凛マガジン(格と洒落紋)

●悉皆(しっかい)という仕事

●悉皆にも分野がある

●作業はしないけど

●手腕の具体例

●助かっています

●久しぶりの再会

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●悉皆(しっかい)という仕事

京都の伝統的な呉服づくりの特徴のひとつに、完全分業制があります。各工程を独立した職人さん(または業者さん)が担っており、分業で進んでいきます(加賀など、分業でない作り方が主流の地域もあります)。

大勢の職人さんの間を行き来し、依頼者(メーカーなど)の意図を伝え、指示を出す専門職――それが、悉皆屋(しっかいや)さんです。

「悉皆」という言葉は、「すべて、みんな、一切合切」という意味だそうです。

「きもののことなら、なんでもやるよ!」みたいな仕事だとイメージしてください。 僕らの仕事も、さまざまな職人さんとやり取りしたり、生産中のものから着用後まで、品物の状態を問わずに仕事をするところは、悉皆屋さんと似ています。 逆に、決定的に違うのは、悉皆屋さんは「指示は出すが、自分では作業しない」という点です。

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●悉皆にも分野がある

ネットで「悉皆業」を検索すると、おもしろいことが起こります。

ヒットした悉皆屋さんのホームページを見ると「お手入れ」「染め替え」「仕立直し」など、掲げている仕事の容は、みんなが同じではありません(複数の作業を受けているところもありますが)。

「なんでもやる」悉皆屋さんにも、厳密には得意分野・専門分野があるからです。 悉皆屋さんの専門分野は、その方の人脈に関連します。どんな職人さんを抱えているかで、悉皆屋さんが受ける仕事が決まるからです。

黒染め専門、ロウケツ専門‥‥紋付専門、洗い張り専門、着尺(訪問着・附下など)専門‥‥紬などの「シャレもん」専門‥‥ 同じ染色分野でも、「ぼかし専門」、さらに、ぼかしでも「かすみ」「もや」など、(それ以外が出来ないというわけではありませんが)幅広くきものづくりに携わる一方で、非常に特化した専門分野を持つ仕事でもあるのです。

一例として‥‥「黒染屋さん」で紋付を作るなら‥‥
1.墨打ち(悉皆屋さんが行うこともあります)

2.ゴムをかける

3.紋を伏せる

4.黒く染める

5.蒸し・水元で伏せを落とす

6.揮発水洗でゴムを落とす また、

訪問着なら、

1.墨打ち

2.下絵

3.糸目(絵柄の輪郭)

4.友禅

5.糊伏せ

6.地染め

7.蒸し・水元(糊を落とす)

8.整理

9.金加工

10.刺繍

11.裁断→仮絵羽

‥‥と、すべてがこれと同じではありませんが、こんな風に進んでいきます。これらの工程を担う職人さんや工場が、その悉皆屋さんの人脈です。 現場監督のような仕事なので、

1着のきものに複数の悉皆屋さんが携わることはありません。 どんなきものを作りたいかで、どの悉皆屋さんに発注するか決まります。ですから、依頼する側(メーカー、問屋など)は、複数の悉皆屋さんと取引があります。

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●作業はしないけど

指示を出すだけで、自分では作業しないなんて、ズルいなぁと思われるかもしれませんが(笑)、いえいえ、違います!作業こそしませんが、悉皆屋さんの知識と人脈はすごいものです。

現場での采配が、どれほど仕事の流れを変えるのか、事例で説明しましょう。 一般的に、きもの一着分に必要な反物の長さは、「三丈物(さんじょうもの:僕らはもっぱら、『三丈もん』と呼びます)という種類です。

が、オモテ分の三丈に、八掛分がいっしょになった「四丈もん」という反物もあれば、本振袖などに使われる「五丈もん」もあります。 四丈もんの反物を使って、きものを作ることになりました。

地色を染めるため、染色工房に染めを依頼するとしましょう。すると、染め屋さんが言いました。「うちは、三丈までしか染められへんで」 こういう時に、悉皆屋さんの腕がモノを言います。

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●手腕の具体例

四丈もんを、三丈までしか染められない染屋さんで染めてもらうため、悉皆屋さんは何をするのか‥‥。

四丈もんの反物を広げ、「墨打ち(きものに仕立てるとき、裁断する位置を示す印)」をします。 つまり、「ここまでがオモテ、ここからが八掛」と、マークを付けたのです。そして、三丈の位置で生地にハサミを入れて、裁断しました。 これで、四丈もんだった反物が、三丈もんに変身! 依頼した染め屋さんで染めることができるようになりました。

このケースでは「三丈と一丈」に切り分けただけでしたが、高級な留袖や訪問着に見られる「どんぶり」と呼ばる仕立てでは、パーツの取り合わせが特殊で、複雑になります。 その場合は、三丈の設備で染められるように、かつ、取り合わせに影響が出ないように、パーツの配置を考えて墨打ちをします。

熟練の悉皆屋さんには、豊富な人脈と、工程が順調に進む臨機応変な対応、適切な指示を出す決断力、リーダーシップがあります。

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●助かっています

僕らの仕事は、生産工程で生じた難を直す依頼が大半です。そして、悉皆屋さんから仕事をいただくケースが圧倒的に多いです。

いくら補正の技術があっても、ニーズを拾いに行かなくては、受注は取れません。本来なら、地直しだって営業活動をしなければならないのです。

しかし僕らは(開業当初は除いて)、営業しなくても仕事をいただける状態です。悉皆屋さんが、凛の営業マンになってくれているからです。 悉皆屋さんを通じて手がけた商品を他の業者さんが見て、紹介で新規受注になることもあります。 きものの知識では一流の悉皆屋さん。

だから、悉皆屋さんが評価してくれると、会ったことがない業者さんにも信頼してもらえるのです。 凛には複数の悉皆屋さんが出入りしてくださってますが、中でも数人の方とは、頻繁なやり取りがあり、大いに助けてもらっています。

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●久しぶりの再会

最近、しばらく交流が途絶えていた悉皆のAさんから、ご依頼をいただきました。 Aさんは、もともと問屋さんを回って、生産中のきものを扱う悉皆業でした。が、時代とともに生産数が減ってきて、仕事も少なくなってしまったのです。

白生地から新しく作るきもの(僕らは「アタラシもん」と呼びます)を対象にしていては仕事がないと判断し、小売店さんを回り始めたそうです。 そして、小売店さんが商品を売ったお客さまを対象に、保管中に出た難や、譲り受けたきものの仕立て直し、染め替えなどを提案するようになりました。

2018年11月22日