凛マガジン(末広)

「末広」の悲劇

●品物がやってくるルート

●見た目と実際は違う

●スリップと道具たち

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●「末広」の悲劇

一般の方からのご相談・ご依頼で、かけつぎ(かけはぎ))が必要となる事例をご紹介します。案件の数で言うと、いちばん多いのは、扇子による「ささくれ」や、糸の引きつれです。 和装に慣れている方ならご存じでしょうが、正装で、ご挨拶を伴うシーンでは、夏でなくても扇子(正装用の扇子を特に『末広(すえひろ)』と呼びます)を携えることになっています。 末広は、帯と帯揚げの間に入れることになっています。そして、ご挨拶の際に取り出し、相手との間に置いて使います。※ちなみにこれは、相手との間に「結界」を作り、「相手様より一段低い位置からご挨拶させていただきます」という意味があるそうです。 ご挨拶が終わったら、また帯の間にしまいます。ご挨拶が多いと、何度も出し入れすることになります。 「帯と帯揚げの間」にしまう、と書きましたが、実際は「きものと帯の間」に入ってしまうので、きものがささくれたり、糸が引けたりします。 扇子には竹が使われているので、その竹の凹凸が生地や帯に引っかかって、ささくれ状のキズになったり、重症になると帯やきものの糸が引きつれたり、引っ張られて表に出てくることもあります。

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●品物がやってくるルート

着用時のトラブルで、難が出た場合、持ち主さまの多くは、商品を買われたお店に持ち込まれます。そこから、商品が仕入れられた問屋さん→メーカーさん と、流通ルートを逆行して凛にやってくることが多いです。小売店さん、問屋さん、メーカーさんは、取次はしてくれますが、補正方法の判断はされないことがほとんどです。 間に入ってくださるお店や業者さんが多いと、正確な聞き取りができていないこともありますが、現物を検品しているとだいたいの経緯が推測できます。 検品結果をもとに、症状や補正方法をご説明することにしています。

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●見た目と実際は違う

かけつぎが必要な難にも、程度が様々でして‥‥見た目が悲劇的なもの、見た目の割には軽傷で、綺麗になるもの‥‥など、いろいろです。 かけつぎの例で言いますと、ササクレや糸が引けているものから、L字型に生地が裂けてしまっているものまで、いろいろです。 ここでお伝えしたいのは、見た目と症状の程度は、必ずしも一致しないということです。見た目が無残だと、もう直らないのでは?!とショックですが、見た目の割に、打つ手はある!ということもあります(中には、そうじゃないこともありますが‥‥)。 逆に、こんな小さい範囲だから‥‥と軽傷に見えるものが、面積は小さくてもどうしても痕跡が消えなかったり、完全に消すことは難しい、となることもあります。 いずれにせよ、違和感を解消し、コストもできるだけかからないように考えて、お客さまのご要望に応じた提案を差し上げるようにしていますので、お気軽にご相談ください。

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●スリップと道具たち

前回でも少し触れましたが、見た目には生地が裂けているのに、実際は生地に損傷がないことがあります。これは「スリップ」と呼ばれる現象で、生地の目が開いてしまい、裂けたように見える症状です。 実際には裂けているのではなく、織り目が整っていないだけなので、丁寧に糸の位置を戻していきます。 品物にもよりますが、大変細かい作業になります。生地の目の乱れを正確に把握するために、品物のウラからライトを当てて、生地目を見て行きます。 品物の厚みや色によって、やり方も変わります。色目が薄い品物は、下に黒や濃い色の紙を敷いて、コントラストをハッキリさせて検品します。逆に、濃い色の品物は、淡い色やアイボリーのような、薄めの色を背景にします。 特殊な道具も使います。もともとは専用具ではなく、ピースガン(液体を噴射するのに使う、電動の霧吹きみたいなもの)です。 ピースガンには、噴霧口の口径がたくさんあります。そのなかでいちばん細いものは、先端が針のように細くて、長い「芯」が入っています。この芯が針状で、織糸を動かすのに便利なのです。 ピースガン本来の噴霧はしませんが、応用して、織糸の位置を直しています。 これとは別に、生地の目を直す専用具もあります。ところがこの道具、20年ほど前はメーカーさんが複数あったのですが、廃業されるところが増え、今は一社しかありません(涙)。 商品の裏からライトを当てるのには、ホームセンターなどで売られている、拡大鏡とライトが一体型になった机上型(と言うのでしょうか? 机の上に置いて使うタイプのものです)を使っています。 細かい作業になるほど、道具や方法を工夫する必要があるのですが、専用の道具が絶滅危惧種になっていることがあります。 道具の職人さんの、後継者不足や廃業問題が大きな懸念材料になっています。市場から消えた道具は、代用品を見つけるか、既製品に手を加えて手作りするなど、別な工夫が必要になります。

2021年06月30日