凛マガジン(紋1)

●紋の線

●素描きの紋

●量産型にも細い線

●量産と海外生産

●高級紋なのに‥‥

●価値と認知度

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●紋の線

今年のお正月はコロナの影響で、和装された方は少なかったかもしれません。お正月に限らず、和服で礼装する場合、家紋の入ったきものを着用しますね。 家紋の種類には、「ウチは○○の紋」という紋の種類(=紋名)の他、「一つ紋、三つ紋、五つ紋」という、紋の数による違い「描き紋、抜き紋、縫い紋」など、紋入れの技法による違いと、いろいろな区分があります。 以前にも、紋をテーマにしたメルマガはあったのですが、今日はまだ書いたことのないものを取り上げます。それは、紋の輪郭(=上絵)の線の細さです。

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●素描きの紋

紋の輪郭を縁取る線を「上絵(うわえ)」と呼びます。 今回取り上げる技法は、量産型では使われません。職人さんが一点一点手描きする、「素描き(=すがき:細い筆で、生地に直接描く手法)」と呼ばれる上絵です。 高級品ということもあり、一般にはあまり馴染みがないと思います。業界内でも知らない人があり、それが原因でクレームになったこともあります。 元々、紋の上絵は素描きだけでした。上絵の線の細さ/太さは、職人によって違います。 が、とりわけ細く描かれているものが良いとされてきました。 僕らも「面相筆(めんそうふで)」と呼ばれる細筆を使うことがありますが、細い線の素描きは、その比ではありません。 爪楊枝の先よりも細いのです!筆の毛が2、3本しかないのでは? と思うほどです。いかに細いか、ご想像いただけるでしょうか‥‥。 あまりに線が細いので、紋があることは判っても、何の紋かは近づかないと見えません。 見えないのなら、紋の意味がないのでは? と思われるかもしれませんが、高度な技術が必要なうえ、今では手がけられる職人さんも京都で1、2人では?というほど貴重で価値が高いのです。

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●量産型にも細い線 今、市場で多く出回っているのは量産型のきものです。 近年、量産とコストダウンの目的から、スタンプ式(!)の紋入れ技術が開発されました。 30年以上前は、素描きの上絵しかなかったと思います。 ただ、今のスタンプ式は精度が高く、素人さんには両者の区別がつかないと思います。 線はやや太めですが、手描きのようなニュアンスで入っているのです。 僕らも、状況からスタンプだと推測できても、現物を見ると秀逸なので、毎回確認は怠りません。 なぜなら、素描きとスタンプでは、使える薬剤が異なるからです。この判断を誤ると、洗いなどを行ったとき、紋がにじんだり消えたりするかもしれません。 スタンプ紋は、染料ではないので、雨や水でにじむことはありません。溶解度の高い揮発溶剤を使うと、落ちます。 素描きは、墨が主成分ですが、擦った墨を使ったもの、墨と墨汁を混ぜたもの、墨に顔料が混ぜてあるなど、職人さんや品物によって異なり、こちらも確認が不可欠です。 仕立てをほどく場合に限られますが、スタンプか素描きを見分ける方法があります。 背中の中心に紋がありますが、背縫いをほどいて内側を見ると、違いがあります。 素描き紋の場合、背縫いギリギリのところで紋が切れています(縫われる位置を想定して紋が入っている)。 スタンプの場合、縫いしろ部分までベッタリ紋が入っています(縫いしろ部分に紋が入っていても、背縫いをすると見えなくなるので、仕立て上がりに影響はありません)。

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●量産と海外生産

ここでちょっと脱線。ウラ話をしましょう。 スタンプ式にはもうひとつ、生産サイドにとってのメリットがあります。 それは、海外での生産です。 近年、紡績、生地織りをはじめ、生産工程のいくつかが、海外へ外注されるようになっています(特に量産品)。理由はもちろん、人件費が安いからです。 国や地域によっては、職人さんの育成に公費を投じているところもあります。高い技術を有し、高級品にも対応できる外国人の職人さんは増えています。 昔は京都だけで何十軒とあった紋屋さんですが、今は激減しています。なので紋入れも、見本を送って海外生産するケースが増えてきました。 ところが海外には、家紋の風習がなく、家紋の意味や価値への理解もありません。 もし、日本で紋の間違いがあったら、お客さまはご気分を損ねられるでしょうし、信頼を失ってしまうでしょう。彩色を間違えた、染料が飛んだなどのミスとは、根本的に違います。海外では「図案が少し違うだけ」という感覚でしょうか(笑)。 そのため、国内では考えられない、紋の描き間違い、向きが違う!などのようなミスが起こったのです(凛でも、海外での紋入れ間違いを直したことがあります)。 そこへ、スタンプ紋の登場!型さえ間違いなく作っておけば、向きや描き間違いは起こりません。 筆で描くのではなく、キレイに押す技術をマスターすれば紋が入るのですから、ミスも減り、時短にもなります。作り手にとって、コスト削減、生産性向上、ミス防止と、一石三鳥になったわけです。。。 ちなみに、気になるお値段は‥‥ 最高級と言われる極細の素描きと、普通(太めの線)の素描きでは、前者が倍以上の価格になります。スタンプ紋は、普通の太さの素描の10分の1程度でできてしまいます(^_^;)

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●高級紋なのに‥‥

冒頭で、業界内でも素描きが知られていない?という前フリをしましたが、実際にこんなことがありました。 ある高級誂え品の注文がありました。毎回、高級品は素描きで注文が来るお得意さまだったため、素描き紋で納品しました。 すると、先方(問屋さん)から、「こんなに線が細くては見えない!入れ直して欲しい」というクレームが入ったんです。 こちらとしてはいつも通り、高級誂えだからと、職人さんも早くから手配し、万全だと思っていたのですが‥‥。 先方にしたら「細すぎて見えない!」というご不満でしかありません。もったいないですが、入れ直しです。 貴重な素描きを消して、太めの線で入れ直しです。同じ紋屋さんにはお願いできませんので、違う紋屋さんで事情を説明し、入れ直してもらいました。

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●価値と認知度

クレームになった素描き紋。納品先は地方でしたが、京都か地方かは関係なかったと思います。ただ、素描きや、その価値を知らない人が増えている、ということではないでしょうか‥‥。 和装が一般的だった時代なら、こんなことはなかったはず‥‥と思っています。 巷で見かけることが少なくても、素描きがいかに価値の高いものか、一般庶民が着るものではない、ということは認知されていたはずです。 では現在、どこから素描き紋の注文が来るか?と言いますと‥‥ 単なる高級志向ではなく、「何かしらのこだわり」のあるお客さまが多いです。 そう、素描き紋でなくても高級品はありますし、高級品が必ず素描き、というわけでもないのです。一般の方には、ますます判別が難しいですよね。 もしも! お祖母様やお母様から譲り受けた品物に、素描き紋が入っていたら!注文されたお目の高さと、素描きの価値を、誇りに思ってください♪ もしも! 素描き紋をお召しになっている方に出会われたら!「これ、素描き紋ですよね!すごーく貴重なんですよね!」と絶賛してあげてください。

2021年03月01日