染色があります。 絵柄を出す技法で最も有名で、人気も高いのが「友禅」でしょう。 友禅は、絵柄の縁取りになる部分を糸目と呼ばれるゴムや樹脂などで伏せ、染料で絵柄を描いていく技法です。 染色が終わってから糸目を落とすと、絵柄の輪郭が白く(=染まってない白生地の色)際立ちます。 友禅は糸目を使って輪郭を出すのが特徴ですが、他に、糸目を置かずに生地に直接描く「素描き(すがき)」などがあります。 地色を染める技法では、窯を使う「焚き染め」、ピンと張った生地に、大きな刷毛を使って染料を塗布していく「引き染め」があります。 地色を染める際、染まらない部分を作って絵柄を表現する技法もあります。ロウケツ染め、絞りなどが代表的です。 また、白生地を染めるのではなく、染めてある糸で生地を織る「先染め」など、いろいろあります。 さらに、染色後の工程として、金彩や刺繍など、地色と絵柄が入ってから、装飾的な要素が加わる加工もあります。※染色の後から行う加工を、文字通り「あと加工」と呼びます。 これらすべての作業・工程が組み合わさり、最終的な絵柄が完成するわけです。

==============================

●高級品ぽく、お手軽に

描柄の技法は、この30~50年ほどで、飛躍的な進化がありました。もちろん、旧来の技法は今でも引き継がれています。 伝統的な方法以外に、機械やコンピュータ、化学薬品の開発が進み、昔なら長時間かかっていた作業が時短でできたり、複数の工程で担っていた作業がワンストップでできるようになりました。 なので、職人さんが長い時間をかけていた描画に近いものが、コンピュータ制御された機械で、短時間で作れるようになりました。 絵柄の表現にも、新しい技術がどんどん入ってきています。具体例として、友禅風の絵柄を型抜きに加工する技術があります。 絵柄の型を生地の上に置いて、上から染料を含ませたスポンジ状の道具でポンポンしたり、ピースガンと呼ばれる機械で、染料や顔料を霧状にして吹き付けることもあります。 型を外すと、クッキリ絵柄ができている!というものです。

==============================

●色素の定着

伝統技法でも近代技法でも、染色に関してとても重要なポイントがあります。 それは、色素を定着させることです。 友禅では、染料で描いたあと、必ず「蒸し」という工程を通ります。高温の蒸気(80度以上)を当てて、染料を生地に定着させます。 蒸しが終わると、水で流す工程があります。余分な染料や、不純物を洗い流します。 これらの工程が粗雑(時間が短い、温度管理ができていないなど)だと、あとから色落ちしたり、絵柄のにじみを招く可能性があります。 染色以外では、金彩や螺鈿など、生地の上に「置く」技法があります。こちらも、金や装飾物が落ちる・剥がれるのを防がなければなりません。 古来ではデンプン糊、現在はゴムやバインダーと呼ばれる樹脂が使われていますが、接着剤の役割をする素材を使って、装飾が生地からはがれないようにしています。

==============================

●柄が消えた?

で‥‥ ここまで、絵柄の説明を長々とさせてもらったのは‥‥最近、ある現象のご依頼が立て続けに入り、それが絵柄に関する症状だったからです。 ご相談の内容は、主に、 1.着ている間に、だんだん絵柄が薄くなってきた!2.クリーニングに出したら 絵柄が消えて返ってきた!3.絵柄の表面を指で触ったら、取れてきた といった内容で、なかなか深刻です。 しかも、1件や2件ではありません。同じメーカーさん、問屋さんから、毎日のように商品が送られてきているのです。 で、原因を調べると‥‥ 前述した「近代的な描画システム」と、関係がありそう‥‥ということになったのです。

==============================

●スピード描画の難点 最初に、型抜きによる染色技法をご紹介しました。型は使いますが、染料を生地に当てるのですから、定着作業をしっかり行えば問題はないように思われます。 が、やはり職人さんが筆を使って描くのに比べると、染料の浸透や、生地への圧着度が違います。 そこで、染料を生地にピッタリ定着させるため、「染料にバインダーを混ぜた混合液を噴霧する」という技法が使われています。 染料だけだと定着が弱いので、接着剤に似た成分を配合してあるわけです。 ちょっと粘着性のある、生地に密着しやすい染料液‥‥というイメージでしょうか。 よく考えられた技術だと思いますが‥‥現物を検品しながら調べていくと、染料に混ぜたバインダーに、絵柄が落ちる原因が関係しているようでした。

2023年05月30日

凛マガジン(展示会)

●展示会や見本市で

●作家先生は、カリスマ店員

●爆売れは‥‥しない

●無料のオマケが戻ってくる(T_T)

●補正できない場合も‥‥

●特性上、補正不可能(T_T)

==============================

●展示会や見本市で バブルの頃は頻繁に見られましたが‥‥皆さまは、呉服の展示会や見本市といった催し物に行かれたことはありますか? 主に問屋さんの主催が多いのですが、大きなホールや会場を借りて、複数の複数のメーカーさん、工房、作家さんたちが、商品を展示販売します。 週末の2~3日限定で開催され、終了すると別の場所へ‥‥全国を転々と回ることもあります。 会場で人気なのが、作家先生のブースです。「友禅の〇〇先生の新作公開!」「しぼりの△△先生、ご来場!」など、CMやチラシで宣伝されることもあります。 会場は、出店者ごとに区画分けされています。その一角に、作家先生の専用ブースがあります。 いつもは工房で作業している先生方が、作務衣姿でブースに座っていて、直々に商品の説明やお見立てをしてくれる‥‥というわけです。 作家先生の作品を所有することをステイタスだと感じる方は多いですから、作品が見られるだけでなく、直接話ができるとなると、特別な機会となります。

==============================

●作家先生は、カリスマ店員 作家の先生と話ができる‥‥!これにはきちんとした(笑)、業界のウラ事情があります。 なぜ、貴重な創作活動の時間を割いてまで、先生方を現場に呼び寄せるのか?当然ですが、その方が目立つし、PR効果があって売れるからです。 展示会のスケジュールが決まると、主催する問屋さんから先生方に連絡が行きます。〇月〇日から□□県でやりますから、来てくださいね、みたいに、先生方を手配するのです。 余談ですが、さらにウラ事情を紹介すると‥‥先生方の中には「もどき」もいらっしゃいます。作家活動をしていない人が、先生に扮しているケースがあるんです(!) え?!どーゆーこと?! 呉服業界の人間で、商品知識も豊富であることが条件ですが‥‥作家でなくても、「それっぽい風貌の人」は、「先生」に抜擢されやすいんです(^-^; 立派なヒゲがあるとか、ロン毛を束ねているとか‥‥芸術家っぽく見えるルックスだと、にわか先生にスカウトされるかもしれません(笑)。 話を戻しますが‥‥要するに、作家の先生が商品の説明をしてくれたり、相談に乗ってくれたりすると、商品の格が上がったような感じがするわけです。 先生ご直々のお見立てとあらば、「ちょっと高いけど、買ってみようかな」となるお客さまは少なくありません。 一般的に、販売員(マネキンさん)は女性が多いですから、男性が接客するだけでも印象が変わりますよね。主催者や出店者は、そうした効果も見込んで企画しています。

==============================

●爆売れは‥‥しない 数多くの品物に、先生方の直接販売‥‥華やかな展示会場ですが、それでも昔に比べると、商品の動きは鈍くなっています。先生のお薦め効果で、展示会の売上が爆上がり‥‥とはいきません。 一円でも高く、一点でも多く売りたい主催者に対して、お客さまは、一円でも安く、お得に買いたいと思って来ています。 買ってもらうために販売価格を下げると、利益も少なくなります。そこで、値段を下げずに買ってもらえる秘策(?)があるんです。 会場で商品を売る会社や作家さんたちは、新作だけでなく、ちょっと古い商品や、B反のような難モノを持参しています。 迷っているお客さまに、「お買い上げいただいたら、このお襦袢もお付けしますよ。ここに小さな難がありますが、着たら表から見えないし、品質はとても良いものです」と、難モノのプレゼントで販促をするのです。 難ものは、正規の商品として販売することはできません。商品の値段を下げて売るより、難モノをプレゼントにして、お得感で買ってもらう方が、難モノも無駄にならないし、お客さまにも喜ばれます。

==============================

●お客さまは承諾済なのに‥‥ オマケは、B反品の他、店頭展示で汚れの付いた和装小物などをよく見かけます。 もらったオマケを、そのまま持ち帰る場合は問題ありません。 しかし、お襦袢用のB反などをオマケしてもらった場合は、仕立てが必要なので、そのままでは使えません。 また、「買ったきものが仕立て上がったとき、いっしょに納品して」と言われることがあります。そういう場合、オマケは、購入した商品といっしょに、売り手が管理します。 ところが、オマケが検品に引っかかり、メーカーに差し戻されるケースがあるんです! そりゃあ通らないでしょ、難モノなんだから。でも、オマケは商品ではありません。お客さまのご要望で、いっしょに入れてあるだけなんです。 しかし、売場でのやりとりを知らない検品担当者は、「こんな難モノを、流通させるわけにはいかん。メーカーに差し戻して、直してもらって」と言うわけです。 無料のオマケを同梱しているだけ、という説明が、通用しないんですね(>_<) 極端な場合は、伝票に「粗品 ¥0」と書かれてあっても、検品でアウトになることがあります。

==============================

●無料のオマケが戻ってくる(T_T) そして、何とも理不尽な話ですが、「なんぼ説明しても、聞いてくれへん。凛さん、なんとか格安で直して~」と、ご相談に来られる方が、毎年数件はあります。 僕らも、なぜこの説明が理解してもらえないのか、本当にわかりません。気の毒なのは売り手(メーカーさん)です。 難モノの不良在庫とはいえ、生産コストのあるものを無料で提供し、売上を増やそうと工夫しているのに‥‥補正を強いられ、補正でもコストが発生したら、展示会に出している意味がありません。

==============================

●補正できない場合も‥‥ 僕らも、こういうご依頼で利益を出そうとは思いません。実費程度で協力したいと思いますが、検品に通らなくてはダメなので、なかなかの難題です。 そして中には、補正が難しい品物もあります。 最近の事例では‥‥お襦袢の生地と、草履バッグです。 お襦袢の生地は、生地難(織る工程で、機械の作動や混入物などにより生地にキズや凹凸ができる)でした。 完全に消すことは無理だったので、きものを仕立てるとき、断ち合わせを変更してもらうことにしました。 しかし、経ち合わせの変更は、難のない生地には行わない手順です。そこで、検品を通すため、「墨打ち(すみうち)」を行いました。 墨打ちとは、パーツの取り方がわかるよう、生地に印を入れる作業です。 墨打ちがあることで、仕立屋さんは断ち間違いをしないし、指示のもとに断ち合い変更をした、という証明になります。

==============================

●特性上、補正不可能(T_T) 草履バッグは、品物の特性上、簡単に直せません。 バッグなどの小物は、きものの生地で作られていますが、それだけだと薄すぎます。 強度を上げ、しっかりした形状を保つため、接着剤で厚紙に貼り付けてあります。なので、生地だけを外して洗うことができません。 どうしても補整が必要な場合は、まず、使用されている接着剤が何で溶けるのか、テストをします。そして、接着剤が溶けないように、また厚紙を痛めないように、使用する薬剤や補整方法を確定しなければなりません。 こちらのケースは、依頼者さまが常連のお取引先でした。なんとか助けて欲しいと懇願されたこともあり、山盛りのテストの結果、何とか補正することになりました。 が、通常はお断りしております。手間と時間がかかり過ぎて、まったく採算が合わないのです‥‥m(__)m 僕らの立場から言えることは‥‥展示会での難モノのオマケは、商品として売れないものを活用するイイ方法だと思います。 もし、皆さまが難モノのオマケをもらうことがあったら‥‥ お願いです!少々重くても、オマケだけは持ち帰ってください。

2023年06月30日

凛マガジン(着物との100年)

●きものと100年間●力関係の変化●量販品、展示会の特徴●見立てができない●不要な補正

==============================

●きものと100年間 皆さまご周知のとおり、現在の生活では洋装が標準になっています。でも、少なくとも昭和初期──100年ほど前までは、日本人はきもので生活していました。 裕福でなくても、新しいきものが必要になる機会がありました。毎回新調する余裕がなくても、洗い張りや仕立て直しをして、長い期間着用する工夫がされてきました。 日常的に着用されることで、呉服のメーカーさんだけでなく、洗い張り、仕立て直し、染め替え‥‥など、メンテナンスに関わる職人さんたちの需要もあったわけです。 今はと言うと、きものや着付けは、おしゃれや教養として楽しむ風潮が強いでしょう。素晴らしいことだと思いますが、「必需品」ではなくなってきています。 そして、きものが必需品ではなくなったことで、業界内の力関係にも変化が出ています。

==============================

●力関係の変化 きものが必需品だった時代は、作り手=メーカーさんの立場が強かったです。 誰もが必要とするもので、作るとすぐに注文が入り、人気商品なら品切れになります。問屋さんや小売店さんは、売れる商品を仕入れるのに躍起になります。「作り手優位」のため、値崩れもありません。 ところが、きものが普段着でなくなると、この力関係が一気に逆転しました。 メーカーさんが作っても、昔のように注文が入らない。売るための対策として、値段を下げたり、コスト削減で工程を合理化したりと、本来の呉服生産とは違う方法も取り入れられるようになりました。 同時に、問屋さんや小売店さんの立場が強くなり、「注文してやっている」「買ってやっている」になってきたのです。 メーカーさんは、これまでのような商品開発・生産ができなくなり、問屋さんや小売店さんの顔色を見ながら、取引を続けてもらえることを優先するようになりました。 廃業や倒産する会社も増えました。高齢化の問題もありますが、メーカーさんから受注を受けていた職人さんたちも、廃業される方が増えています。 一方、売れるきものを作る動きもあります。 一点もの、高級品ではなく、誰もが手軽に買える量産品を作る、手軽に買える機会を作ればいい、という発想が出てきました。 そして、昔のような町の呉服店ではなく、見本市や展示会といった販売方法が増えてきました。

==============================

●量販品、展示会の特徴 きものに詳しい人なら、広げた反物を見ただけで、仕立てて着用したら絵柄がどう出るか、イメージすることができます。ただ、それができる人はとても少ないです。 そういう意味で、仕立て上がりの品物や、展示会のディスプレイ(マネキン人形、衣桁、仮絵羽での展示など)は、着用した状態が一目瞭然で、お客さまに親切だと思います。 ただし、地直し職人として不安を感じるのは、展示会で売れた商品には一定数、共通のトラブルが見られることです。 それは、商品知識のない人が売ったのではないか?ということ(現場を見ていないので、確定はできませんが)。

==============================

●見立てができない 展示会では、メーカーの社員さんが販売員を務めることがあります。その場合は、自社の商品で知識があるから問題ないのですが、、、 販売員さんの中には、商品の知識が不十分なまま、接客やトークだけが上手な人もいらっしゃいます。 わかりやすい事例で解説します(実際にあったお話です)。 最近は、日本人も体格が大きくなっています。お客さまにも、サイズが大きめの方がいらっしゃいます(ふくよかな方、高身長の方)。 サイズが大きくなってくると、生地の量が足りなくなったり、身頃の途中で絵柄が切れてしまう!ということがあるのです。 ベテラン販売員さんは、お客さまと対面した段階で、ピンときます。 経験と勘で、この品物で、生地量は大丈夫かな?と配慮することができるのです。 ベテランでなくても、誠実で丁寧な対応ができる販売員さんは、パッと見の判断は無理でも、接客の際、さりげな~く採寸に近いことをやって、確認することができます(巻尺を当てなくても、モノや自身の手指などを使って、おおよそわかります)。 しかし、商品知識がない人や、ノルマや自分の成績を優先する人は、仕立てた後の状況を考えることがありません。 中には、確認すればわかるのに「できますよ!」と言い切ってしまう人もあるようです。 さて、めでたく商品が売れ、いざお仕立て!という段になって、採寸表を見たら‥‥ 生地が足らんやん!柄が切れてるやん!という商品が持ち込まれたことは‥‥残念ながら、一度や二度ではありません。

==============================

●不要な補正 生地が足らない、絵柄が途中までしかない!しかしこれは、決して「難」ではありません。きちんと規格を満たした商品です。 仕立ててみないとわからない呉服は、お客さまに合った売り方をしないと、こういう事態が起こり得ます。 また、一度売れた商品に対して、「お買い上げいただきましたが、生地の量が足りていませんでした」と、お詫び・撤回されることはほぼありません。 そして、凛に持ち込まれてくるのです。 絵柄が足りない部分に、商品に合わせて絵柄を描き足したこと、わずかに生地巾が足らず、全体をまんべんな~く引っ張ってお客さまサイズに合わせたこと、あまり後味の良い仕事ではありませんが、そういう経験もあります。

2023年07月23日

凛マガジン(祇園祭りの思い出)

●祇園祭の思い出

●祭と言えば、浴衣!

●家庭でのお手入れと、和裁

●お手入れランキングとコスト

●家庭にあった道具(1)

●家庭にあった道具(2)

●おばあちゃんの工夫

●家庭のお手入れに代わるもの

●今のうちに聞いておきましょう!

==============================

●祇園祭の思い出

全国には、数多くの夏祭り・秋祭りがありますが、京都でこの時期に「祭」と言えば、祇園祭と決まっています。 最近は、運営方法やお客さまの層などに変化が見られますが、市内の町ごとに所有している「鉾」が町内を巡行するのが主体です。 子ども時代の思い出は、「コンチキチン」の鳴り物を演奏する「囃子方(はやしかた)」を務める友ちがいると、晴れ姿を観に行ったこと。名前を呼ぶと、鉾の上から手を振ってくれたり、真剣に演奏する姿を見て、楽しかったのを思い出します。 あと、楽しみだったのが、鉾の「曳き初め(ひきぞめ)」です。祇園祭の「鉾立て」が終わると行われる、儀式のことです。 巡行の本番は、町内の決まった人間しか鉾を引けませんが、曳き初めは誰でも参加することができます。「曳き初めで鉾を引いたら、1年間風邪をひかない」と言われていることもあり、町の住民でなくても、大人、子ども、おじいちゃん、おばあちゃんもいっしょに引いていました(最近では、見物客や外国人観光客の参加もあるようです)。 曳き初めが終わると、鉾の乗車見学券やお菓子がもらえたりします。このお菓子が楽しみなのですが‥‥町によって曳き初めの時間や、もらえるモノが違うんです。 小学生ぐらいの頃は、どのルートで回るといちばんお菓子がもらえるか‥‥鉾の出る時間を調べたり移動時間を計算したりして、あっちこっちの曳き初めを回っていました(笑)。

==============================

●祭と言えば、浴衣!

祭とは切っても切れないのが「浴衣」です。キセちゃん・オケちゃんの子ども時代も、祭見物は浴衣と決まっていました。周りもみんな浴衣だったので、それが当たり前だと思っていました。 僕らの子ども時代ぐらいまでかな?と思うのですが、家族親戚やご近所に、和裁ができる人が何人もいました。 普通の家なのですが、表札の横に「洗いはり」や「和裁」の看板を上げているお宅もありました。 「〇〇ちゃんのおばあちゃんに言うたら、縫うてくれるよ~」みたいに、浴衣を仕立ててもらうのが当たり前でした。 子ども時代は成長が早いこともあり、毎年のように浴衣を縫ってもらっていたように思います。

==============================

●家庭でのお手入れと、和裁

昔は、多少のお手入れやお直しは、家庭でしていたんですよね‥‥そのことについて、ちょっと深堀りしてみたくなりました。 古き良き時代、家庭ではどんな方法で、どんなお手入れがされていたのか、わかる範囲でご紹介していこうと思います。 まず、身近に和裁ができる人が多かった理由ですが‥‥これは明らかに、女子の学校教育からきているでしょう。 明治から大正時代、未婚の女性はいわゆる「花嫁修業」として、裁縫を学ぶことが標準的で、女学校でも裁縫の授業があったようです。 作家で、きもののデザインも手がけられていた、宇野千代さん(1897~1996)は、高等女学校時代、1週間に12時間裁縫の授業があり、作家として売れるまでは、和裁の仕事をして食いつないだことがある、と著作に書かれています(※『宇野 千代きもの手帖:お洒落しゃれても』)。 週6日の通学として、1日あたり2時間。なかなかのボリュームです。女性の社会的地位が低かった時代ですが、手に職があれば、生活の足しになるという教えだったのでしょう。

==============================

●お手入れランキングとコスト

家庭でのお手入れで多かったのは、「洗い張り」「繕いもの」「シミ抜き」だと思います。 少なくとも昭和初期ごろまで、家庭での洗い張りは一般的だったようです。 繕いものとシミ抜きは、仕立てをほどかなくても可能ですが、洗い張りは、仕立て上がったきものを全部ほどいて反物に戻し、もう一度縫い直す作業が発生します。 仕立てを頼める人が居るかどうかは、とても重要です。 和裁のできる人がほとんどいなくなった現在、仕立ては仕立屋さんに発注するしか手段がなくなりました。そうなると、昔の近所のおばちゃんに頼むような価格では到底無理です。 物価の変動もありますが、昔は2千円、3千円という、主婦のお小遣い稼ぎ的な値段だったのが、今はゼロが1つ増えてもまだ安いぐらいです。 そんなにコストがかかるなら、洗い張りしなくても‥‥という選択になってしまうのでしょう。

==============================

●家庭にあった道具(1)

次に、昔の家庭にあったお手入れ道具の話です。 家庭で洗い張りを行うのが一般的だった時代、洗い張りしたきものをペタンと貼り付ける、専用の板があったそうです。話に聞いたことはあるのですが、僕らも現物を見たことはありません。 大きさで言うと、畳1枚よりも少し大きいぐらい。仕立てをほどいてバラしたきもののパーツを、板に貼り付けて、風通しの良い場所に置いておきます。暑い日なら、数時間で乾くでしょう。 昔、おばあちゃんたちから聞いた話では、「乾いたきものを、ベリベリっと剥がすと、糊付けしたみたいにピンとなる」とのこと。 板に貼り付けた生地をベリベリ剥がすとは、少々乱暴な気もしますが(笑)‥‥ 普段着使いだったことや、当時は硬めの風合いが好まれていたことなどが、背景にあると思います。

==============================

●家庭にあった道具(2)

洗い張りの道具では、板の他に「伸子(しんし)」も使われたようです。 80代の男性から聞いた話です。子どもの頃、家には、竹ひごの両端に針のついた道具があって、洗ったきものをピンと貼って、風通しの良い場所に吊るしてあったそうです。 板を使うより場所を取りませんし、使わない時は収納できるので、ご家庭向きだったのかもしれません。 あと、最近はあまり聞かなくなりましたが、ベンジン!昭和40年、50年代ごろまでは、お家で使われることが多かったように思います。ファンデーションや口紅など、油溶性の汚れを落としたいときに使われていました。 専門家ではありませんから、タマには失敗することもあったようです(笑)。でも、自分で試して失敗しているから、自己責任。 「この方法でやると、失敗するんやな‥‥」と、経験から学んでいたんですね‥‥。

==============================

●おばあちゃんの工夫

キセちゃんのおばあちゃんは、普段からよくきものを着ていました。 頻繁に着用するきものは、袖やたもと、裾などにほころびが出ますが、小まめに針仕事をして直していました。 子どもでしたがハッキリ覚えているのは、汚れ防止の付け衿(衿カバー)を自作していたことです。 「衿はな、すぐ汚れるから、こうやって付け衿しとくねん。汚れたら、衿だけ外して洗えるし、擦り切れたら付け替えたらエエねん」と言っていたのを思い出します。 家庭でお手入れがされていた時代は、着る人も長持ちするように、いろいろ工夫していたんだなぁーと感じます。

==============================

●家庭のお手入れに代わるもの

家庭でのお手入れが減ってきた頃から、専門業者が増えてきました。中でも大きかったのが、和装クリーニングでしょう。 昔は、揮発溶剤は高価でした。 クリーニングには大量の揮発溶剤を使います。洋服に比べて生地量が多いこと、素材が正絹であることから、当初は贅沢な加工だったと思います。 その後、揮発溶剤の性能が上がり、値段も下がってきました。クリーニングの設備も向上したことから、仕立ての必要な洗い張りより、丸ごと洗えるクリーニングが重宝されるようになったのだと考えます。 仕立てに関しては、和裁のできる人材が減っており、国内での仕立てが高価になっています。品質が良くて価格もお手頃なのが、ベトナムです。 仕立てを依頼して、「お急ぎでなければ、お安くできるコースがありますよ」と言われたら、まずベトナムでしょう。 仕上がりがキレイで価格も安いのですが、輸送が必要なので、納期はかかります。 凛でも、ベトナム仕立てにはお世話になっています。仕上がってきたものを検品しますが、優秀な職人さんを育成されていると思います。

==============================

●今のうちに聞いておきましょう!

今回、少し残念に思ったのは、わずか二世代上まで、きものが普段着の身内が居たのに、もっと話を聞いておけば良かったなぁ~!ということ。 洗い張りをする板も、実際に見たことはないし‥‥現在使われていない道具やエピソードについて、いろいろ聞くことができたかもしれません。 和装で過ごしていたキセちゃんのおばあちゃんには、たくさんきものの話が聞けたと思いますが、社会人になって呉服の仕事を始めた頃には、既に他界していました。 皆さまも、周囲に詳しい方がいらしたら(呉服に限らず、昔の話は何でも)ぜひ、聞いてみてください!

2023年09月19日

凛マガジン(カビに有効な)

●カビに有効なオプション

●ガード加工の歴史

●メジャー3社のガードと特徴

●オプション加工のオプション

●多機能はお得なの?

●ガード加工に関するウワサ

==============================

●カビに有効なオプション カビの発症を抑えるのに、効果的なオプション加工があります。それが、ガード加工です。 品物をガード液と呼ばれる化学薬品の液に浸して、水分や汚れをはじいてくれるようにします。 ガード液の成分は会社によって異なり、配合や施工手順は企業秘密ですが、大別すると「石油系」と「フッ素系」があると言われています。

==============================

●ガード加工の歴史 ガード加工とざっくり言っても、実際にはとても多くの種類があります。 その先駆けとなったのが、有名最大手の「P」社でしょう。 前身は1924年創業の老舗で、開発のきっかけになったのは海軍からの依頼だったというから驚きです。 P社が開発した撥水加工は、反物だけでなく、仕立て上がりの商品にも施工できるため、大ヒットしました。 ガード加工に参入する会社も増えてきて、現在は、加工を提供する会社も、ガードの種類も、大変多くなっています。

==============================

●メジャー3社のガードと特徴 中小企業や個人商店まで含めると、ガード加工の業者はたくさんありますが、代表的なのは、次の3社でしょう。 1.P社前述した、業界最大手です。自社開発したガード液で一躍有名になり、今では撥水加工がメイン事業になっているようです。 加工も自社工場で行っており、加工前の検品からアフターまで、総合的にフォローしています。ブランド力もあることから、価格はお高めです。 2.S社「S社」と表記しましたが、厳密には「S」はブランドの名称で、その商標を持つ会社は、1925年に英国で創業されました。 自動車塗装用のマスキングテープで業績を上げ、接着剤や防水加工へと事業を拡大。防水のスプレー缶は、一般消費者向けにも売られており、皆さまも一度は目にしたことがあるでしょう。 現在、防水加工は本体の会社から枝分かれし、防水加工専門のブランドになっています。 前出のP社と違うのは、ガード液は独自開発ですが、加工は手がけていないこと。加工業者や職人さん向けに、ガード液を販売する形態を採っています。なので、同じS社のガード加工でも、加工業者によって仕上がりに差があります。 3.T社フライパンの表面加工で有名な会社です。多くの商品があって、発注すると「どれにしますか?」と訊かれます。 メインは、ブランド名の入った「証紙」が添付される、ハイクラスのガード加工。それ以外に、お手頃価格のもの、証紙は付かないけど、ガードの効果はありますよ、というものまで多くの種類があります。 上記3社は、化学薬品や表面加工からスタートした企業ですが、現在はこれ以外に、大手呉服チェーン店なども参入しています(後述)。

==============================

●オプション加工のオプション もともと、ガード加工はオプションで行うものなのですが‥‥そのオプションに、さらにオプションがあるよ!という、ややこしい話です(笑)。 ガード加工の会社や種類が多様化するにつれ、「撥水効果以外に、こんなメリットもあります」と付加価値を謳う商品が出てくるようになりました。 具体的には‥‥柔軟加工、防汚加工、防カビ加工、静電気防止加工‥‥などなど。 厳密に言うと、ガード加工をするだけで、ある程度柔軟性は増します。また、水分が入りにくくなる分、カビは生えにくくなるんです。 が、敢えていろいろ列挙して、相乗効果を謳っている製品もあります。また、撥水以外に、他の効果も得られるように開発されたガード液もあります。 もうひとつ、きものメーカーなどのガードに多いのが「保証期間」です。ガードをかけてから、5年以内に不具合が出た場合は、無償で再加工します、というものです(5年だと、長い方だと思いますが‥‥)。 「保証期間内なら、ガードの再加工だけでなく、汚れ落としも無料!」と謳っている呉服販売チェーンもあります。 保証を付けると、その分価格は上がります。しかし、期間内は無償、汚れ落としまでやってくれるの?! というお得感で、付帯される人も多いようです。

==============================

●多機能はお得なの? 僕らの工房には、ガード加工の依頼も、ガード加工をした品物の補正依頼も、両方あります。 皮肉なことに‥‥ガード加工が原因で、別の難を発症してしまうレアケースが、一定数あります。 パターンとしては、2つ。 1つは、加工業者が外部からガード液を仕入れたり、自社配合している場合。これは、ガード液そのものより、施術の方法や手順が原因になっていることが多いです。 コスパ重視で、一度の加工で多数の、または長時間同じガード液を使い続けると、汚れっぽい、くすんだ仕上がりになることがあります。高価なガード液を使っていても、加工のやり方に問題があると、美しい仕上がりにはなりません。 2つめは、あくまでも経験上の感覚ですが‥‥なぜか、難の出るガード加工は、前述の「多機能ガード」に多いように感じます。 特に、地色の黒い喪服は、発症すると目立ちやすく、ガード難の中でダントツ1位です。 さらに、保証期間のあるガードでも、不思議と保証期間を過ぎた頃から、難が出やすくなります。 誤解されがちですが、ガード加工は、未来永劫効果を発揮するわけではありません。摩擦が生じやすい場所、よく動かす部位は、経年で効果が落ちてきます。 雨傘も、新品は雨粒が美しい玉になって流れますが、長年使っているとダラーっとなってきますよね。あれと同じだと思ってください。

==============================

●ガード加工に関するウワサ 最近、ネットや雑誌で、ガード加工のデメリットを取り上げた記事が増えています。 丁寧に説明されているものもありますが、中には説明が不完全だったり、誤った認識から書かれているものもあります。 以下、デメリットについて多く見られたものを、職人目線で解説します。 1.水をはじくから、伝統的な洗い張りができない。 「伝統的な」と断ってあるのが気になりますが、ガード加工後も、洗い張りは可能です。ガードは、水を完全にはじくのではなく「水分が浸透しにくくなっている」のです。洗うために水分を繊維内に取り込む方法はありますし、そのための薬剤もあります。洗ったあと、薬剤成分が残らないように処理すれば、再びガード加工が復活します。 2.水をはじくから、染め替えができない。 染色には「引き染め」と「焚き染め」があります。引き染めは、染料をはじく、またはムラになってしまうのでできませんが、焚き染めは可能です。また、部分的な引き染めなら、そこだけガードを除去することもできます。 ただし、失敗すると事故になるので、技術のある専門家や業者さんに相談されることをお薦めします。 3.常温、または冷水には有効だが、ホットドリンクなど温度の高い液体だと浸透を防げない。 これは正解です。あと、油溶性の成分はガードで防ぐことはできません。 会食で、ステーキソースが飛んだ商品をお預かりしたことがあります。「ガード加工してるのに、シミになった!」とご不満でしたが、ガードは油性の成分には効きません。 ただ、油性のシミは、難の中でもいちばん簡単に落とせるものです。変質するまで放置しなければ、キレイに取れます。 4.仕立て上がり品で、汚れがあることに気づかずガードをすると、取れなくなる。 こちらも認識違いがあります。ガードをしていると、汚れ成分の酸化が始まるタイミングは遅くなります。だから、短期間で重症化することはありません。前述のガード除去処理を行えば、あとからでも落とせます。

2023年10月31日