凛マガジン(着物との100年)

●きものと100年間●力関係の変化●量販品、展示会の特徴●見立てができない●不要な補正

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●きものと100年間 皆さまご周知のとおり、現在の生活では洋装が標準になっています。でも、少なくとも昭和初期──100年ほど前までは、日本人はきもので生活していました。 裕福でなくても、新しいきものが必要になる機会がありました。毎回新調する余裕がなくても、洗い張りや仕立て直しをして、長い期間着用する工夫がされてきました。 日常的に着用されることで、呉服のメーカーさんだけでなく、洗い張り、仕立て直し、染め替え‥‥など、メンテナンスに関わる職人さんたちの需要もあったわけです。 今はと言うと、きものや着付けは、おしゃれや教養として楽しむ風潮が強いでしょう。素晴らしいことだと思いますが、「必需品」ではなくなってきています。 そして、きものが必需品ではなくなったことで、業界内の力関係にも変化が出ています。

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●力関係の変化 きものが必需品だった時代は、作り手=メーカーさんの立場が強かったです。 誰もが必要とするもので、作るとすぐに注文が入り、人気商品なら品切れになります。問屋さんや小売店さんは、売れる商品を仕入れるのに躍起になります。「作り手優位」のため、値崩れもありません。 ところが、きものが普段着でなくなると、この力関係が一気に逆転しました。 メーカーさんが作っても、昔のように注文が入らない。売るための対策として、値段を下げたり、コスト削減で工程を合理化したりと、本来の呉服生産とは違う方法も取り入れられるようになりました。 同時に、問屋さんや小売店さんの立場が強くなり、「注文してやっている」「買ってやっている」になってきたのです。 メーカーさんは、これまでのような商品開発・生産ができなくなり、問屋さんや小売店さんの顔色を見ながら、取引を続けてもらえることを優先するようになりました。 廃業や倒産する会社も増えました。高齢化の問題もありますが、メーカーさんから受注を受けていた職人さんたちも、廃業される方が増えています。 一方、売れるきものを作る動きもあります。 一点もの、高級品ではなく、誰もが手軽に買える量産品を作る、手軽に買える機会を作ればいい、という発想が出てきました。 そして、昔のような町の呉服店ではなく、見本市や展示会といった販売方法が増えてきました。

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●量販品、展示会の特徴 きものに詳しい人なら、広げた反物を見ただけで、仕立てて着用したら絵柄がどう出るか、イメージすることができます。ただ、それができる人はとても少ないです。 そういう意味で、仕立て上がりの品物や、展示会のディスプレイ(マネキン人形、衣桁、仮絵羽での展示など)は、着用した状態が一目瞭然で、お客さまに親切だと思います。 ただし、地直し職人として不安を感じるのは、展示会で売れた商品には一定数、共通のトラブルが見られることです。 それは、商品知識のない人が売ったのではないか?ということ(現場を見ていないので、確定はできませんが)。

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●見立てができない 展示会では、メーカーの社員さんが販売員を務めることがあります。その場合は、自社の商品で知識があるから問題ないのですが、、、 販売員さんの中には、商品の知識が不十分なまま、接客やトークだけが上手な人もいらっしゃいます。 わかりやすい事例で解説します(実際にあったお話です)。 最近は、日本人も体格が大きくなっています。お客さまにも、サイズが大きめの方がいらっしゃいます(ふくよかな方、高身長の方)。 サイズが大きくなってくると、生地の量が足りなくなったり、身頃の途中で絵柄が切れてしまう!ということがあるのです。 ベテラン販売員さんは、お客さまと対面した段階で、ピンときます。 経験と勘で、この品物で、生地量は大丈夫かな?と配慮することができるのです。 ベテランでなくても、誠実で丁寧な対応ができる販売員さんは、パッと見の判断は無理でも、接客の際、さりげな~く採寸に近いことをやって、確認することができます(巻尺を当てなくても、モノや自身の手指などを使って、おおよそわかります)。 しかし、商品知識がない人や、ノルマや自分の成績を優先する人は、仕立てた後の状況を考えることがありません。 中には、確認すればわかるのに「できますよ!」と言い切ってしまう人もあるようです。 さて、めでたく商品が売れ、いざお仕立て!という段になって、採寸表を見たら‥‥ 生地が足らんやん!柄が切れてるやん!という商品が持ち込まれたことは‥‥残念ながら、一度や二度ではありません。

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●不要な補正 生地が足らない、絵柄が途中までしかない!しかしこれは、決して「難」ではありません。きちんと規格を満たした商品です。 仕立ててみないとわからない呉服は、お客さまに合った売り方をしないと、こういう事態が起こり得ます。 また、一度売れた商品に対して、「お買い上げいただきましたが、生地の量が足りていませんでした」と、お詫び・撤回されることはほぼありません。 そして、凛に持ち込まれてくるのです。 絵柄が足りない部分に、商品に合わせて絵柄を描き足したこと、わずかに生地巾が足らず、全体をまんべんな~く引っ張ってお客さまサイズに合わせたこと、あまり後味の良い仕事ではありませんが、そういう経験もあります。

2023年07月23日