凛マガジン(シミの正体)

●白いゴルフボール

●正体を見つける

●拡大するまで

●特殊メイクの上塗り

●縮小の処理

●色に騙されないで!

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●白いゴルフボール

あるとき、凛に一着の 附下が持ち込まれてきました。仕立て上がりですが、未着用。地色はベージュでした。肩の部分に、ゴルフボールほどの大きさが、円形に白くなっています。 白くなったところを見ると、スグに「スレ(摩擦などによる繊維の毛羽立ち)」であることがわかりました。しかも、これをどうにか隠そうとして四苦八苦した痕跡も見られます。

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●正体を見つける

この状態では、難の正体は明らかになっていません。状況から見て、現在のスレは、最初からあったのではないはずです。 何か不都合なもの──シミや汚れ──ができて、それを取ろうとして悪化したことは、ほぼ間違いありません。なのでまず、もともとの原因が何だったのか?を探り出します。 毛羽が邪魔をして、難の正体を見えにくくしていますので、揮発溶剤(溶解度の低いもの)で洗浄をしました。洗浄目的でもありますが、揮発で濡れたことによって、スレの奥に隠れた「難の正体」が見えるようにするのが目的です。 注意深く処置した結果、スレの中心部に、ゴマ粒ほどの黒い汚れがあることがわかりました。これが、難の正体です。

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●難が拡大するまで

ゴマ粒大‥‥わずか2ミリほどの難が、なぜここまで大きくなってしまったのでしょうか。 ここからは推測ですが、持ち主さまの初期対応と、その後の補正‥‥。両方が不適切だったのではないかと思います。 まずは持ち主さま。黒い汚れが見つかって、なんとかしなきゃ!という反応になったのだと思います。 一般の方によくあるのですが、爪の先でカリカリしてみたり、綿棒のようなもので叩いたり‥‥やってはいけない処理をしたのではないかと思われます。 さらにこのとき、水も使ってしまったのではないかと思われます。濡らした綿棒で、叩いたりこすったりした‥‥などが考えられます。なぜそう判断できるかというと、摩擦の度合いが激しかったからです。 正絹は、濡れた状態だと、極端に摩擦に弱くなります。補正の世界でも、シミや汚れはまず、揮発剤で対処します。揮発溶剤は油性なので、潤滑剤の働きをしてくれます。 弱い揮発剤で反応がなければ、溶解度を上げてみる。薬剤や洗剤などを試してどうしてもダメなら、最終手段として水洗い、が原則です。

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●特殊メイクの上塗り

ここまでは、焦ってやってしまう「持ち主さまの自己処理NG」で多いものです。ですが、それだけではないことがわかりました。 持ち主さまが自分の手に負えないと判断して、お直しに出されたのでしょう。 お直しの業者さん‥‥自己処理で悪化した難を消そうと手を尽くしたのでしょう。が‥‥直りきらず、カムフラージュに逃げようとした痕跡があります。 まず、毛羽立ちで色が変わった部分に「胡粉(ごふん)」という貝殻原料の顔料が塗られていました(胡粉が呉服の加工に使われることはありますが、この使い方は正しくありませんでした)。 そして、胡粉を定着させるためか、毛羽立ちを抑えようとしたのか‥‥コテも当ててありました。 胡粉やコテは、明らかにプロが使う方法です。業者さんの補正も正しくなかった、と判断しました。 部分的に胡粉が乗り、コテで熱も加わり‥‥ベージュという中間色ではありますが、角度を変えると、患部だけクッキリと色目が変わり、「何かがある」のは隠せません。

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●縮小の処理

どこまで目立たなくなるかわかりませんが、凛で行った処理は以下のような流れです。 1.揮発による洗浄  正体を探るために揮発溶剤を使ったところ、反応が良かったので、溶解度の高いものも併用し  ました。溶解度が高くなるほど、乾いた時に輪ジミができやすくなります。  溶剤が乾く前に、濡らした輪郭部分をゆるめの溶剤でぼかしながら、2種類同時進行で処理し  ます。 2.表面のブラッシング  患部に上塗りされた胡粉を落とすのが主目的です。薬剤も併用します。 3.蒸気を当てる  いろいろやりすぎて繊維がペタンコになっていましたので、繊維の風合いを取り戻すために行  いました。  毛羽立った繊維は直せませんが、繊維がふんわりして、表面のテカリも軽減できます。 4.油脂系の薬剤で表面をコートし、毛羽立ちを寝かせる粘性の液体から噴霧して使うタイプまで  いろいろありますが、  いずれも油性の薬剤で、気化しません。  毛羽立ち自体は直せませんが、繊維を寝かせて目立たなくさせます。 黒い汚れは、こすらずに揮発で対応していれば、落ちる程度のものでした。幸いだったのは、乱暴な処置にもかかわらず、生地がダメージを受けていなかった点です。 もし生地のダメージが大きければ、穴が開いていたかもしれません。

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●色に騙されないで!

すべての例に言えることではありませんが、どうやら人間の目は、色の印象に惑わされることが多いようです。 たとえば黒い汚れは、なんとなく重症だという印象があります。でも実は、そうでもないことも多いのです。泥汚れや機械油なども同様です。 逆に軽視すると怖いのが、黄色、茶系、赤っぽいシミや汚れです。薄い黄色のシミなどは、すぐに落ちそうな気がしますが、繊維が変質して色が変わっていることも多いです。 茶色や赤系も、カビや腐食の可能性があり、穴が開く寸前だった!ということもあります。 地色が濃いきものは、薄い色の難が目立たず、知らない間に症状が進んでいることもあります。 このような色による印象が、誤った自己処理を誘発することも多いようです。黄色い小さなシミだから、自分でシミ抜き剤で取れるかも?!と思えてしまうのでしょう‥‥が、いつも書いていますが、くれぐれもやめてくださいね!(笑)。

2019年12月03日