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凛通信
●墨打ちって何?
●パーツの暗号
●あとから墨打ち
●墨打ちの難
●特殊な墨打ち
●墨打ち消し
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●墨打ちって何?
洋服と違って、きものは、反物(丸巻き)が商品の完成形となります。仮絵羽に仕立てるものもありますが、原則、反物です。
附下や訪問着など、丸巻きを広げると、途中にポンポンと絵柄が入っています。
どんな絵柄なのかは、わかります。
ただ、反物を広げただけで、着姿までイメージするのは、かなり難しいことです。業界内でも、パッと見てイメージできる人は、少ないと思います。
仕立てのとき、ハサミを入れた場所が間違っていたりすると、大変なことになります。
品物によっては、パーツの取り合わせが、複数通りできることもあります。これはこれで、どれが正しいんだろう?と、仕立屋さんは不安になります。
そこで、各パーツが間違いなく裁断できるよう、シルシを入れる必要が出てくるのです。
このシルシを、墨打ちと呼んでいます。
きものは、いろんな体形の方が着用できるよう、着付で寸法を調整します。
なので、まず白生地の長さを測ります(万一生地量が足らないと、全パーツが取れなくなるからです。
各パーツの配置が決まったら、墨打ちでシルシを入れます。
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●パーツの暗号
墨打ちは、名前通り、昔は墨で印されていました。今でも、墨を使っている工房はあります。
染める色や加工方法によって、鉛筆やマーカーペン(白、黒、金!など)、糊やゴムで伏せることもあります。
判別しやすく、仕立てるまで消えないように、使われる材料や入れ方が工夫されています。
シルシと言っても、パーツの輪郭線が描かれているわけではなく、短い線が入っているだけです。見慣れていないと、誤りの原因になります。
そこで、補助的に、パーツの種類を書き示す方法があります。袖なら「ソ」、身頃なら「ミ」、衽(おくみ)なら「オ」など。
肩山や袖山など、折り目が入るところには、折り目の位置が線で示されることもあります。見た目には、小さな直角三角形です。
これらに限らず、パーツの取り方が複雑だったりすると、イレギュラーなマークもあるかもしれません。
墨を打つ人と、他の職人さん──直接顔を合わせずに作業をして、ひとつの品物を完成させていく工程の、工夫と気配りです。
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●あとから墨打ち
附下や訪問着など、格の高いと言われる品物の場合、墨打ちは下のしが上がったばかりの白生地に行われることが多いです。が、例外もあります。
色無地、総ぼかし、小紋など、合い口で柄合わせが必要ない品物は、仕上がって仕立てる前に墨打ちされます。
また、小紋や紬の洒落もんも、墨打ちがあとになることが多いです。
部分的に絵柄が入るデザインではなく、柄合わせやパーツの取り合わせに制約がないからです。
反物を見て、どの部分に絵柄が出るか認識しやすくすること、仕立ての際、正しい位置にハサミが入るよう誘導するのが、墨打ちの使命です。
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●墨打ちの難
とは言え、墨打ちの難も、多くはないですがお預かりします。
頻度で言うと、5年に一度ぐらいですから、オリンピックよりも稀です。
墨打ちの位置が誤っていて、そのまま裁断してしまった!など、取り返しがつかなくなった事例もありました。
ただ、墨打ちの間違いにも、背景があります。
メーカーさんから呉服屋さんに販売された品物には、間違いはまずありません。
トラブル事例にたびたび登場してもらってますが(笑)、大型の見本市や展示会など、初対面のマネキンさんが接客して、
会期が終わったらお店が移動するような場合に、トラブルが起こりやすいように感じます。
商品が売れたら、寸法表を墨打ち屋さんに送って、終わったら仕立て屋さんへ。
お客さまと直接コミュニケーションを取る機会がないのも、一因ではないかと思います。
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●特殊な墨打ち
無地だけど、特別な目的があって墨打ちが行われる品物をご紹介します。それは、喪服です。
喪服は、5つの紋(反物の状態なら6つ)入っています。
左右の袖に1つずつ、背に1つ、左右の胸に1つずつ。紋を入れる位置も、墨打ちが参考にされます。
喪服は、大勢の人が同時に、同じ紋の入ったものを着用します。
現場もバタバタすることが多いので、間違えないように名前を入れることがあります。
名入れのための空白を「衿字(えりじ)」と言います。衿字が入る喪服は、墨打ちでマークされます。
衿字は、一般的に下前の衿先に入りますが、「下前の衽にしてください」など、特注もあります。
衿字の有無の他、入れる位置についても、墨打ちが重要な指示になります。
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●墨打ち消し
流行や生産工程の変化なのか、最近「墨打ちを消して欲しい」というご依頼が増えています。
時代とともに、墨打ちに使われる材料は多様化しています。品物が完成しても、墨打ちが残っていることがあります。
ただ、縫い代の内側に入ってしまうので、仕立てが終われば見えなくなるんです。
が、例外が増えてきました。
オーガンジーなど、透け感のある薄い生地だと、縫い代の内側の墨打ちが、生地を通して見えてしまう品物があるのです。
昔は、こんな事例が増えるとは思っていなかったのですが、部分的に仕立てをほどき、墨打ちが消えるような薬剤などをテストし、反応を見ながら消していきます。
消し終わったら、また縫い合わせて、何事もなかったように(笑)納品です。
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●墨打ちの伏せ
墨打ちのあとで、地色を染めます。
地色が濃いと、染め上がってから墨打ちが見えにくくなることがあります。
もともと、エンピツで墨打ちがされていましたが、この地色だと、染め上がってから判りづらくなるかも‥‥ということで、
友禅の糸目を置く際、墨打ちにも「伏せ」を行いました。これだと、墨打ちが見えなくなることはありません。
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