凛マガジン(友禅のマスト工程)

●友禅のマスト工程●糸目を時短にするために‥‥●もどきのはずが‥‥贅沢品に●近代以降の代用技術●新素材によるもどき●先端技術とコラボ●二極化と楽しみ方==============================●友禅のマスト工程 いわゆる「手描き友禅」には、15前後の工程数があると言われています。それぞれ専門の職人さんが、工程を担っています。そして、悉皆屋さんが職人さんたちの工房を回って、制作を進めていきます。 もちろんどの工程も、高い技術力と経験を必要とするのですが‥‥友禅ならではのマストな工程のひとつに、「糸目(いとめ)」があります。 糸目は、友禅の絵柄の輪郭を縁取る、細~い線のことです。 図案が下書きされた生地の上に、輪郭になる極細の線を描きます。 描くと言っても、染料などで線を描くのではなく、線の部分に染料が入らないように「伏せる」のです。 伏せの素材には、古来はでんぷん糊、現在はゴムや樹脂が使われています。 ペースト状のゴム糊を、ケーキのクリーム飾りのような要領で、極細の絞り口を使って置いていきます。 一着あたり、どのぐらいの糸目があるかは、品物によって変わりますが‥‥ 訪問着一着分だと、ベテランの職人さんでも、1日では作業が完了しないと思います。 ============================== ●糸目を時短にするために‥‥ この糸目を、少しでも生産性を上げる方法はないだろか? という発想が生まれました。 そこで登場したのが、「型糸目(かたいとめ)」と呼ばれる技法です。 前号の鹿子絞りでも、型を使った後発品を紹介しました。同じ発想ですね。 柿渋を使って貼り合わせた和紙に、極細の彫刻刀を使って、糸目の線を切り抜いていきます(柿渋は、強度と防腐のためです)。 型紙を生地の上に置いて、引染めを行うと、型を置いた部分は染まりません。糸目を置いたように仕上がるわけです。 ただし、型紙を作るのには大変な手間と技術が必要です。 1枚彫るのにも時間がかかるうえ、身頃や袖など、パーツによって絵柄が異なる場合は、型紙が何枚も必要になります。 ただ、1つの型で何着も作れる点は、型糸目のメリットでしょう。 印刷物などと同じで、たくさん作るほど生産性・利益率が高くなります。 逆に、作る着分が少ないと、採算が合いません。 ============================== ●もどきのはずが‥‥贅沢品に もともと効率重視で代用品として生まれた技術が、時代を経て伝統工芸になっている背景があります。 主に三重県鈴鹿市で生産されている「伊勢形紙」は、重要無形文化財に指定されており、呉服だけでなく、工芸品や家具にも使われています(漢字表記は「伊勢形紙」「伊勢形紙」の両方あるようです)。 後発品と言っても、室町時代には既に存在していたらしいので、十分、伝統工芸ですよね。 型糸目から発展して、いわゆる「版画の多色刷り」のような技法も生まれました。 使う色の数に合わせて何枚もの型を彫り、型を置き換えて染めていくものです。色の数だけ、染色工程に時間がかかります。 1つの絵柄に、10色以上の色が表現されることもあります。型紙を彫るだけで大変手間がかかりますし、熟練した技術がなければできません。 ひとつ面白いのが、型染めならではの難です。 「型ズレ」と呼ばれるのですが、型紙を置いた位置が微妙にズレた場合に起こり、色がブレたようになります。 古い時代に作られた品物で、型ズレの難を直して欲しいという依頼が、昔は一定数ありました。それがなぜか、最近は依頼がありません。 品物の生産数が落ちているからか、型ズレしないやり方ができたのか、理由はわかりませんが、見かけなくなりました‥‥。 ============================== ●近代以降の代用技術 代用としてスタートしたとは言え、手作業時代の技術は手間も技術も必要で、芸術的価値も非常に高いです。 機械産業主体の時代になって、代用技術の傾向が変わってきました。とにかく、生産性とコストが最優先されます。 近年の量産品で多いのが、いわゆるプリントによる染めです。染料や顔料を、機械で生地に吹き付けて絵柄を出します。 手作業特有の、線の微細な差などがありません。どんなに細い線でも、かすれや途切れがなく、一定に表現できます。 これをキレイと言うか、つまらないと言うかはその方の解釈ですが‥‥同じデザインをミスなく均一に、何着でも生産できます。 ============================== ●新素材によるもどき 本来の糸目は、ゴム糊で輪郭を伏せるのですが、時短を可能にした新素材があります。 そのひとつが「ダック」です。 ダックは、フッ素系の化学薬品で、染料と混ぜることもできます。蒸し工程と組み合わせることで、「伏せ」に代わる役割を果たします。 染まらない性質を利用しているため、「ダック防染(だっくぼうせん)」と呼ばれています。 ダックで糸目をする場合、ダックで糸目を描き、「蒸し」をします。そのあと引染めをすると、ダックの部分は染料をはじいて染まりません。糸目を置いたような仕上がりになります。 ダック防染を使った場合、生地のウラ側から引染めを行います。オモテから行うと、ダックの上に弾かれた染料がムラになるからです。 ============================== ●先端技術とコラボ 最新技術では、呉服の生地にプリントできるコピー機(!)があるそうです。コピー機がどんなものかは、僕らも見たことがなく、知りません。 プリント技術の活用はどんどん進んでいて、短時間での量産、多様な表現を可能にしています。一度に表現できる色数も増えています。 聞いた話ですが、マシンプリントは設計図の作成で使うCADとの連携が可能で、データ入力も時短になっているそうです。 機械を導入する初期費用は高額ですが、その1台で、どんなデザインでも、何着でも生産できるので、長期的にはコストが抑えられるのでしょう。 ============================== ●二極化と楽しみ方 様々な新技術が取り入れられる一方で、全体の1%以下ですが、昔ながらのでんぷん糊で糸目を行う職人さんもいらっしゃいます。 糊糸目は、ゴムや樹脂に比べて固く、取り扱いが難しいことから、ゴム糸目の数倍の時間がかかると言われています。 でんぷん糊には原料によって種類があり、職人さんは材料や調合を変え、手作りされているそうです。 このぐらい細かい話になると、呉服業界でも、知らない人がほとんどです。 このような伝統技法を、マシンプリントと比較することは、無理があるように感じます。 どちらも完成形は呉服ですが、作る目的やニーズが、まったく違うからです。 新しい技術や機械の活用は、僕らはある意味「アリ」だと思っています。 機械や化学薬品を使った技法にも、よく工夫されていると感じる部分があります。 富裕層やコレクターさんは、機械生産の品物には関心がないでしょう。数百万、数千万の品物も、身の丈に合ったお買い物だと思います。 一方で、学生さんが「バイトの給料で買えるきものが欲しい!」と思ってくれるなら、とても喜ばしいことだと思います。 お手頃価格で和装が楽しめるなら、マシンプリントでも、全然オッケーじゃないですか?! 僕らが独立した当初に比べると、新しい技法がどんどん増えています。 しかし呉服業界では、(全員ではありませんが)ベテランさんほど、「これ、手作業と違うやん!」みたいに、ケチを付けたがる人が多いのは、皮肉なことです(笑)。

2021年12月28日