凛マガジン(好みを把握する)

●お好みを把握する

●誰の判断?

●匂いの正体

●小売店が知らなくても‥‥

●特殊な「ひと手間」

●保護と演出

●仕上げ屋の今後

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●お好みを把握する

仕上げ屋の仕事の特徴として、指摘されていないことでも、依頼者さまのお好みや作風に合わせた調整をする、という役割があります。 これを把握するまでには時間と執念(!)が必要ですが、わかってくると勘も利くようになってきます。 それでもたま~に、ちょっと考えられないような案件が舞い込んできます。

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●誰の判断?

依頼者さまは、ある呉服メーカーさんでした。仕上がった反物が売れた後、難が見つかったので直して欲しいとのこと。販売した小売店さんから、問屋さん→メーカーさん経由で凛にやってきました。 受け取った時、メーカーさんがひとこと。「この品物、エラいニオイが強いねん‥‥」 本来の依頼である難とは関係のないコメントでしたが、たしかに強い香りというか匂い(強いて言うなら柑橘系?)があります。 それより気になったのは、生地巾が狭くなっていたことです。完成品のクオリティとしては、考えられないレベルです。 もともとの難のご依頼以外に、対応すべき問題が持ち上がってきました。 詳しく見ていきますと‥‥生地巾が狭くなっているのは、縮んでいるということです。正絹繊維が縮む条件で、まず考えられるのは、水分(または湿気)です。 さらに調べてみると、この品物(反物)は完成後、ガード加工がされていると判りました。ガード加工には揮発性と水溶性があるのですが、このケースでは水溶性のガードがされていたのです。ハッキリ言うと、粗悪なガードだろうと感じました。 つまり、生地巾の縮みも匂いも、この水溶性のガード加工に原因があったのではないかと考えられるのです。

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●匂いの正体

匂いの原因は、ガード液と関連があるように思えました。が、結局、ハッキリした原因は最後までわかりませんでした。 ガード加工の指示はメーカーさんから出されたものではありません。 このメーカーさんの商品は、これまでにも数多く検品させてもらってきました。しかし、このような匂いが付いたものはお預かりしたことがありません。このことからも、メーカーさんの指示ではないことがわかります。 商品を販売したのは、地方の小売店さんでした。品物が売れたとき、お客さまにガード加工を薦められたようです。販売した小売店さん、またはお店と取引のある問屋さんなどが、ガード屋さんに発注したのだと思われます。 匂い(香り?)について加筆するなら、一時期、抗菌効果があるとされるカテキン成分を配合した「抗菌加工」という処理がありました(現在もあると思いますが、あまり聞かれなくなりました)。この加工には、ヒノキのような香りがありました。(イメージ的に、香りを付けてあったのかもしれません)しかし、今回の品物に比べるととても微弱で、着用中も気にならない程度だったので、関連はないでしょう‥‥。 依頼主であるメーカーさんに「ガード加工の指示はされましたか?」と念を押すと、していないとのこと。加えて、品物を買われたお客さまからは、匂いに関するクレームや、除去して欲しいという注文もきていません。 ということは‥‥状況として気にはなりますが、メーカーさんや僕らの一存で匂いを取ることはできないのです。

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●小売店が知らなくても‥‥

ときどき愚痴っぽく書いていますが、昨今の懸念として、売り手側の知識不足、対応不良が挙げられると思います。お客さまが商品を買う小売店さんは、本来ならいちばん説明や提案ができなければいけないのですが、呉服を熟知している店員さんは激減しています。 ところが、それでもビジネスは成り立つのです。 小売店に知識がない、商品は売れたけど仕立ての説明もできないし、採寸もできない‥‥すると、仕立て屋さんが出張して採寸をします。その方が、お店も助かるし、仕立て屋さんも仕事になるので結果的には「ウィン・ウィン」です。さらにお客さまは、わざわざ仕立て屋さんが採寸に来てくれた、という特別感があったりもするので複雑ですね

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●特殊な「ひと手間」

呉服の専門職として明言できるのは、知識と、「ひと手間」かけた対応ではないかと自負しています。 地直しではなく、仕上げ屋の領域になりますが‥‥ たとえば、刺繍の入った品物を預かったとしましょう。刺繍をした部分は、もともとの生地の厚みに、刺繍の厚みが乗っています。つまり、刺繍の分だけ厚みが増し、凹凸が出ているのです。その品物(反物)を、そのまま丸巻きにしたらどうなるでしょうか。巻いた時に刺繍に当たる部分にも、圧力で凹凸が移ってしまうのです。 なので凛でお預かりした品物は、加工によって凹凸があれば、そこには和紙を挟むなどして、凹凸の移りを和らげるようにしています。 もっとデリケートな例では、生地の「巻き始め」です。生地の端も、巻くと凹凸ができます。丸巻きにして、上から巻かれた部分に影響がないようにひと手間かけます(ここまでやるのは、かなりの高級品ですが(笑))。

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●保護と演出

同様に、部分加工を保護し、他への影響を避けるために、紙を挟むことがあります。 ○金加工○友禅の糸目(絵柄の輪郭)を樹脂で行った際、粘着性が出ることがあります。ネバネバが他の部位に影響しないように、片面だけに透明な粉をまぶしたセロファン紙を挟むことがあります。※樹脂糸目などから出る粘着性を「タック」と呼ぶため、僕らは「タック取りのセロファン」などと呼んでいます。○家紋 家紋を入れた部分を覆って保護する「紋紙(もんがみ)」と呼ばれるものがあります。7~8センチ四方の八角形の紙です。 紋が入る品物には格と特別感がありますので、紋に特別な紙を当てることで、高級感を増す演出効果もあるかと思います。 余談になりますが、笑い話(苦笑話)をひとつ。 一般的に、紙を挟む「ひと手間」は、高級で目の行き届いた品物に多いイメージがあります。もちろん、高級品でちゃんとしたものは多いのですが、そうでないものもあります。 とってもお手頃価格の品物に、何十枚という紙が挟まっていたりするんです(^_^;)高級感を上げる演出効果を狙っているのでしょう(笑)。しかし、それを検品・補正するこちらは大変です。 もともと紙が入っていた場所を覚えておかなければなりませんし、もし、挟んだ紙がヨレたりシワになったりしていたら、キレイなものと交換します。シワになっていたからといって、勝手に抜いたり、受け取った時と違う状態で納品することはできないのです

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●仕上げ屋の今後

何百・何千という反物の補正と検品を行ってきた結果、「このきっちりした感じは、凛で最終検品をしたんやな」と言っていただけるようになりました。 手間はかかりますが、職人冥利に尽きる、有り難い評価です。 「見といて~」と持っていくだけで、依頼者の好みに合わせて修正してくれる‥‥仕上げ屋って便利やなぁ~と思われたかもしれませんが、お察しの通り、今ではあまり聞かれることはありません。 最大の理由は、呉服の販売・流通数が減っていることでしょう。そして、流通しなくなった分、これまで丸投げしていた業者さん(職人さん)の手が空き、自分たちで検品をするようになったことが挙げられるでしょう。 もっとわかりやすい理由は、言わずと知れた(笑)コスト削減です。「難でクレームになったわけやないのに、検品にお金をかける必要はない」という風潮が主流になってきています。 そんな時代背景でも、仕上げ屋として検品をご依頼くださる先様はあります。「コストがかかっても、きっちりしとかなアカン」というポリシーが伝わってきます。 仕上げ屋では、「エエようにしといて」というご依頼をいただくことがあります(昔はかなり多かったです)。 この「エエように」は、適当にという意味ではなく(笑)、先方様のお好みや予算が把握できているから対応できる依頼です。まったく具体的な指示ではありませんので、最初は困りましたが、呉服が売れにくくなった昨今では、有り難いご依頼なのかもしれません。

2020年02月04日