凛マガジン(紋の説明)

●紋が違う?!

●紋の説明1

●紋の説明2

●ほとんどお笑い

●紋の入れ直し

●悲しき事実

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●紋が違う?!

紋の間違いは、お名前の間違いと同様に単なるミスではなく、お家の名誉を傷つけることにもなりかねません。 だから、紋入りの品物は、特に気をつけるようにしているのですが‥‥事前にヒアリングも行い、現物でも確認しているので、どこが違っていたのか、見当がつきませんでした。 おまけに、特急扱いで仕立ても済んでしまった、ご丁寧にガード加工までかけた、とおっしゃるのです! ということは‥‥やり直すには、仕立てをほどき、ガードを落とす下処理もしなくてはなりません。 ちなみにこの時点で12月27日です。紋屋さんと仕立屋さんに連絡をし、対応していただくようお願いしました。

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●紋の説明1

紋が違う──何が、どう間違っていたのかは、これから明らかになっていくのですが‥‥ 調べていくうちに、紋の形(デザイン)は合っていたことがわかりました。形は合っていたけど、表現方法が違っていたのです。 同じデザインであっても、紋には3種類あります。日向紋(ひなたもん)、陰紋(かげもん)、中陰紋(ちゅうかげもん)の3つです。 「紋」というと、日向紋をイメージされる方が多いのではないかと思います。3つの中でもっとも格が高く、喪服や黒留袖に用いられます。コントラストがはっきりしていて、紋のモチーフが浮き上がる白抜きで入れられています

陰紋は、紋の形(輪郭)を線で表現したもので、略式とされます。日向紋に比べると、控え目というか、白く浮き出た面積が少なくなります。中陰紋は、日向紋と日陰紋の中間にあたる略式紋です。白塗りの面積も、両者の中間ぐらいになります。 紋入なら格が高い方がいいじゃないか、と思われる方もあるかもしれませんが、格の高いきものは着用するシーンも限定されます。「少しだけキチンとした感じにしたい」という場合は、格が高すぎてミスマッチになってしまいます。略式は格が低いからダメなのではなく、着用シーンによって使い分けることが大切なのです。 たとえば、「国民の紋」として知られる「五三桐(ごさんのきり)」にも、日向、陰、中陰の3種類あるのです。基本となる図案は同じですが、白く塗られた面積や表現のされ方が違います。 お時間のある方は‥‥五三桐でも、ご自身の紋でもいいので、画像検索してみてください。同じ紋にも違った種類があることがお解りいただけると思います。

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●紋の説明2

紋の種類に加えて、紋入れの技法にも種類があります。大きく分けると、石持ち(こくもち)、誂紋(あつらえもん)、刷り紋(すりもん)、縫い紋などがあります。 喪服や礼服、格のあるきものに使われるスタンダードな技法に「石持ち(こくもち)」と呼ばれるものがあります。紋が入ると判っている品物に使われます。 紋の入る位置を、白生地段階で円形に伏せておきます。黒の地染めのあと、紋の入る白い円の部分に紋を入れます。濃い色は、キレイに抜染するのが難しいのですが、石持ちだと最初から紋の場所が白く抜かれているので、繊維へのダメージも少なくてすみます。また反物が完成してから紋が入れられるので、便利でコスパも良いと言えます。

誂紋は、白生地段階で紋の図案が判っている品物に使います。あらかじめ、紋の図案を伏せてから地染めを行う方法です。地染めが終わって伏せを取ると、紋が白く浮き上がります。伏せによる図案表現なので、繊維へのダメージがほとんどないのが特徴です。 その他に、胡粉と呼ばれる貝殻原料で紋を描く「刷り紋(すりもん)」、刺繍で表現した縫い紋、花紋(本来の紋に装飾性の高い刺繍で入れる紋)などがあります。 紋部分がステッカーのように付け替えられる「貼付紋(はりつけもん)」は、レンタル品や、急を要する場合に便利です。別の紋の上にも貼り付ければ紋を変更できます。

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●ほとんどお笑い

さて、Aさんが品物を持ってきてくれたのは良いのですが‥‥ 見せてもらうと、反物のままではないですか!!電話では「仕立ても終わってる」と言われたのに‥‥ 短期間にいろんな情報が錯綜し、Aさんもわけがわからなくなっているようです。 仕立てをほどく手間は必要なくなりましたが、仕立てをほどく仕事もなくなりました(-_-)なので大急ぎで仕立屋さんに連絡し、お詫びしてキャンセルさせてもらいました。 本来の補正の他に、勘違いまで入ってきて‥‥ドタバタ続きで、まるで年末のお笑い番組です

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●紋の入れ直し

今回の品物は、もともと「中陰紋」で入っていました。だから、同じ中陰で入れ直すはずだったのですが‥‥ 「これと同じようにしてください」と言われ、一枚の写真をお預かりしました。そこには、同じ紋ですが「日向紋」が写っていました。 現物とは違っていたので「日向でいいんですね?」と念を押すと、「その写真のまま、同じようにしてください」とのこと。再三確認してのことだったので、日向で入れたのです。ところが実は、もともとの「中陰紋」が正解だった、というわけです。 なんとまぁ、ややこしいというか‥‥時間とコストを無駄にしてしまいました。

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●悲しき事実

今回の案件でもったいないと感じたのは、もともと正しい紋で染め直しができていれば、仕上がりも美しく、繊維へのダメージも少なくて済んだのです。本来なら不要だった二度目のやり直しは、きものがかわいそうでした。 さらに、嘆かわしいと感じたのが‥‥愚痴になってしまいますが、Aさんの対応です。メーカーの幹部まで上り詰めた人なのに‥‥日向紋・中陰紋の確認をしたとき、違いに気付いておられなかったのでは?と思わざるを得ませんでした。 まぁ偉い立場になると、細かいことは部下たちがやってくれるのかもしれませんが‥‥それでも紋の図案だけ確認し、表現方法はスルーというのは、悲しいできごとでした。 一般の方で、紋に関心の高い方は大勢いらっしゃいます。抜紋と刺繍紋の違いは一目瞭然ですが、表現方法による違いや使い分けの意味については、意外と知られていないかもしれません。 陰紋や中陰紋も、よく見ると結構目にすることがあります。ただ、一般的には紋の形(何の紋か、どこの家系か)に目が行ってしまい、表現方法までチェックしていない方が大半ではないかと思います。

かなり無理やりになりますが、今回の事件の良かった点は‥‥紋入れの指示に、写真を使ったのは良い方法だと思います。ただし! 表現方法も同じにしなかったことが残念でした。 ***変色などの色の補正には、染め替えが有効です。今回の事例は特別ですが、思い入れのある品物に、ぜひご検討下さい。若い頃の派手な色合いを、落ち着いた色調に変えることもできます。シミなどの部分的な難を消しながら染め替えることも可能です。

2020年03月03日